ワルナスビ
聖女様が川のほとりを御歩きになっていらっしゃると、地元の農民達が争っている姿が御目にとまりました。
「あの者達は、一体何を争っているのでしょうか?」
聖女様がお尋ねになると、使徒様のお一人が農民を連れてまいりました。
「あいつらが悪魔の草を川に捨てたせいで、わしらの村まで酷い目にあってるんだ!」
「お前達だってすぐ同じことをするさ! あの草は川に流すしかねえんだよ」
悪魔の草と聞いて、使徒様方が何やら熱く語られ始めます。
「悪魔の草、だと? 悪魔の実じゃなくて?」
「悪魔の草の実が、悪魔の実なんじゃ?」
「うおおおおお! 食べてみてえ!」
運ばれて来た植物をご覧になると、使徒様方は落胆されました。
「なんだよこれ、ただの雑草じゃん」
「ワルナスビじゃないの、これ」
「実が黒いからイヌホオズキだと思う。校舎の裏にも一杯生えてただろ?」
「ああ、バカナスじゃないか」
「ボケナス?」
「異世界植物だろ? イヌホオズキはこんなに大きく成長しないし……こいつはちょっとトゲが凶悪過ぎる」
博識な使徒様方の議論はいつ果てるともなく続きます。最後は聖女様のお言葉で、悪魔の草はワルナスビモドキの名を与えられたのでした。
「それで、なんとかならないのですか? 駆除するとか、利用するとか」
誰もが持て余す雑草を、役立てようとお考えになる。さすがは聖女様です。
「悪魔の草は水が一杯詰まってるんだ。火で焼くこともできねえ」
「ちぎっても埋めてもそこからどんどん生えてきちまう。川に流すしかねえんだよ」
愚かな農民達は、聖女様にただ愚痴るだけ。それでも聖女様は嫌な顔一つせず、真摯にお聞きになられます。
「有毒で家畜の餌にもならないのか。うーん、バイオマスには違いないんだから、バイオマスエタノールとかいいんじゃね?」
使徒様の御一人が、賢い言葉を囁かれました。その言葉が、世界に新しい文化をもたらしたのでございます。
聖女教団が各地に建造した怪しげな塔には、農民達から安く買い集められたワルナスビモドキがどんどん投入されていった。
どんなに安くとも、生きていくための貴重な現金収入だ。各村の代表が、荷車に雑草を山と積み上げて、教団の塔を目指すのだ。
塔の周囲には異臭が漂う。だが敬虔な信者達は、修行と称して黙々と働き続けている。
発酵槽の中では細菌によって植物が分解されている。聖女教団はエタノールの生産に成功していた。
魔法の力を借りた力技で、非常に効率の悪い方法ではあったが。
得られたエタノールは、消毒用アルコールとして信者に配られた。衛生の概念の無い世界では、ただそれだけのことが革命的な変化をもたらす。
奇跡の水を求めて、信者は爆発的に増えていく。
聖女としてのレベルが上がった鈴木は、大抵の病気や怪我を治療できるようになっていた。間違いなく本物の聖女であり、彼女に救われた者達を中心に、教団は拡大する一方であった。
ただ暴力によって勢力を伸ばそうとした金田達とは違い、聖女教団の信者達は自らの意志で、聖女の説く愛と正義に従った。
聖女のためには喜んで命すら投げ出す。そんな狂信的な信者達が、万単位で常に彼女の周囲を取り囲んでいる。
『どうしてこうなったのよ? どこで間違えたのかしら?』
勢力拡大に浮かれているクラスメイト達の傍らで、鈴木は頭を抱える。
予想される最悪のシナリオは、勇者須田が襲撃して来る場合だ。狂信的な信者達は、彼女を護るために命を捨てて戦うだろう。無駄死になのに。そして、血の海の中で最後に殺されるのは自分なのだ。
『あー、胃が痛い。吐きそうだわ。誰か何とかしてよ! 正義のヒーローが突然現れて、サクっと馬鹿勇者を倒してくれないものかしら。でも、アイツって死なないバケモノなのよねえ』
鈴木は祈る。救いを求めてひたすらに祈る。
その敬虔な聖女の姿を見て、信者達の信仰心はますます高まっていくのだった。