引っ越しソバに願いを込めて
「そうめんが美味しいと君が言ったから、今日もそうめん、明日もそうめん」
「花ちゃん凄い。詩人みたい」
そうめんじゃないんだけどな。引っ越しソバだ。魔力制御の訓練を兼ねて、細切りにチャレンジしたら、そうめんみたいになっただけだ。その証拠に断面は四角い。そうめんの断面は引き延ばして作るから円形なんだ。
「異世界のソバ粉は白くて、ソバの花はピンク色なんだ」
「何それ訳わかんない。そうめん飽きたし」
「だから引っ越しソバなんだって。仕方ないじゃないか、毎日引っ越しなんだから」
干物チームだけ新築というわけにもいかず、秋山さん、赤松、羽山にも一戸建てを建てた。一日一軒ずつだ。
大人しそうに見える羽山が、やたらと注文が多くて、ちょっと時間がかかってしまった。
赤松も風通しとか収納スペースとか結構うるさかった。秋山さんは、特にこだわりはないみたいだった。
建物に個性が出て来ると、本物の村っぽくなってきたよ。
建てたのは全部僕だから、ある程度の統一感はあるし。
日本でもヨーロッパでも異世界風でもない、まあ、なんというか、田舎風の村だね。
「冷や麦も最初は美味かったけど、こう毎日続くと飽きて来るなあ」
秋山さんまで文句を言ってるよ。だからソバなんだって。ソバ粉百パーセントなんだって。異世界ではソバと麦では価値が十倍以上違う。なんとソバの方がずっと安いんだよ。
確かにソバの方が育てるのは簡単だ。ソバはまだ葉っぱが数枚しかないうちから花をつけ始めて、成長しながらダラダラと実っていく。だから飢饉の時なんかでも、まったく収穫できないなんてことにはなり難いんだろう。
ソバより麦の方が美味しいとされているようだけれど、そんなのは調理法によるだろう。盛ソバ美味しいじゃないか。
確かに何日も続くと飽きるけれど、そんなのはカレーだってプリンだって皆同じだよ。
「まあまあ、こういうのは縁起物なんだし。飽きる程食べたって、いい思い出になるわよ」
「そんな思い出いらないし。あたしは自由に好きなものが食べたい!」
「確かに、皆の料理をまとめて作っちゃうから、給食みたいではあるわよね」
「献立を決める権利を持つ者、それが権力者。自由を求めて、立てよ国民!」
「そういえば、日替わり定食は安くて美味いけど、たまに反逆心が疼いて他のメニューを注文したくなったものだなあ」
秋山さん、小さいよ! 社会人ってそんなに大変だったの?
「それじゃあ、こうしましょう。今後は各家庭で、好きに料理して食べるってことで」
花村が提案する。確かに、それが普通かもしれない。
「反対! 反対です。干物チームは梅木さんがいるからいいかもだけど、料理できないあたしが困るじゃない」
そう、吉田は人並外れて鋭敏な味覚を持っているのに、料理がからっきしだ。
「私は、給食好きです」
「今のままでいいじゃない。不満があれば改善していけばいいのよ」
現状維持派もいるんだね。
難しい問題だよ。最初の頃に貨幣経済を導入しようとしたけれど、結局上手くいかなかった。この人数でそれをやっちゃうと、持つ者と持たざる者の格差が大変なことになってしまうんだよね。経済を回すのは素人には無理だと思った。
「十人もいないんだから、家族みたいなものじゃない。自炊したい人だけが自炊すればいいのよ。でも、食材集めも自分でするのよ。ミー君にこれ以上負担を増やさないで」
吉田がいいことを言ってくれる。少しジーンときたよ。まあ、本音は自分が料理したくないからだろうけど。
「流通の問題があったな。離島である以上、避けては通れない。防衛面ではメリットも大きいのだが」
「農作物と、水産物は自給自足が可能でしょう?」
「あー、無理です。新鮮なミルクと鶏卵、お肉は欠かせません。砂糖やお茶もね」
「砂糖は年内にもなんとかなりそうだが、茶の木は数年かかりそうだ。家畜は明らかに人手が足りない。鶏の導入は至急始めたいのだけれど」
「そういうのも全部ミー君頼りだよね?」
「タマゴンも飛べるけど、ミー君に比べると遅すぎじゃん?」
「ミー君が便利過ぎるから悪い……いい意味で」
おいおい、つけ足して胡麻化しただろ?
確かに、スピードだけには自信があるんだ。極超音速だもんね。これ以上は宇宙に飛び出してしまうと言う悩みを抱えているけど。
僕がこの世界で一番早い! と言いたいところだけど、瞬間移動ってやつが存在するんだよなあ。さすがに勝てないよ。
「結論としては、今夜はカレー大会ってことでいいかしら?」
「異議なし!」
「カレー&プリン大会よ! プリンはカレーに合うから」
「異議なし!!」
「いちごヨーグルトの方がカレーに合うと思います」
「異議なし!」
「異議あるわよ! いちごヨーグルトってプルプルじゃないわ、あんなのはデロデロって言うのよ!」
「なら、いちごレアチーズケーキで」
「異議なし! チーズはカレーに合うから」
「なんでそんなにイチゴに拘るのよ? イチゴ好きなだけじゃないの? ならストロベリープリンよ!!」
お、新作だ。イチゴとプリンの合体技は、ありそうでなかったよな。
吉田が口から出まかせで言ったストロベリープリンの開発は難航を極め、夕食には間に合わないかと思われたのだが、見かねた久保がついに参戦。完成したそれは、まさにグラスに入ったイチゴショートだった。
ピンク色のプリンを、通常のプリンが挟む三層構造で、カラメルにも焼いたイチゴが練り込まれている。そして、天辺にはクリームの台座に乗った一粒のイチゴが。
見た目だけでも天元突破しているというのに、その味ときたらもう!
予想に反して甘さ控えめのプリン、カラメルソースで口内調味するわけだが、焼いたイチゴがこんなに美味しいとは、いい意味で予想外でした。
あまりの美味さに、秋山さんなんかは自作の酒で酒盛りを始める始末。女子の視線は好意的なものではなかったと言っておこう。
まあ、秋山さんには酒造りの才能は無さそうだ。そっちに関しては吉田の方が適した魔法を持っているらしい。久保はどうなんだろうな?
なんか、酒造の専門職も一人いたらしいけど、久保と同時期にどこかに連れて行かれてそれっきりらしい。
その話を聞いた時の秋山さんの顔が、ちょっと怖かったよ。