天に昇る階段
右も水田、左も水田。その間の真っ直ぐな道を、神殿に向かって歩いていく。
この道の材質も謎だ。石畳のように見えるけれど、実際のところは良く分からない。ボロッちいけど、何千年も昔の遺構にしては綺麗だ。
モリさんとお供の人は、キョロキョロしながらついて来る。お上りさんみたいって、こういう状態を言うんだろうね。好奇心に満ちているのはむしろ素敵なことだと思う。
こうして真正面から近づいていくと、神殿がどんどん空に浮かび上がって行くように見える。
構造自体は凄くシンプルなんだ。言ってしまえば地上五十メートル程もある高床式倉庫。倉庫じゃなくて神殿だけど。
映像で見た古代の出雲大社を参考にしてみました。支柱を細い材木でトラス構造に組み上げたから、別物に仕上がったけれど。
実際には神殿は地上にあり、支柱の上の神殿は幻だ。つまり、この空島と同じだね。赤松がいずれラピュタを作るための試作品だそうだ。
でも、空高く伸びる階段は僕が作った本物だ。幅は三メートル程あるけど、手すりがないから結構怖い。上の方で強い風が吹いたりすると、絶叫するよ。
モリさん達は神殿を見上げて絶句している。
「えー、神殿の周囲に植えられているのがお茶の木です」
神社の境内に植えられているサカキみたいにしようと思ったんだけれど、茶の木の苗があまり手に入らなかったんだ。背の低い幼木がわりと疎らに植えられている。
種も買い込んで来たから、ボチボチ増やしていく予定だ。樹木はどうしても育つまで年月がかかるねえ。
「なんと大きな蜂だ! 蜂の魔物だ!」
お供の人がまたまたいいリアクションをくれる。おかげでみっともない茶の木のことは瞬時に忘れられてしまった。
「真・スズメバチですよ。神域を守ってくれています」
空島に住んでいた蜂のモンスターだ。本当に雀くらいの大きさで、超デカイ。羽山の能力でコントロールできる超便利な奴らだ。
神殿への階段の支柱部分には、蜂の巣が鈴なりになっている。というか、支柱の補強をしてくれている。
羽山の指示で、3Dプリンターよろしくなんでも造形できるので、釘を一本も使わずに材木をスナップフィットさせることができた。
ちなみに、神殿の屋根も飛行船の外殻も蜂の巣製だ。材質的にはほぼ紙だけど、ヤニのような分泌物でコーティングされていて、水を弾くし燃えにくい。燃えない訳じゃないから、火事には注意だけど。
攻撃して来ないならスズメバチは益虫だよ。お茶の葉につく毛虫なんかも片っ端から食べてくれる。
「これは、生贄の祭壇ですな」
さすが良く知ってるね。元々あった神殿の遺構で、形を保っているのはこれだけだった。といっても、ただの石造りの浅いプールなんだけれど。
竹井と、元肉屋の北の島の捕虜が、大きなブタを連れてやって来る。
ブタは己の運命を悟ったのか抵抗していたんだけれど、ハチが一刺しすると従順になった。
「ヤッホー! 今日はトンカツにするねー」
冷涼な北の島では豚肉を熟成しているんだけれど、暖地ではすぐに食べてしまう。熟成肉や生ハム美味しいんだけどね。
「ヤギでなくブタが生贄ですか」
だって、ブタの方が美味しいんだもん。
生贄の祭壇に着くと、屠殺も解体も、ほぼハチ達がやってくれる。肉屋も協力してテキパキと肉を切り分けている。最初はあの人もハチを怖がって泣き叫んでいたのに、人は慣れていくんだね。
竹井はほぼ何もしていない。口だけ出してるから邪魔なだけだ。
必要な肉と皮だけ回収したら、残りはハチ達の分け前だ。竹井達が立ち去ると、ワッと群がって、内臓や骨に残った肉を持ち去っていく。
あ、レバー残ってるじゃん。竹井の奴、自分が嫌いだからって残したな。ハチ達に美味しくいただかれました。
最後に残った白骨や血は、ハチ達が飛び去った後で謎の巨大スライムが全て綺麗に呑み込んでしまう。
祭壇の横の穴はスライムの巣みたいだね。まさか古代人がテイムしたスライム? だとしたら物凄く忠実な奴だ。最初見た時、焼き払わなくて本当に良かった。
「これが古式ゆかしい本当の神事なのですね」
「私にはただ解体しているだけに見えましたが」
「いやいや、そうではない。このハチ達もおそらく霊獣なのだ」
モリさんが勝手に勘違いしている。まあね、超古代人が作った生体ロボットかもしれないって羽山も言ってたし。
いよいよ神殿への階段だ。先頭を僕が平然と登っていく。二人はできるだけ階段の真ん中を、おっかなびっくりついて来る。端っこは落ちそうで嫌だよね。僕は飛べるけど、気持ちは分かるよ。
さらに頭上を馬鹿でかいハチ達がビュンビュン飛び回ってるんだから、怖くて当たり前だ。
いかにもボス部屋への階段って感じだね。バトルはないけどね。