異世界グルメは命懸け
嵐のような数日間だった。それもこれも元はと言えば……いやよそう。死んだら皆仏様だ。
あいつ、絶対地獄行きだろうけどな。地獄に仏?
領主の館までは意外と近かったな、数十キロ程度だと思う。ホバー移動なら一時間もかからない。それでもオーリィさんの屋敷に戻るとなんかホッとする。
住めば都? 部屋を貰って何日か住んでいると、自分の家のように思えて来るから不思議だ。灯台のねぐらにもちょっと愛着あるし、あっちもそのうち見に行こう。
亀が美味しいことがわかったので、食べて以来、外出時にはわりと注意して探している。残念ながらおなら魔法に探知系はない。
ダイナマイト漁とか毒流しみたいなことなら出来るけれど、やっちゃいけない禁じ手だ。一気に獲物が枯渇してしまうからね。今儲かればそれでいい、後は野となれ山となれ、そういうやり方だ。
沼を覗いても小さい子亀しか見あたらない。食べ頃サイズは見つけ次第食べてしまうからだろうね。
日本なら川でも池でも用水路でも、大きくなったミドリガメがいくらでもいるのに。最近じゃカミツキガメまでいるらしい。
あっちには他にも美味しい食材がいくらでもあるからねえ。
亀を捕まえるのは諦める。代わりの青い鳥はすぐ近くにいましたよ。青いヤシガニみたいのが早朝に屋敷の裏庭をノコノコ歩いていた。
僕は食べたことないけれど、ヤシガニは美味しいって聞くね。タラバガニの仲間らしいし、見た目も青いタラバガニ? ちょっとマッシブな体型だ。陸上型タラバガニだね。
ボイルすればちゃんと赤くなると思う。亀よりよっぽど抵抗感なく食べれるよ。
「オーリィさん、こんなの捕まえましたよ。美味いかもしれません」
両手で抱えても結構重い。凄いパワーで荒ぶるなあ。これは食べがいがありそうだ。
「いけません、そんな。足が多過ぎます。聖典には四つ足以外の肉を食べてはいけないとあります」
教会の人達は平気で倒しちゃうのに、聖典は順守するんだね。
「でも、卵は食べるじゃないですか?」
「卵は木の実みたいなものでしょう? それに亀の卵ですよ」
今明かされる驚愕の真実。別に亀の卵でも美味しければいいんだけどね。
ダボハゼを誰も食べないのも、魚は四つ足じゃないからだったのか。
「そんな虫みたいのはお捨てなさい」
結局、ヤシガニは裏庭に放してやる。茂みの中に結構素早く逃げて行った。
食べられないとなると、ますますカニが食べたくなってきた。よし、こっそり捕まえて料理しよう。
鎧の着用が許可されたので、僕の行動範囲は一気に広がった。
さらに、一人でも鎧の着脱をし易いようにビンディングみたいなロック機構をハルバルさんに追加してもらった。着替えを従者に手伝わせるのも一種のステータスらしいので、僕以外には売れそうにないとのこと。まあ、保守的な考え方も悪くないと思うよ。
人目のないルートを選び、ホバー移動からのジャンプ。新たに背中に二本のロケットノズルを追加してもらったので、ヘリコプター並みの速度で飛行できる。
風の鎧のおかげでヘルメットシールドがなくても視界はいい感じに確保できている。
人口が密集している港方面は避け、断崖絶壁の岩山を飛び越えて海上に出る。
目指すのは岩礁地帯の無人島だ。座礁を恐れて船は近づかないから、僕がカニパーティーをしても誰にも見とがめられる心配はない。
いかにも南海の楽園といった風情の島には、探すまでもなく大きなヤシガニがうじゃうじゃいる。他にも陸棲の大型のカニを何種類も見かけた。食べられるのだろうか?
毒のあるカニもいる、名前の面白いスベスベマンジュウガニなどが有名だ。食べたら超苦しんで死ぬらしい。
ヤシガニには毒はない筈だけど、異世界生物だしなあ。とりあえず刺身で食べるのはやめておこう。そこまで命知らずではない。とりあえず大きいのを一匹捕獲。ドライアイスで冷やしておく。
鍋にするために大きな貝殻を探して海を覗く。潮だまりに大きなウニがいる。岩場にはカメノテやフジツボ、巨大なイワガキ。うわあ、シーフードパラダイス!
鎧を脱いで海に潜ると大きなクエみたいな魚が悠然と泳いでいる。人を怖がらないな。クエ鍋はまた今度だ。
岩陰にちょうどいいサイズの貝殻を見つけて手を伸ばすと、いきなり下に潜んでいたカニがハサミ脚を振り上げる。びっくりしたあ!
おっかないのでドライアイスで急速冷凍して動きを封じる。特大サイズの本物のタラバガニだ。高級食材ゲットだぜ。
浜辺に持ち帰り、観察タイムだ。どこからどうみてもタラバガニにしか見えない。疑問があるとすれば、タラバガニは本来寒い海に棲んでいるということだ。
見た目がいくら似ていても別物なのだろう。なら有毒な可能性もあるな。
試しにヤシガニとタラバガニのむき身を海鳥に投げてやる。空中で上手くキャッチして食べた。もっとくれと鳥達がどんどん集まって来る。可愛いけど怖い物知らず過ぎてちょっと怖いよ。
鳥は平気そうだな。毒はない? 毒に耐性がある海鳥ってことも考えられるか。
モルモットやマウスが欲しいかも。まあ、疑い始めたらきりがない。
浜辺の石を集めて、おならの業火で焼く。石焼き蟹を試してみよう。
高熱になった石の上に、解体した二匹を並べて加熱する。タラバガニはカニ味噌が美味しくないのが欠点だけど、無理に胴体を食べることもない。これだけ大きければ脚一本でお腹いっぱいになりそうだ。残った分は鳥達にあげてしまおう。
火が通ると甲羅は綺麗に赤くなり、ジュウジュウと沸騰した体液が噴き出して来る。匂いはいい。普通に蟹っぽい匂いだ。超美味しそうだよ!
良く焼けたタラバガニの足を一本、木の枝で作った箸で、貝殻の皿に乗せる。おならカッターで殻を切断すると、ブリブリの身が現れた。
大丈夫だと思う。完璧にタラバガニだ。それも特上のお高い奴だ。
おそるおそる、少しだけ齧ってみる。おお、濃厚なカニ味! 日本で食べたタラバガニより甘みが強いしプリプリ感が凄い!
味わっているうちに、呑み込んでしまった。特に体に異常はない。僕は賭けに勝ったのか?
愚かな行為かもしれない。でも、魔王との戦いに命を懸けるより余程有意義な勝負だったと思う。
久しぶりのカニ肉を貪るように食べる。うーん、生きてて良かったと思える味だ。
カニ味噌は地球のタラバガニよりは美味しい。食べられないこともない味だ。でも、リスクを冒してまで食べる値打ちはないかな。味見だけに留めておこう。
すでにお腹がいっぱいになってきた。ヤシガニはもういいやという気がしなくもないけれど、命を奪ったからには味見くらいはしなきゃね。
タラバもどきに比べると殻が分厚い分、肉が少ない。なんかボソボソする、焼き過ぎたかもしれない。カニツメの中の肉みたいな感じだ。カニ味噌も微妙かな。
ヤシガニもどちらかと言えば美味しい食材だけれど、タラバモドキが手に入るならあえて食べる必要はないかな。
そもそも人間の胃袋には受け入れキャパシティというものがある。もう食べられないよ。
大半が余ってしまったカニ肉を前に考える。ヤシガニは鳥達に分け与えるとして、タラバモドキの脚肉はもったいないな。ドライアイスで凍らせて持ち帰れないだろうか? むき身にしてしまえば何の肉かわかるまい。
いっそ、脚をもぎ取って四本足ってことにして誤魔化せないものだろうか。そもそもなんで四つ足しか食べちゃ駄目なんだろうね?