勇者達から逃げなくちゃ
小野君が襲撃しに来てくれたおかげで、結構いろいろ助かったよ。
いろいろ考えてみて、デメリットよりメリットの方が多かった。勢いで殺してしまわないで本当に良かった。
小野君が勇者達のところに戻るかどうかは五分五分だと思う。人探しの魔法は厄介だけれど、つけいる隙はあるらしい。あまり細かい場所まで特定できず、最後は人が探し回らないといけないと言う。
木を隠すなら森の中。人を隠すなら人が多い場所だ。
というわけで、思い切ってオーリィさんに事情を話して旅に出ることにした。
どうも僕が異世界人だと薄々感づいていたみたいで、餞別に銀貨の袋と手鍋をくれた。
金貨は下手に使えばトラブルの元で、銅貨は重くてかさばる。銀貨なら比較的使い易いんだってさ。
手鍋で海水を煮詰めて塩を作れば、お金の代わりになるらしい。貨幣経済が未発達な辺境の地では、むしろ現金より塩の方が使い勝手がいいくらいなんだそうだ。塩は誰もが必要とするからね。
「戻って来てはいけませんよ。召喚勇者と知れた以上、誰もがあなたを利用しようとするでしょう」
「そういうものですか?」
「哀しいけれど、そういうものです」
お別れだ。最初は変なオバサンだと思ったけれど、結構いい人だった。
幸い天気は良好。一旦海上に出てから北を目指す。
海はいい。ホバー走行にはピッタリだ。適度に波があって居眠り運転してしまう程退屈でもない。
水平線上に帆柱を見つければ、迷わず向きを変える。別に目的のある旅じゃないからね。北へ向かうのも、照り付ける日差しがウザいからと、本物のタラバガニに出会えるかもしれないからだ。あと毛ガニ。タラバモドキやヤシガニのカニ味噌はそこまで美味しくはなかったからね。
今頃は、人探しの魔法で僕を探している誰かは驚いているだろうな。
クラスメイト達に高速移動の手段がなければ、一日で手の届かない場所まで逃げてしまえるだろう。
ただし油断はできない。気になるのが通信の魔法と転移の魔法だ。彼らにできないことが僕にはできるけれど、逆に僕にできないことが彼らにはできる。
本気で全面対決となったら、頭数で圧倒的に負けている僕が不利だ。でも今のところは、そこまでリソースを注ぎ込んで僕を追い回すメリットはないよね。
日が傾いてきたので、そろそろ寝る場所を探さなくてはならないな。できれば島がいい。船が近づけないような島がいい。
ジャンプして、どんどん高度を上げていく。視界に入る水平線がどんどん広がって行く。
やっぱり空を飛ぶのはいいな。ただ燃費が良くない。おならがどんどん消費されていく。
ああ、あの島が良さそうだ。島の周囲に白波が立っているのは暗礁がある証拠だ。船はうかつに上陸できない。
なんだかんだで人間が一番恐ろしいからね。
海面に降下してホバー移動に移行する。これがなかなか難しい。広い海の上だからまだいいけれど、地上で降りる時は相当苦労する。風の鎧があるといっても、転倒は怖い。一度派手に転んじゃってちょっとトラウマになっている。
焦って減速しては駄目だ。噴射を緩めて自然にスピードが落ちるのを待つ。
そのためにもおならの在庫には十分余裕がなければならない。燃料切れになった飛行機のパイロットの気持ちが、異世界に来て初めて理解できたよ。
島に上陸した時には、すでに太陽は沈んでいた。もうしばらく空は明るいけど、急いで寝場所を確保しなければ。
追われている身としては、できれば灯りは使いたくない。
ストーンサークルのような遺跡を見つけた時は、この島を選んだのは失敗だったと思った。今は無人島かもしれないけれど、遺跡があるということは上陸可能だということじゃないか。
上空からもっとしっかり確認するんだった。
サークルの中央にはドーム状の石室がある。寝場所としてはおあつらえ向きだけれど、多分お墓だよね?
お墓はちょっと……一応中を覗くと広い床には何もない。周囲に開いている細い窓は明り取り? 銃眼のようにも見えるけど。銃眼だとすれば、これはトーチカかな?
周囲の森からは遠吠えっぽいのが聞こえてくる。離島にオオカミとかいるのだろうか? 大型肉食獣は生態系的にどうなんだろう? そこまで広い島じゃないから、獲物となる草食動物の数にも限りある訳で……
異世界だもんなあ。モンスターの生態とか謎だもんなあ。ダンジョンとかあるみたいだし、地球の常識は通用しないかもしれない。
寝込みを襲われてはたまらない。仕方ない、一晩だけ利用させてもらおう。
墳墓である可能性もあるので、中に入る前に一応手を合わせて拝んでおく。転がっていた丸い扉を入り口にはめ込み、かんぬきで固定する。なんだろう? 扉を持ち上げた時、意外に軽かった。軽石? まあいいや。
小さい火を灯して晩御飯にする。胸部装甲に増設したコンテナにお弁当を入れて来た。焼しめたパンに、干したシカ肉。それに亀の卵のゆで卵。
明日からはサバイバル飯だ。大切に食べよう。
背後に何か気配を感じて振り返る。
髑髏が宙に浮かんで、僕を見下ろしていた。