血塗られたさだめ
「それで、聖女達が教団を作ったと?」
勇者須田は、逃げ出した元クラスメイト達のことが気になっていたところだった。
「僕にとってはとるに足らない存在。あえて言えばカスみたいなものだけどね」
唯一聖女はスペシャルレアだけれど、その他はコモン、ガチャのハズレだ。
レア以上は勇者と共にダンジョンに潜り、そこで命を落としてしまった。悔やんでも悔やみきれない損失。
だがそんなカスな連中でも、話し相手くらいにはなるだろう。
聖都の支配者として君臨して思い知らされた。この世界の奴らは馬鹿過ぎて話にならない。媚びを売って来る連中には事欠かないが、いくらチヤホヤされても、むしろ一層の孤独を感じてしまうだけだった。
死から復活した直後、碌に回らなかった頭は、今では以前にも増して冴えわたって。それでも確かに何かを失った喪失感。こいつら相手では決して見つけることはできない、そう確信できる。
「すでに三つの国が聖女教団に侵略されました」
「派遣軍は悉く壊滅」
「聖女の不思議な力の間に、聖鎧もまるで歯が立たないようです」
実際には聖女鈴木達は戦闘行為は行っていない。派遣された騎士達が次々に寝返ってしまい、処罰を恐れた指揮官が報告書を捏造しただけだ。
その中には、大火球に包まれて編隊が一瞬で消滅したという荒唐無稽な報告まであった。
「やれやれ、カスはカスなりに、借り物の力を手に入れて野心を抱いたか。この世界の連中相手なら無双できると思っているようだけど、せめてダンジョンの深部に潜ってから調子に乗れよなあ。弱い者いじめをしてるだけだって気づけよ。痛々しくて見ちゃいられないよ」
「これ以上の被害を重ねることは、我が国の崩壊に……いえ、その、人道的に許容できません。勇者様にご出馬いただければと」
須田は威圧を発動させてギロリと睨みつける。
「僕が出ればすぐ片付く案件だけどね、安易に僕に頼ろうとする態度が気に入らないな。僕は便利な道具ではない、動くか動かないかは僕自らが決める!」
容赦なく威圧を高めていく。効果範囲内の人間は全て気を失った。
「弱いな、弱過ぎる。コモンとはいえ、召喚チート持ちに蹂躙されるわけだよ」
そういえば、不良の金田が暴れていたなと、ふと思い出す。あんな雑魚キャラでも、無双できれば自分が主役だと勘違いするのだ。やはりクラスメイト達は全て自分が管理すべきなんだ。
「やれやれ、我ながらお人好しが過ぎるな。まったく、主人公というのも損な役回りだよ」
聖女や元クラスメイト達のことを考え始めると、灰色に塗りつぶされていた彼の心に色彩が戻って来た。
「彼らは僕が責任を持って管理しよう。不要な者は自分の手を汚してちゃんと始末する。最後まで面倒を見るのが主人の責任というものだからね」
屍の中に一人立ち尽くす自分の姿を想像し、何故か満たされた気持ちになる。
「赤い、血。真のエンディング? いや、バッドエンドだろ? でも、悪くないな」
ドクン。須田の中で生まれた欲求は、食欲に似た空腹感だった。
クラスメイトを殺せば、その何かが満たされる気がした。
モンスターを倒して経験値を得る快感を思い出す。ある時から急に成長が鈍くなったが……
「そうだな、まずは金田で試してみようか。あいつはフラグを立てすぎた。死、あるのみだろう」
あれだけのことをやらかしたのだ。おおよその居場所は、神の国の諜報組織も把握している。
他にも何人か、山賊の頭のようなことをやっている馬鹿がいる。
「聖女教団は、最後にとっておこう。僕は美味しいものは最後に食べる派なんでね」
皆、気絶していて、誰も聞いてはいない。
須田は舌打ちすると、何人かを蹴り上げ、自分専用にした八枚羽根の聖鎧の格納庫に向かう。
「八枚羽根は世界でこいつだけだ。まさしく僕に相応しい」
特別に作らせた操縦席に潜り込む。新たな冒険が始まるようでドキドキしてきた。
「さあ、新章の始まりだ」
八枚の翼に光が満ち、羽ばたくことなくスッと空に浮かぶ。
足元に広がる聖都の街並み。一瞬、雷撃で全てを破壊し尽くしたい衝動に駆られる。
「いや、まだ利用価値はあるさ」
まず第一に、金田の居場所がわからないことに気がついたのだ。初めて行く場所だ。誰かに道案内をさせないと話にならない。
せっかくハイテンションで旅立ったのに、すごすごと引き返す勇者須田であった。