そしてスキヤキへ
今度の牛肉は島でも大人気だった。
途中で久保が我慢できなくなって焼くのを手伝ってくれたので、さらに美味しくなったよ。
家ステーキがレストランクオリティにグレードアップした感じ。同じ材料で同じ道具を使ってどうしてここまで違う? 剣の腕でも演奏とかでも、まあそんなもんだよね。
皆よく食べるので、牛一頭問題なく消費できそうだ。アイナ村に二割ほど置いて来たけれど。村中お祭り騒ぎして、一晩で食べ尽くしてしまうそうだ。浪費に思えるけれど、腐らせてしまうより余程いい。
「ようやくまともな牛肉が食べられるようになったわね」
その通りなんだけれど、どうして竹井はいつも偉そうなんだろう?
まさかとは思うけれど、無自覚とか?
「これで念願のスキヤキが食べられるんだ」
「あれ? スキヤキなら何度か食べたよね。美味しくなかったけど」
「いや、竹ちゃん。美味しくなかったは言い過ぎでしょ。お砂糖も醤油もネギもハクサイもなかったのよ。羊肉のスキヤキっぽい何かは、なかなかユニークな味だったと思うな」
「羊なら素直にジンギスカンでいいじゃない」
「まあまあ。皆のたゆまぬ努力によって、ハクサイ以外はほぼ揃った。そこはまあ、小松菜っぽい野草で代用してみよう」
「醤油が魚醤だけどね。慣れたからいいけど、本物のスキヤキにはならないわ」
「あの、私に料理させてください。今ある材料だけで、どれだけ日本の味を再現できるか試してみたいんです。スキヤキ大好きなので」
おお、いい感じに久保が復活しつつある。好きこそものの上手なれ。嫌よ嫌よも好きのうち。
明日のお昼はスキヤキで決定だね。楽しみだ。
僕だけじゃない。皆がワクテカしている。明日の食事を待ち遠しく思えるのは、とても幸せなことじゃなかろうか?
新しい朝が来た。今日はスキヤキの日だ。だからといって朝食を抜いたりしない。お腹が減ると力が出ないからね。午前中の仕事に差し障る。
「えー、毎日が夏休みじゃない。異世界サイコー」
ああ、竹井としてはそういう認識だったね。いつも楽しそうに働いているもんね。
アイナ村から新鮮な卵を持ち帰ると、丁度ランチタイムだった。
危ない危ない、危うく祭りに遅れるところだった。
「それでは始めます」
久保さんは鉄板に砂糖を撒いて、薄切りの肉を焼いていく。
「これは関西風のすき焼きだね。ワリシタを使わない」
秋山さんがマニアックなことを言う。え、そうなの?
最初こそスキヤキっぽくなかったけれど、砂糖まぶしで焼いた肉は美味しかった。
そのうち野菜から水分が出て、ほぼ見慣れたスキヤキになった。
ちょっと違う気もするけれど、異世界だからなのか関西風だからなのか良くわからない。美味しいからいいや。
「スキヤキって肉で砂糖を味わう料理だったんだねえ」
「ワリシタと違って、牛脂で直接焦がされた砂糖が、なんとも香ばしい」
「野菜も美味しい。秋山さんのお手柄ですね」
「異世界野菜はセーラちゃんにいろいろ教えてもらいましたからね」
こんな時、普通なら肉ばっかり食べてないで野菜も食えって言うのがお約束なんだけれど。
肉は食べきれない程用意されている。むしろ野菜の方が貴重だ。そして肉の旨味をたっぷり吸い込んだ野菜が超美味い。
必然的に野菜の奪い合いになる。それを見てにやけている秋山さん。
やりがいだとか、言葉で言うのは簡単だ。だけど実際には……秋山さん、凄く幸せそうだ。人生に一片の悔いなしって顔だよ。
「スキヤキどーん! あれ? これってほぼ牛丼?」
ああっ! 竹井がまたお行儀の悪いことを。
「おいしーっ! なんか凄く上品なお味。セレブ牛丼? セレブ丼?」
竹井があまり美味そうに食べるので、たまらず皆真似し始める。
溶き卵ごとぶっかけると、卵かけご飯の効果も発動して、背徳的な美味さになる。
「これ、ヤバくない? 日本のスキヤキ超えてない?」
「少なくとも我が家のすき焼きは超えているね。久保さん、あなたは料理の天才だ。この世界で生きていくための勇気と希望が、このセレブ牛丼には詰まっている」
「あー、あたし! あたし! それ考えたのあたしだから」
「これをクラスの連中に食べさせたら、一発で仲間にできるわよ。もちろんデザートにプリンもつける」
スキヤキにプリンはどうかと思うけど、対案も特にないので黙っておく。
それにしても、カレーを超える悩殺系アイテムが爆誕してしまったよ。いや、久保が本気でカレーを作ったらどうなるんだろう?
勇者だってこんなの食べたら、権力とか名誉なんてどうでも良くなるんじゃないだろうか?
少なくとも僕は、このセレブ丼が二度と食べられないとかそういうのは耐えられないよ。
あれ? 誰も久保に逆らえない状況? 久保、恐ろしい子。