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住めば都

「わたしのー 眠りをー さまたげるのはー 誰だー しの翼ー 触れるべきー フン フフフン」

 

 セーラちゃんが朝からご機嫌で歌っている。歌詞が怖いよ。

 

「誰だよ変な歌を教えたのは!」

 

「私の歌、変ですか?」

 

「違う! セーラちゃんの歌は可愛いの!」

 

 歌声が愛らしいだけに、凄くホラーな感じがするんだよ。

 

「あー、その歌、作詞作曲あたし。いや、作詞は古代エジプトのファラオだった」

 

 犯人は吉田かー! 前にも似たようなことがあった気がする。デジャブ? 二度寝は人類普遍の夢なのかもしれない。

 

「勝手に歌ってごめんなさい」

 

「セーラちゃんだったらいいのよー、可愛いから。朝起きたくない気持ちを素直に歌い上げてみました」

 

 やっぱり吉田は筋金入りの怠け者だなあ。

 

「それで君達は朝からまた虫小屋? 吉田は珍しいな」

 

「頼まれたら嫌とは言えないからね。あたしって損な性格だわ」

 

 

 虫小屋の中は綺麗に整頓されていた。僕の部屋より片付いているかもしれない。

 ハーブっぽい匂いがするのは、糸虫の餌の葉っぱのせいだろう。

 

 中央の作業テーブルに羽山が座って、物凄く真剣な顔でザルに入れられた糸虫達を睨んでいる。

 

「何やってるの……」

 

「しっ、静かに。気が散ります」

 

 セーラちゃんに叱られた。吉田まで静かに黙っている。一体何の作業をしてるんだ? 鑑定?

 羽山は虫使いだから、虫専用の鑑定魔法みたいのが使えてもおかしくないだろう。

 

 筆で糸虫をすくいとり、小皿に移していく。

 秋山さんと久保が、手慣れた感じで助手をつとめている。あ、セーラちゃんも加わった。

 

 どうやら糸虫の選別をしているようだ。能力値の高い糸虫を選んで品種改良? やってることは勇者召喚した賢王と変わらなくない? ハズレジョブを引いて追放された僕としては、複雑な気分だよ。

 

「ふう、今日の分はこれだけです」

 

 何千匹もの糸虫の中から、選ばれたのはたった数匹だった。これ全部鑑定したのかな? 羽山のレベル結構上がってない?

 

 選ばれなかった糸虫達は、秋山さんがスノコごと縁側に並べていく。

 吉田がピヨピヨと口笛を吹くと、近くの林から小鳥達が集まって来た。シジュウカラみたいな鳥で、チークが白くて可愛らしい。

 そして、夢中になって糸虫を食べ始める。うわー、なんというか、うわー。

 

「はい、あたしのお仕事終わりです。二度寝しなきゃ」

 

 吉田はふらふらと自分の家に帰っていく。え? 小鳥を呼ぶ係だったの?

 

「やっぱり、鶏を飼うのがいいかもしれませんね」

 

 いや、セーラちゃん。目的がちょっと怖いんですけど。ハズレ糸虫の処分用?

 

「糸虫って美味しいのは糸を吐き終わって蛹になる前なんですよね。こういう小さいのはちょとモシャモシャするの」

 

「鶏の二羽くらいなら、大して手間もかかるまい。庭には二羽鶏がいる。なんちゃって、フハハハ」

 

 秋山さん……オヤジの宿命なのか? 僕はこうはなりたくないものだな。

 

 

 やはり羽山の虫鑑定の魔法のようだ。秋山さんが品種改良とか言い出して、選別してみたら効果があったみたいだね。

 

 秋山さんは、卵から蛾になるまでのサイクルを短縮したいらしい。目標は七日だそうだ。今でさえ二十日前後で相当早いのに無茶するなあ。

 

「諦めたらそこで試合終了だよ。すでに最短十四日の記録が出ている」

 

 二週間か、確かに凄いけど、何が秋山さんをこうも駆り立てているのか? 最近新しい作物を持って帰らなかったからなあ。退屈してたのかな?

 

 久保は良質な絹糸が採れる品種を目指しているらしい。普通に正当進化だね。

 

 セーラちゃんは美味しさを、羽山は大きさを目指しているんだそうだ。

 普通なら何十年もかかりそうなプロジェクトだけど、鑑定魔法があれば数世代で結果が出るのか。実際に羽山の育てている糸虫は凄く大きい。もっと上を目指すの? 怖いよ。

 

「ミー君はどんなのがいいの?」

 

 うーん? 強い奴? 痺れる粉を撒いたり、糸を吐いて敵を拘束したり? 戦闘力を上げるのは怖いな。

 

「えーと、タフな奴がいいね。丈夫で病気にならなくて、簡単に飼えるのがいいと思う」

 

「いいね、そういうのも。今度からいい子がいたら拾い上げるわ」

 

 いや、僕は糸虫の世話はしないけどね。

 でも、世話は基本は秋山さんが一人でやっているらしい。一日三度、畑から運んで来た雑草なんかを与えて、畑に糞を持ち帰る。見ていると、なんか乾草みたいのを食べさせている。水分をギリギリ絞った方が成長が早いらしい。

 

 羽山は羽化した蛾を交配させて、紙に卵を産ませ、それを棚に整理している。本当かどうか知らないけれど、卵は二年は生きているとアイナ婆さんは言っていた。

 ああ、卵が百年とか生き続ける品種とかも面白いかもね。思っただけだけど。

 計画的に孵化させることができるのは便利だね。生命の尊厳とか気になるけど、地球のカイコとかだって卵は商品で、冷蔵庫で保存されている。ブラインシュリンプの卵なんてインスタントラーメンみたいな扱いだし。まあ、虫ってことで。魂も五分くらいって言うしね。

 こうして見ると、羽山は完全に研究者だな。

 

 セーラちゃんと久保は、もっぱら機織り小屋で布を織っているようだ。

 いつの間にか機織り機が進化しているのは、久保が改造しているんだな。やたら刃物の扱いが上手いのは、料理人系のジョブだから? 確かに板さんって包丁一本で何でも作るイメージはあるね。キュウリで鳳凰とか作ったりするし。

 

 作業中もずっとお喋りしている。干物トリオもそんな感じだった。それで作業効率が落ちたりしないのが凄い。むしろ、長時間作業するには、気楽にやった方がいいのかもしれない。

 

 基本、セーラちゃんが喋って、久保は聞き役だ。

 何の話をしてるのかと思ったら、魔王が飼っている世界一美味しいカブトムシの話だった。なんか可愛いな、魔王。

 

 おっといけない、自分の仕事をしなくては。アイナ村に食材を仕入れにいかないと。

 別に毎日行かなくてもいいんだけれど、弟子達に課題を与えてやらないと。すぐにサボりたがる奴が約一名いるからなあ。

 

 なんだかんだで、この世界での暮らしにも慣れて来たよ。住めば都という言葉の意味が、わりと重く実感できてしまう今日この頃。

 恋しや父母、つつがなくお過ごしでしょうか? 勇者さえいなければ、こっちの世界でもなんとかやっていけそうです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界糸虫の専門家と化した羽山、最初の頃の虫嫌いは何処へ。選別と処分はミー君の心に効く…。 みんなイキイキしていて島の暮らしは上々。勇者、マジ要らない。 [一言] 養蚕は臭いとは聞きますが…
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