お手軽マイホーム
「新築に住みたいー。ツーバイフォーよ、ヨンエルディーケーよ、ディーアイワイよ」
「竹ちゃん、絶対意味わかってないでしょ。でも、お姉さんも新築に住みたいな。白アリにボロボロにされちゃったので」
「虫小屋よりボロッちいのはへこむわよね。お願いミー君。私達三人まとめてでいいから、マイホームが欲しいのよ」
竹井一人だと、わがままで片づけるところだけれど、白アリが発生したのも事実。結界があっても、地下からトンネルを掘って侵入してくるので、油断のならない相手だ。
白アリは羽山が森に返したけどね。廃材を土にするのに役に立つ。個人にとっては害虫だけど、世界のためには益虫ともいえる。その処理能力は驚異的で、まさに数は力。そりゃあ家なんかすぐボロボロだよ。
別に倒壊する程の被害でもないけれど、竹井達の住んでいる家は僕が最初の頃に建てた奴で、技術的にまだまだ未熟。最近建てた虫小屋や機織り小屋に比べると、格段に見劣りがする。
吉田や久保にはお洒落な一戸建てを建ててあげてるので、不公平感はあるよね。
「よし、ちょっと気合い入れて建てますか。材料も揃ってるし」
この世界の建物を参考に何軒か建ててみて、僕なりの工法ができつつある。
まず、材料は石材、木材、銅板だ。
この島にはいい石切り場があるので、石材には不自由しない。といっても、それほど量は使わない。柱を立てる基礎に据えるだけだ。地面から数十センチ持ち上げておくだけで、白アリの侵入もかなり防げる。
木材に関しては、良さげな流木を見つけたら持ち帰ることにしている。嵐の後なんかには、河口付近で大量に見つかる。中には水に沈むような重い流木もある。まあ、適当に気に入ったのを拾い集める。インベントリの容量が増えたからこそできる力技だ。
乾かしている間に割れたり、虫が入ったりもするので、おならカッターでどんどん製材して、廃材は森に捨てている。
狂いの少ない良材なんかは、多分結構高価な筈だ。特にいい材木は大型船の竜骨に使われるらしいからね。この世界の海軍にとっては戦略物資?
別に船を作る予定はないから惜しげもなく使うけど。
基本的に釘は使わず、ホゾを切って木組みするわけだけど、おならカッターでは貫通した切断面しか作れない。いや、作れないこともないんだけれど、物凄く集中力が必要なのでやりたくない。
だから基本、コの字に溝を切って組み合わせることになる。パズルみたいで面白いけど。
フレームが完成したら、ひたすら床と壁と天井を張っていく。
床は床板を並べるだけ。最初の頃は丸い穴を貫通させて、丸棒を打ち込んで固定していたけれど、別にそこまでしなくて良さそうだった。固定しない方が、床下に物を収納できて便利だし。
壁は薄い羽目板を釘で柱に打ち付けていくだけ。溶かしたコールタールで糊付けするのが簡単なんだけど、臭いと不評なので。木工ボンドがあればいいのに。ご飯粒でもくっつくけど、強度的にちょっと心配。
最後に買ってきた薄い銅板を、天井に釘で打ち付けていく。雨漏りしないように、釘の穴の部分はズラしながら重ねていき、仕上げに不安な部分だけコールタールで接着して完成。
お寺とかの銅ぶき屋根に比べれば素人施工もいいとこだけど、バナナやヤシの葉に比べれば格段に文明感があるよ。
「おおっ! お洒落じゃん。ミー君センスあるかも」
「ペンションっぽい? できれば窓ガラス欲しいなあ」
「魚の浮袋で作れないかしら? 窓枠だけお願いね、ミー君」
お願いされると断れないのが男の辛いところ。ま、窓枠なんて一瞬だけどね。
ドアもふすまも雨戸も、溝のギミックは全て共通規格だ。後から扉だけハメ込めばいい和風システムだ。
欠点は施錠に向かないことだけど、この島では必要ない。僕や赤松やコロがその気になれば、家どころか要塞の壁だってイチコロだし。鍵って無意味だねえ。
「やっぱ普通の魚じゃ無理よねえ。ミー君、赤松さん、尾頭付き採ってきてくださいな」
梅木さんの人使いが荒い。一刻も早く家を完成させたいのはわかるけれど。
「何匹いるの?」
赤松がやる気だ。僕は食えない魚に興味はないんだけれど。
赤松と二人で沖に向かう。尾頭付きは体長数メートルの深海魚だけれど、頭だけ見たら十メートルはありそうな魚だと思うだろう。ぶっちゃけ、頭と尻尾しかない魚だ。キンメダイの頭に、直接尻尾をつければ尾頭付きになるだろう。尾頭だけって名前にすべきじゃないか? 名前つけたの誰だよ?
結界を使ったトローリングは、フィルタリングでターゲットのみを濾し採るから、環境に優しい漁だ。
グロテスクな尾頭付きなら絶滅しても構わないし。いや、それはエゴだね。
骨も鱗も工芸品の材料として珍重されているから、いずれ乱獲されて本当に絶滅してしまうかもしれない。とりあえず十匹採るけどね。
干物トリオが嬉々として尾頭付きを解体していく。
レコードのような大きさの透き通った鱗は、鼈甲のような硬さと弾力があり、光の入り方でオパールのように七色に輝く。
「こりゃあヤバいよ、尾頭付きは遠からず絶滅するねえ」
僕のつぶやきに、梅木さんの手が止まる。
「そんなに希少種なの? 尾頭付きって?」
「わからない。そもそも生息数すら不明だし。でも、こんなに綺麗な骨や鱗、みんな欲しがるよ」
「そうね、でもせっかく殺しちゃったんだし、有難く使わせてもらいましょう」
大きな浮袋は丈夫なゴム膜のようで、引き延ばせばどんどん伸びる。それを窓枠に貼って釘で打ち付ければ完成だ。乾燥すればアクリル板みたいになるだろう。
尾頭付きの肉は勝手に溶けて流れ落ちていく。油の一種だと思うので、一応回収して保存しておくことにする。食べるとお尻から油が止まらなくなるのは経験済みだ。女子達の間ではその話はタブーになっている。
まあ、皆で食べていて良かったというのはあるね。食べたのが僕一人だったら、おなら男以上の十字架を背負っていたところだ。
次回から尾頭付きは使えないということで、窓ガラスの生産を試みる。砂を高熱で溶かせば、一応ガラス状にはなるんだけれど、砂によるとしか言えない。
まず透明にはならないし、おまけに脆い。
窓ガラスの代用としては、もう絹を張るだけでいいと思うな。透けて見えるし、通気性もあるし、おまけに軽い。障子紙の上位互換ってことで。
ない物ねだりをするよりも、ご当地文化ってことで自慢しちゃえばいいんじゃないかな? 多分、文化ってそういう成り行きで、できていくものだと思う。