脱走
「聖女一味が脱走しました! 現在西大橋を通過中。大至急追跡隊を派遣してください! げっ! 勇者様!!」
寝耳に水の聖女の逃亡劇に、大慌てで報告に来れば、上司の椅子には我がもの顔で勇者須田がふんぞり返っていた。
咄嗟に状況が呑み込めないで混乱している黒の騎士に、勇者がさらに追い討ちをかける。
「去る者は追わずだ。奴らにもう利用価値はない」
せっかく呼んでやったのに挨拶もなく逃げられるとは、面子を潰されたようで不愉快だった。いっそ自分の手で始末するかとも思ったけれど、それも小者じみている。
「あ、あのですね。私の立場では上司に指示をあおぎませんと……」
「頭が固いな。そんなじゃいつまで経っても出世できんよキミい。僕の言葉は神の言葉に等しいと、神官達から聞かなかったか?」
「も、もちろんです」
「ならばつまり、僕の耳に入った時点で君の役目は終わりだ」
「は、はあ」
釈然としないながらも、騎士は引き下がる。勇者の超常の力については彼も認識していた。須田を怒らせれば国が亡びる。ならば従うしかないのだ。
その後しばらく、須田は脱走の件を忘れていた。聖女達にとっては正に僥倖で、貴重な数日を稼ぐことができた。
「勇者様! 聖女様一行を見逃せとは、一体どういう御意向ですかな?」
最近大人しかった黒の司教の強気な態度に、勇者須田は驚いた。ついでに脱走の話も思い出す。
「ああ、その話。あいつら金がかかるみたいだし、まあいいんじゃないの?」
「それはいけません。困ります。竜骸……聖鎧の維持には回復魔法が欠かせんのです。聖女様お一人で、百の竜骸を賄えるのですぞ」
「あちゃあ、そういうことか。おい待てよ、その話初めて聞いたぞ!」
「おや、以前ご説明した筈ですが」
自信たっぷりにそう言われると、須田も言い返せない。今だって脱走のことはど忘れしていたのだ。
「せめて聖女様お一人でも連れ戻しませんと」
「ふん。まあ、良きに計らえ」
「勇者様はお力をお貸しくださらないので?」
「思いあがるな。僕の力は神に授かりし力なのだ。それを下らぬ人間の欲のために使う? やはり一度この聖都ごと滅ぼす必要があるのかもしれない」
「いや! 申し訳ありません! 私どもで全て処理いたしますので」
「当然だ。そもそも聖鎧なんて無くてもいいんだぞ? 神の敵は僕が滅ぼすから」
遅ればせながら追跡隊が組織された。
当初は容易と思われた聖女の探索だったが、途中から痕跡が一切見当たらなくなった。
勇者と同郷の者達を、甘く見過ぎていたのではないか?
結局、何の手がかりも得られぬまま、捜査は打ち切られたのだった。