ビフテキ狂騒曲
「えー、牛の肉? 四つ足だけど美味しくないよね」
クッコロトリオの一番姦しい女の子、エリザが口を尖らしてそう言った。
「確かに牛は貧民の食べ物とされていますが、師匠が召し上がるのに我らが食べぬ訳には……」
融通の利かないお姉さん、パリータだっけ? 嫌なら食べなくていいよ、貴重な牛肉なんだから。
「牛肉は羊肉より数段劣るとされている。一番上等なのが亀肉、特に海亀の肉だ。だが、師匠の料理に不味いものがあったか?」
リーダー格のカッシャは、本当に騎士の家系らしい。命より名誉を重んじるからクッコロさんなんだけれど、最近は命も惜しむようになってきた。生きがいを見つけたんなら、それもいいんじゃないの?
「穀物を与えて子牛を太らせるなんて、贅沢な話だよ」
アイナ婆さんは、肉を食べるためだけに牛を飼育することに否定的だった。さんざん頼んで、アイナ村での肉牛飼育をなんとか引き受けてもらったけれど、雌牛は駄目だった。グルメ漫画だと牝牛の方が美味しいのになあ。
「美味しいビフテキが食べたかった。ただそれだけなんだ」
「軍馬に穀物を与えて太らせるのは、騎士ならばやっていることです」
「それもどうかと思うがね。お貴族様の考えることはわからないねえ」
「僕の故郷ではそうやって食べるってだけですから。試食しないんでしたら、肉は全部持って帰りますよ」
牛一頭。冷凍庫はあるけれど、さすがにちょっと多い。布教のために試食してもらうのも悪くないと思ったんだけどな。
「はいはい、あたしは試食します」
「私も、どのような味か興味があります」
「師の教えを知るいい機会。逃す訳にはまいりませぬ」
「もちろん食べるよ。食べない訳があるもんかい」
結局、なんだかんだ言っても食べたいんじゃないか。
早速、分厚い鉄板を取り出す。シンプルに塩とコショウだけで焼くよ。
コショウは早目に振っておいても特に問題ない。塩のタイミングは人によっていろんな意見があるけれど、肉汁が出なきゃいいよね。岩塩だとあまり溶けないからまた違うし。
実は一番大事なのは鉄板じゃないかと思う。かなり適当に焼いても、そこそこ美味しくなってしまう。
まあ、プロが焼いたら別次元の美味さになっちゃうんだろうけど。久保に期待だ。
「物凄く高価な香辛料が使われている気がするのですが」
「気にしない気にしない」
「ただ焼いているだけなのに、なんか凄く美味しそうなんですけど」
「なんてこったい。脂の匂いが全然違うねえ」
鉄板が厚いので、表面を焼いたらあとは余熱で勝手にいい感じになる。
アイナ婆さんがいそいそと用意してくれた皿に、分厚いステーキだけを盛りつける。見た目はちょっと寂しいけど、試食だし。
さあ食べよう。
「何これ美味しい! 凄く美味しい」
「牛じゃないみたい、です」
「この芳醇な味わい。海亀の肉にも似ている」
「驚いたねえ。確かにこれは……凄く柔らかい。牝牛の肉だともっと美味しいのかい?」
アイナ村の人達は牛を飼っているのに、死んだ牛しか食べてなかったんだろうな。
牛は貴重な労働力だから、ある意味仕方ないとも言える。
穀物で牛を育てるのも、食糧事情に余裕がなければできないことだし。
試食だというのに、かなりのボリュームを用意した。ペロリと平らげて物欲しそうにしている三人は、やっぱり騎士って体育会系だよね。
アイナ婆さんもちょっと怖い。牝牛を育てるんだとかブツブツ言い始めた。
そりゃあ、美味しい肉は食べたいけど、この世界の食文化を壊したい訳じゃないのになあ。
次はスキヤキだな。