再教育施設
13号の朝は早い。
数日前まで彼は伯爵だった。王国でも有数の大貴族で、海軍の新鋭艦をも私物化できる権力を持っていた。
退屈な日常に飽きて、強引に軍艦に席を用意させた。海の旅は存外退屈なもので、その上、巨大な軍艦であっても木の葉のように嵐に翻弄された。
船酔いに苦しみ、冒険はもうこりごりだと思った。この島を発見したのはそんな時だ。
古い砦に、瀟洒な建物が並んだ村。まるでどこかの避暑地のようだった。おまけに広大な農地も広がっている。
地図にない島ということは、どの国のものでもないということだ。ならば占領するのが当然であり、貴族の義務だ。
島の戦力は不明だったが、船には最新式の魔導砲が積まれていた。神の国の竜骸と戦うための兵器だ。蛮族の千や二千は敵ではない、その筈だった。
だが、蛮族と侮ったのは致命的な間違いだった。連中は、ラピュタ帝国の臣民だったのだ。
正式にはバルニバービ帝国であり、ラピュタとは首都である飛行島の名称だという。そういう設定だと話しているのを聞いた。
設定とはどういう意味なのか? 空を飛ぶ島などおとぎ話でしか聞いたことがないが、各地に残る遺跡が、かつて今より遥かに高度な文明が存在したことを示している。竜骸なども、遺跡から掘り出した技術の模倣に過ぎない。
あの炎の竜を思い出すと身震いが止まらない。魔導砲の百倍どころではない威力だった。
ラピュタ人達はあれを天の火と呼んでいるようだ。大きな都市を一瞬で滅ぼす力があるらしい。
彼らにとっては、自分達の方が虫ケラだった。今まで列強国の間で知られていなかったのも無理はない。
あまりに力の差があり過ぎて、人間の世界など興味の対象ですらなかったのだろう。
元伯爵の13号は、ラピュタ人を半神のような存在と考えることに決めた。そうでないと、いろいろ見誤るだろう。
王国の誇る軍艦は、天の火の余波で軽々と吹き飛ばされ、陸地に放り出されてしまった。ただの威嚇でだ。
驚いたことに、ラピュタ人達は実験と称して、即死の者以外を回復させてしまった。盗み聞きしたところでは、死者蘇生も可能であるようだ。どうやら彼らの禁忌に触れるらしい。
勝者は全てを得るが、敗者は全てを失う。良くて奴隷かと覚悟はしていた。殺す人間をわざわざ治療しないだろう。あるいは見世物として殺されるのだろうか?
ラピュタ人達の決定は、再教育施設送りというものだった。もう訳が分からなかった。
どこかに送られるのかと思ったら、島が瞬く間に再教育施設とやらに変えられていった。
名前を奪われ、番号で呼ばれるようになった。
施設の建物は兵舎に似ていたが、国軍のそれより遥かに居住性が良く、水兵達は喜んでいたくらいだ。
元伯爵の13号にとっては、個室ではなく八人部屋というのは未知の体験であったが、耐えるしかなかった。
本国に援軍を求めるなどという考えはとうに捨てている。海軍の全艦隊が来たところで、天の火一発で勝負がついてしまうだろう。
それどころか、ラピュタ人の怒りを買えば、国ごと焼き払われてしまう。
「いいかー、お前達はブタだ! いや、ブタ以下だ! 全員平等に、価値がない!」
朝起きると、宿舎前に整列。タケイの罵詈雑言に耐えながら基礎訓練をやらされる。
13号にとっては地獄の訓練だが、元水兵達にとってはそうでもないようだ。国軍の訓練の方が理不尽極まりないという。
「俺たちゃ平等に価値がない!」
自嘲して言っているのかと思いきや、結構そのフレーズが気に入っているようだ。
タケイが飽きて開放されると、楽しい朝食の時間だ。
クボの指揮下で食事当番が作ったパンとスープが配られる。
水兵達の食事よりずっとマシだが、士官が食べていたものに比べれば数段劣る。
それでも、誰一人文句を言わずに黙々と食べる。
一見温厚なクボだが、タケイより恐ろしい。絶対に怒らせてはいけない存在だ。
食べ残したり、他人の分を奪ったりすればクボはキレる。包丁を振り回し、鼻先の皮一枚を切り飛ばしたりする。
「あなた達は差別主義者だから、本来は生きる価値がないの。死ぬ気で悔い改めなさい」
言葉の意味は良く分からないが、命が惜しければ逆らってはいけない存在なのだ。
食事が終わると、今度は農作業をやらされる。
「働かざる者食うべからずだ。自分達の食い扶持くらいは稼げよ」
アキヤマはタケイ程には苛烈ではない。農家出身の元兵達に言わせれば、とても楽な仕事だそうだ。
13号は土いじりは初めてだが、屈辱だと思いさえしなければ多少腰に来る程度だった。
アキヤマは働きに応じて褒美をくれる。銅貨の一種で、単位はゼニコ。購買で甘味などが買えるので、13号も必死で集めている。
そして夕食。やはりパンとスープだが、クボの機嫌が良ければスープに肉が入る。
13号にとっては粗食だが、間違いなく美味い。
汗水たらして働いて、空腹になったからだと13号は考える。
その後は学習の時間。自分達がいかに愚かであったかを交代で発表させられる。
真人間に生まれ変わって、ラピュタ帝国の市民権を得たい。すでにほぼ全員がそう思っている。
そして、自由時間。
購買が開き、浴場に湯が張られる。
島中を自由に移動できる。檻もなく、鎖で繋がれることもない。
大貴族でもない限り、今の生活の方が余程マシだ。
天空に浮かぶ理想郷が果たして本当に存在するのか? 空を見上げながら13号は夢想するのだった。