チャボ抱卵
コッコが卵を産んだ。
とりあげずに見守っていると、巣にこもって温め始めた。
最初のうちこそ皆が珍しそうに覗きに行っていたけれど、ヒヨコはそんなすぐには孵化しないらしい。
数日で飽きてしまい、鳥小屋に遊びに行くのはセ-ラちゃんとコロくらいになった。
セーラちゃんは頑張って捕まえた虫を食べてくれる鶏が大好きで、コロの趣味は、よくわからん。
そのうちヒヨコが増えてきたら、様子を見に行こう。僕はそう思っていた。
『ヒヨコ ウマレタ?』
「まだよ、まだまだもっとかかるのよ。コッコは偉いよね。チャー坊は卵を温めないのね」
『チャーボウ ダメダナ』
「きっと鶏はそれが当たり前なのよ。でも、コッコはちゃんと食べてるのかしら」
『エサ モッテクル』
「駄目よ。餌箱の位置は変えちゃいけないのよ。卵やヒヨコは水で濡れたりすると、すぐに死んでしまうの」
セーラことセルザードと、自称コロッサスのコロは、今日もチャボの観察を続けていた。
二人とも決まった仕事が割り当てられていないので、今は鶏の世話が仕事だとも言える。セーラの信奉する地母神の加護で、チャボ達の子孫繁栄は間違いなかった。
「まだヒヨコ生まれないのね」
疲れた顔をした久保が、鳥小屋を覗き込むと、チャー坊が走って来て威嚇する。
「大丈夫よ。あんた達の卵はとらないから」
「あまり脅かすと、温めるのを止めて自分の卵を食べちゃうこともあるんですよ」
「それなら、そいつを近づけちゃ駄目じゃない」
指差されたコロは、ゆっくり首を振る。
『コロハ オドカサナイ』
「コロちゃんは、毎日来ているから大丈夫なんですよ」
「鶏まで私のこと馬鹿にして。どうしてよ? 私が一番正しいことを言ってるのに。野蛮な世界に来て皆おかしくなった。思いやりやいたわりの心を忘れてしまった」
「野蛮な世界では、失敗は死に直結しますからね。皆さん慎重になっているのではないでしょうか?」
「子供が生意気言わないでよ。だいたいあなた、現地人の子でしょ? なんでここにいるのよ?」
「皆さんより先にこの島にいたのですが、どうします? 追い出しますか?」
久保は言葉につまる。感情的には、現地人は追い出したい。しかし理性では、そのような行為が野蛮極まりないことを理解していた。
「そんなことをしては、大航海時代のヨーロッパ人と同じになってしまうわね。でもどうして? あなたを受け入れるような優しい人達が、どうしてあんな酷いことを言うのかしら?」
「あの、差し出がましいようですが、随分物事を頭で考えておられるのではないですか? 時には直感で判断するのも大事ではないかと愚考いたします」
「あはは、何よそれ、お子ちゃまが背伸びしちゃって。でもありがとう、私も背伸びしてるのかもしれない。どう考えても自分が正しいって、少し意固地になっていたわ」
「頭を空っぽにしてコッコ達をただぼーっと眺めているのもいいですよ」
「そうね。でも、お昼ご飯の準備をしなきゃ。まずは私にできることからやらないとね」
少しマシな顔になって立ち去る久保。
『アイツ ヤナカンジ』
「そんなこと言わないの。辛いときには沼にはまる人がいるものよ。自分じゃ抜け出せないんだって」
『コロ ヘイキ トベルカラ』
「飛べなくなった時に困るわよ」
とりとめもなくおしゃべりをしている二人の前を、コッコはトコトコと小屋から出て行き……
『ウンチ デッカイ』
「これが溜め糞ってやつなのかしら?」
素早く餌を食べ、水を飲み、鳥小屋に戻るコッコ。
「少しの間なら卵から離れても大丈夫なんだね」
『タマゴ ミッツ アッタ』
「三つも? 早くヒヨコにならないかな」
昼食の時間まで、じっと観察を続ける二人であった。