シカ狩りは貴族の嗜み
「あなたの故郷にシカはいて?」
オーリィさんに小馬鹿にするように言われて、ちょっとムッとする。
「鹿くらいいますよ。最近は凄く増えて深刻な農業被害が出るくらいでした」
思わずお国自慢で張り合ってしまったよ。
「シカが森から出るのは貴族の怠慢ね。というわけでシカ狩りをします。ハルバルからシカ弓を受け取って練習しておきなさい」
ハルバルさんも大変だよな。オーリィさんって結構人使いが荒いところがある。
シカ弓は思ってたのと全然違った。見た目は弓ですらない。バズーカみたいだ。
風魔法で圧縮した空気で、木の杭を打ち出す仕組みになっている。ヴァンパイアとでも戦えそうだよ。
さっそく試射させてもらう。なんだかんだ言ってこういうのって超楽しい。
空気室におならを送り込むと、工作精度が悪いためシューシュー抜けていく。
「ガス漏れ……風が漏れちゃってますけど」
「だから急いで発射するんじゃ」
圧縮空気をチャージしたら、漏れないうちに発射しないと駄目なのか。
パチンと留め金を外すと、スッポンッと杭が飛んでいく。なるほど、それなりに威力はあるな。オモチャではない、人に向けて撃ったら絶対ダメな奴だ。
そして大変な装填作業。杭をセットした後、エア漏れ防止に獣脂をベタベタ塗り込んでいく。自転車のパンク修理の方が早いよ。戦闘中に連射は無理だよ。
「これって、昔からある武器なんですか?」
「うむ。風魔法使いがシカ狩りに使う伝統的なシカ弓じゃよ」
「弓要素がどこにあるの?」
「普通の弓より狙いやすいぞ。一発勝負じゃがな」
まあね、当たれば鹿は即死だろう。ただ、留め金が硬くて、発射の瞬間にブレる。トリガータイプにしてもっと軽くして欲しいな。
でも、鹿狩りはゲームみたいなものらしいし、不便なのもレギュレーションのうちなんだろう。
何発か撃たせてもらって、ある程度コツはわかった。逃げる鹿に当てられる気はしないけれど、遊びなんだからね。釣りだってボウズを楽しめて一流。レジャースポーツってそういうものだ。
霧の森に角笛が響き渡る。そういえば森に入るのは初めてだ。
ドラゴンの化石も初めて見た。聞いていたよりずっと大きかった。鹿より余程興味を惹かれる存在だ。骨の一本でも持って帰りたいな。
オーリィさんは颯爽と馬に乗っている。僕も乗馬を教わっているけど、まだまだ狩りができるレベルじゃない。そのかわりホバー走行に関してはちょっとしたものだと思う。森の中でも自由自在に動けている。
斥候達が奏でる角笛のメロディーには意味があるらしくて、オーリィさんは聞き分けながら迷わず森を進んでいく。貴族様なんだろうか? きっとそうなんだろうなあ。
「入り口に近い方を、一頭確実に仕留めます。私が先に仕掛けるので、追い打ちよろしくね」
先行している斥候がすでに複数の鹿を発見しているようだ。鹿はノンアクティブモンスターらしく、こちらから攻撃しなければこの森は安全みたいだ。
ここまでお膳立てしてもらって、肝心の僕らが外しましたじゃカッコ悪いな。ギリギリまで接近して確実に当ててやる。
オーリィさんがシカ弓を構えた。近い! のか?
霧の中からにゅうっと大きな影が浮かび上がる。え? キリン? いやもっと大きい!
鹿? いやいや! こんなに大きい鹿はいない!! 怪獣じゃないか!!
ポンッとシカ弓の発射音。オーリィさんが命中させたようで、重低音の叫び声が森に響き渡る。映画の怪獣王に負けない大迫力だ。
よしっ、やってやる! やってやるぜ!!
ふらつく巨獣の腹の下に滑り込み、シカ弓を真上に発射。とりあえず腹に当たったぞ! 再びシカが絶叫し、大きく首を振り回す。おっかねー!
木の杭を二本も撃ち込まれても、まだ動けるのか。オーリィさんがさらに三発目を当てる。従者に持たせていたシカ弓と持ち替えたようだ。そんなのアリなの? ズルいけど頭いいな。
シカはオーリィさんを脅威と認識したようで、頭を低くして追い始めた。
一発当てれば倒せるんじゃなかったのか? ハルバルさんの嘘つき! 仕方ない。ドライアイスのツララをシカ弓の内部に形成し、おならで打ち出す。
ボンッと重い音がして、シカの横腹に命中。
痛かったんだろう、大きな唸りをあげたシカは、今度は僕に向き直る。よし、逃げろ!
大木をかすめるようにスイッとホバーで駆け抜ける。直後に体当たりしてきたシカの重さに耐えきれず、縄文杉ほどもある巨木が地響きをあげて倒れてしまった。ああ自然破壊。が、シカにも相当のダメージだ。
横滑りしながらさらにドライアイス弾発射。体内に突き刺さったドライアイスが炭酸ガスとなり、傷口が膨れ上がるんだ。相当のダメージの筈だ。
シカと目が合った。白目がないのな。瞼もないかもしれない。哺乳類かどうかも怪しいもんだ。
さしもの怪物も限界を迎えたようだ。足をもつれさせ、転倒していく。巻き込まれないようにバックダッシュでギリ回避! 危うく押しつぶされるところだった。多分、今日一番ヤバい一瞬だった。
霧の中からシカ弓を構えたオーリィさんが近づいて来た。シカがこと切れているのを確認すると、武器を下げる。
「こんな大物は初めてよ。仕掛けた私の判断が間違っていました」
「霧が濃かったから仕方なかったですよ」
背景と比較できなければサイズ感が分かりにくいもん。通常個体だと思って攻撃したらフィールドボスでしたとか、まあ良くあるしね。被害もなかったし結果オーライだ。
「またあなたに借りができましたね。何年かぶりにレベルが上がりました」
そういえば僕もレベルアップしたな。普通にモンスターを倒しても経験値は入ることがわかった。
倒したシカを風魔法で解体していく。オーリィさんはすぐに魔力切れになってしまったので、僕も手伝う。
森の入り口で待機していた馬車が次々に到着し、サクに切り分けたシカの肉を運んで行った。領主が戦にかかりっきりで、シカ肉の供給が不足していたらしい。
シカは骨まで捨てるところがないらしい。それでも夜の森は危険なので、日暮れまでに持ち出せなかった分は諦めるしかないとのこと。
「朝になってから残りを運び出せないんですか?」
「明日には欠片も残っていないでしょうね」
夜の森で一体何が……日が暮れたら森には近づかないことにしよう。
勿体ないので諦めきれずに持ち運び易いサイズに切り分けていると、噂を聞きつけた近くの村々からも続々と馬車が到着し始めた。
オーリィさんは特に対価を求めるでもなく、気前よく分け与えている。いいのかなあ。
何度か往復できた馬車もあったけれど、それでも肉を半分以上残して暗くなる前に撤収。皆喜んでいるけど、僕は負けた感がある。
その夜はそのままお屋敷では大宴会に突入し、シカ肉が大盤振る舞いされた。
シカ肉のステーキは美味かった。血抜きができていないから凄く鉄臭いのだけれど、薄切りにしたショウガやニンニクと一緒に焼かれているせいなのか、滴り落ちる血すら美味しい。
こんなに美味いとわかっていれば……あーあ、全部持ち帰りたかったなあ。