聖少女
「なによ! あんたなんて勇者様に言いつけてやるんだから!!」
「生意気な小娘が! 誰かこいつをつまみ出せ!!」
神殿の奥深く。高位の神官のみが入ることを許された聖域に、少女は迷い込んでいた。
人の気配がする方に向かったところ、気難しい上級司祭に見つかり、言い争いになった。
勇者の寵愛を一身に受けて、少女は増長していた。いや、自身の価値を正しく認識していた。
勇者は世界最強で、故に絶対正義。逆らう者は悪なのだ。
「ですが、司祭様。この少女は勇者様のお気に入りで……」
普段は司祭の命令に絶対服従する部下達が躊躇する。そのことが司祭の怒りに火をつけた。
「何が勇者だ! 力を振りかざすだけの野蛮人ではないか!!」
「あー、勇者様の悪口! いーけないんだー」
「許さんぞ! 小娘!」
司祭は杖を振り回して少女を追い回す。こうなった以上、始末して闇に葬り去るのがむしろ安全なことを、司祭はこれまでの成功体験から良く理解していた。
金ぴかの杖が、ただの飾りではなく恐ろしい凶器であることを悟った少女は、泣きながら本気で逃げ始める。
「助けて! 勇者様!」
「い、いけません司祭様!」
「何を甘いことを。ここで始末しておかねば、我ら全員があの狂犬に殺されるのだ!」
金色の杖が正確に少女の後頭部に振り下ろされる。
「ほへ?」
何が起きたのかわからなかった。司祭は手の中の杖の半分、切断された柄の部分を見つめる。
「ああっ! 勇者様!」
薄暗い聖域の神像の影から、ゆらりと勇者須田が姿を現した。
「ご、誤解ですっ! これは」
「坊主にしちゃあ、いい腕してるじゃないか。今まで何人殺してきた?」
「全ては神のため勇者様のためでございますっ」
「こいつ、勇者様は野蛮って言った」
「子供の戯言でございます。私無くしては赤の神殿はまとまりませんぞ!」
「老害は皆そういうことを言う。まあいいや、問答無用! 死ね」
目にも止まらぬ峰打ち。だが刀身にまといつく小さな稲妻が司祭の命を刈り取った。
少女に血を見せないための、勇者須田の配慮であった。
「殺しちゃったの? あたしが告げ口したから?」
「君はとてもいいことをしたんだよ。こいつはとても悪い奴だったけど、誰もそのことを見抜けなかった。でも、純粋な少女の目は誤魔化せなかった」
次に、勇者の目は、腰を抜かしている司祭の部下達に向けられる。
「さて、お前達の処分だが、見て見ぬふりをしたんだから、同罪だな」
「そんな無茶苦茶な!」
「待って勇者様。この人だけはいい人よ。あたしを助けようとしてくれたもの」
少女が指差したのは、司祭を止めようと声をかけた男だった。
「よし、ならお前。今日からこいつの後釜に座れ。取り巻きだったんなら仕事は知ってるだろ」
司祭の証の首飾りを死体から剥ぎ取り、男の首にぶら下げてやる。
「え? そんな? 私なんかが?」
「できるのか? できないのか?」
「は、はいっ! 死に物狂いでやらせていただきますっ!」
「いや、無理すんなって。別に普通でいいから。ただし、外道な振る舞いをした時は、わかるな? 他の奴らもだぞ。こいつのおかげで命拾いしたな」
「は、ははーっ!」
「これにて一件落着」
須田は少女の手を引いて立ち去る。
見送る男達の感情は複雑だったが、司祭の死よりも出世レースに番狂わせが起きたことの方が重要であった。
「また随分困ったことをしてくれましたなあ」
須田に向かってボヤくのは、一周回って開き直った黒の司教だ。死ぬ覚悟を決めたら、勇者の相手も随分楽になった。
「いいことじゃないか。新陳代謝のためにも、老害はどんどん首にすべきだよ。年寄りが死ぬまで幅を利かせてるから、若い連中が芽を出せないまま腐っていく」
「それはまあ、そうでしょうが。証拠もなしに処刑するのもいかがなものかと」
「心配ないさ。長年権力を握っていて、潔白な奴などいるものか。後から探せば証拠はいくらでも出て来る」
「勇者様は政治にもお詳しいようで」
それは本心からの言葉であった。
荒治療ではあるが、腐った組織が蘇るかもしれない。当然、反対勢力は動くであろうが、勇者を殺せるものなら殺して欲しいくらいだ。
「やはり、勇者降臨は神意であるのかもしれない……再生のための破壊だと信じよう」
司教が思い悩んでいる間も、勇者は楽しそうに少女といちゃついているのであった。