表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/250

聖少女

「なによ! あんたなんて勇者様に言いつけてやるんだから!!」

 

「生意気な小娘が! 誰かこいつをつまみ出せ!!」

 

 神殿の奥深く。高位の神官のみが入ることを許された聖域に、少女は迷い込んでいた。

 人の気配がする方に向かったところ、気難しい上級司祭に見つかり、言い争いになった。

 

 勇者の寵愛を一身に受けて、少女は増長していた。いや、自身の価値を正しく認識していた。

 勇者は世界最強で、故に絶対正義。逆らう者は悪なのだ。

 

「ですが、司祭様。この少女は勇者様のお気に入りで……」

 

 普段は司祭の命令に絶対服従する部下達が躊躇する。そのことが司祭の怒りに火をつけた。

 

「何が勇者だ! 力を振りかざすだけの野蛮人ではないか!!」

 

「あー、勇者様の悪口! いーけないんだー」

 

「許さんぞ! 小娘!」

 

 司祭は杖を振り回して少女を追い回す。こうなった以上、始末して闇に葬り去るのがむしろ安全なことを、司祭はこれまでの成功体験から良く理解していた。

 

 金ぴかの杖が、ただの飾りではなく恐ろしい凶器であることを悟った少女は、泣きながら本気で逃げ始める。

 

「助けて! 勇者様!」

 

「い、いけません司祭様!」

 

「何を甘いことを。ここで始末しておかねば、我ら全員があの狂犬に殺されるのだ!」

 

 金色の杖が正確に少女の後頭部に振り下ろされる。

 

「ほへ?」

 

 何が起きたのかわからなかった。司祭は手の中の杖の半分、切断された柄の部分を見つめる。

 

「ああっ! 勇者様!」

 

 薄暗い聖域の神像の影から、ゆらりと勇者須田が姿を現した。

 

「ご、誤解ですっ! これは」

 

「坊主にしちゃあ、いい腕してるじゃないか。今まで何人殺してきた?」

 

「全ては神のため勇者様のためでございますっ」

 

「こいつ、勇者様は野蛮って言った」

 

「子供の戯言でございます。私無くしては赤の神殿はまとまりませんぞ!」

 

「老害は皆そういうことを言う。まあいいや、問答無用! 死ね」

 

 目にも止まらぬ峰打ち。だが刀身にまといつく小さな稲妻が司祭の命を刈り取った。

 少女に血を見せないための、勇者須田の配慮であった。

 

「殺しちゃったの? あたしが告げ口したから?」

 

「君はとてもいいことをしたんだよ。こいつはとても悪い奴だったけど、誰もそのことを見抜けなかった。でも、純粋な少女の目は誤魔化せなかった」

 

 次に、勇者の目は、腰を抜かしている司祭の部下達に向けられる。

 

「さて、お前達の処分だが、見て見ぬふりをしたんだから、同罪だな」

 

「そんな無茶苦茶な!」

 

「待って勇者様。この人だけはいい人よ。あたしを助けようとしてくれたもの」

 

 少女が指差したのは、司祭を止めようと声をかけた男だった。

 

「よし、ならお前。今日からこいつの後釜に座れ。取り巻きだったんなら仕事は知ってるだろ」

 

 司祭の証の首飾りを死体から剥ぎ取り、男の首にぶら下げてやる。

 

「え? そんな? 私なんかが?」

 

「できるのか? できないのか?」

 

「は、はいっ! 死に物狂いでやらせていただきますっ!」

 

「いや、無理すんなって。別に普通でいいから。ただし、外道な振る舞いをした時は、わかるな? 他の奴らもだぞ。こいつのおかげで命拾いしたな」

 

「は、ははーっ!」

 

「これにて一件落着」

 

 須田は少女の手を引いて立ち去る。

 見送る男達の感情は複雑だったが、司祭の死よりも出世レースに番狂わせが起きたことの方が重要であった。

 

 

 

「また随分困ったことをしてくれましたなあ」

 

 須田に向かってボヤくのは、一周回って開き直った黒の司教だ。死ぬ覚悟を決めたら、勇者の相手も随分楽になった。

 

「いいことじゃないか。新陳代謝のためにも、老害はどんどん首にすべきだよ。年寄りが死ぬまで幅を利かせてるから、若い連中が芽を出せないまま腐っていく」

 

「それはまあ、そうでしょうが。証拠もなしに処刑するのもいかがなものかと」

 

「心配ないさ。長年権力を握っていて、潔白な奴などいるものか。後から探せば証拠はいくらでも出て来る」

 

「勇者様は政治にもお詳しいようで」


 それは本心からの言葉であった。

 荒治療ではあるが、腐った組織が蘇るかもしれない。当然、反対勢力は動くであろうが、勇者を殺せるものなら殺して欲しいくらいだ。

 

「やはり、勇者降臨は神意であるのかもしれない……再生のための破壊だと信じよう」

 

 司教が思い悩んでいる間も、勇者は楽しそうに少女といちゃついているのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アカン、今度は純朴少女ちゃんが…。 勇者、聖女、聖少女がこうまでも。うーん権力怖い。 [一言] あれ?なんでドワーフだと思い込んだのだろう… 黒の司教はそっちへ舵を取りましたか。紅茶卿は…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ