虫愛ずる女子
「なにこれキモーイ」
「カイコってこんなに大きいの? 異世界だから?」
「あー、糸虫ですね。貰って来たんですか?」
アイナ村から養蚕グッズ一式を持ち帰ったら、案の定、女子達は大騒ぎだ。虫使いの羽山もいるんだから、キモイ連呼は止めてあげて欲しい。
「この島で養蚕をやろうと言うのかね?」
「虫まで飼うなんて、手が回らないわよ」
大人二人は反対みたいだね。確かに、現実的には無理だと思う。島で鶏を飼うのも、手間がかかるから諦めたんだし。
でも、虫だからこそお試しで飼ってみるにはいいかもしれない。ぶっちゃけ、服を作ろうなんて大それたことは考えていない。ただ面白そうだったから貰ってきたんだ。ハンカチが一枚作れれば大成功だと思う。
「趣味というか、ペット枠かな? 虫から糸が採れるなんて面白いじゃないですか」
「それなら綿花でも栽培する方がいいのではないかね?」
「綿農家の人は、綿花を収穫した後の葉っぱで糸虫を育てるんですよ」
セーラちゃんが詳しい。虫博士みたいだ。
「カイコは桑の葉を食べるんじゃないのか?」
「この虫はどう見てもカイコじゃないわね。そもそもこいつって何の幼虫なの?」
「蝶々ですよ。繭を残しておくと、大きくて綺麗な蝶になります」
いや、セーラちゃん。コイツの成虫はA4サイズくらいある白い蛾だったよ。もしかして蛾と蝶を区別してないのかな?
「カイコでないことはわかった。まず綿の種を手に入れなければ、餌がないだろう」
「餌はあります。そもそも糸虫が食べない植物を探す方が大変ですから」
セーラちゃんが子供に教えるように秋山さんに説明する。なんか見てて面白い。ギャップ萌え?
皆の目の前で、セーラちゃんが糸虫に冷ご飯を与えると、躊躇することなくムシャムシャと食べてしまう。
「うわあ、虫がご飯食べてるよ」
「見慣れてくると可愛いかも」
女子達が思い思いにいろんなものを与え始める。まったく人間を怖がらず、与えられたものは迷わず食べようとする。確かに可愛いな。
結局、砂糖は食べたけど塩は食べなかった。魚の骨やカニの甲羅も硬くて無理だった。でも、魚の身は普通に食べる。雑食なのかな?
「あまり変なもの食べさせて病気にならないの? カイコは桑の葉に水がついてると死ぬって聞いたことがあるけど」
「そうですね。清潔にしておかなければいけないので、乾燥した環境で育てるのが良いですね。ザルに入れて飼うと、糞が下に落ちるので便利ですよ」
ああ、アイナ村でもスノコみたいなので飼ってたな。なんか作ってみよう。
最初嫌がってた秋山さんが、夢中でイモムシにイモの蔓とか食べさせている。収穫後は積み上げて堆肥にする部分だから、イモムシの糞が肥料になるなら無駄がない理屈だ。
セーラちゃんによると、糸虫の糞はそのまま畑にまいてもいいらしい。魔族の大陸では有史以前から飼育されていたらしいスーパー昆虫だ。昆虫だよね?
さて、木材を保管してある倉庫で、適当な材木を見繕う。あまり上等のは使いたくないけれど、すぐ壊れるようなのも困る。家を建てた時の端材なんかを揃えてカットしていく。
スノコ部分は竹ひごがいいよな。木枠を作って、竹ひごをどんどん差し込んでいけば、和風の鳥かごみたいのが作れる。
問題は竹ひご作りだ。おならカッターで削るより、繊維に沿って鉈でどんどん割っていく方がいいのができる。
竹ひご作りの作業って、どんな機械でやってるんだろう? そりゃあ、昔は手作りだったろうけれど。
「あの、手伝います」
「凄く助かるよ」
返事してから、久保だったことに気づいた。鉈なんて扱えるのかなと思っていたら、バシバシ凄いスピードで叩き割っていく。僕より遥かに手際がいい。
最後にシュッシュと鉈の刃で竹ひごを丸く仕上げてくれる。
「このくらいの太さでいいですか?」
「うん、丁度いい」
虫に使うのが勿体ないくらい綺麗な竹ひごだよ。おかげで思い通りの飼育容器ができた。
容器といっても、底が格子状の四角いトレイだ。カバーはない。どういうわけか、糸虫は逃げようとしないから、閉じ込めておく必要がないんだ。先祖代々飼育され続けて、人間が餌を持ってきてくれることを学習したのかもしれない。
「糸虫は逃げないんですけど、覆いがないとネズミとかに食べられちゃうかもしれません」
セーラちゃんのダメ出しが入る。
そういえば美味しいんだったな。プリンの味だもんな。
「大丈夫。あたしが結界で守る」
うん、赤松は便利だ。
結局、なんだかんだ言って、皆は糸虫に夢中になった。
餌は生ゴミでいいし、与えたら与えただけ食べるけど、絶食にも強い。餌を与えなくても十日くらい平気でじっと寝て耐える。凄く飼い易い。
糸虫自体は匂いもないので、受け皿に落ちる糞を回収すれば臭くならない。秋山さんが気に入って毎日畑に撒いているから、優秀な肥料なんだろう。
糸虫は十分育つと勝手に繭になる。繭は一方の端が出口になっていて、引っ張ると簡単に開く。ミノムシのミノみたいだ。繭から取り出してしまうと、蛹は乾いて死んでしまうけれど。
糸虫の蛹を干したものは、魔族の国に持って行けば売れるらしい。試しに蛹を糸虫に与えると食べてしまう。共食いだけど、蛹がまだ生きている間は食べないから、何らかのルールがあるのかもしれない。糸虫同士で共食いとかはないし。
そして、いつまでも繭のままで放置していると、一斉に蛾が羽化して来る。さすがに一部の女子は悲鳴をあげたが、喜んでいる子達もいた。
白いヤママユガのような立派な成虫だけれど、飛べない。羽ばたくけれど、全然パワーが足りないし、本人達も飛ぶ気はまったくない。
そして交尾して、その辺に卵を産みまくって、死んでしまう。
卵の寿命というか消費期限は二年ほどらしい。孵化させたい時に豚毛の歯ブラシみたいので優しくこすってやると、数日で幼虫が生まれてくる。
魔法みたいだけれど、どうやら魔法じゃない。単に刺激でスイッチが入る仕様みたいだ。
ある程度繭が溜まったところで糸に紡ぐのだけれど、これが大変だった。
「カイコの繭は一本の糸でできてるんだけど、コイツは違うみたいね」
梅木さん曰く、綿花や羊毛に近い紡ぎ方なんだそうだ。
眠り姫の御伽噺に出てくるような糸車で、ほぐした繭から糸にしていくのだけれど、これが難しい。
糸になることはなるんだけれど、太さが一定にならない。最初は毛糸みたいな太い糸ができてしまった。
毛糸は毛糸で使い道があるけどね。
細い糸が紡げるようになったのは、セーラちゃんと久保だけだった。
で、梅木さんは紡ぐのを放棄して、繭をフェルトにしてしまった。フェルトって、布みたいだけれど布じゃない。どちらかと言えば紙みたいなものらしい。不織布だもんね。
そうか、別に機織りしなくても良かったのか。クッションとかにするなら、むしろフェルトの方が性能がいいし。
そんなこんなで、養蚕プロジェクトは一応成功した。フェルトなんて、無ければ無いで困らないのだけれど、糸虫を飼育していればどんどん溜まっていくしね。
当初の物珍しさが無くなると、糸虫の世話をするのは、セーラちゃんと、秋山さんと、羽山と、久保くらいになった。この四人は、自分の寝室でも何匹か糸虫をペットとして飼っているくらいだ。
意外なのは久保だったけれど、仕事が見つかったみたいで良かった。
久保は機織りもできるようになって、コツコツ布をストックしている。機織り機のカスタマイズもしているみたいで、たまに木製パーツの制作を頼まれる。
やっぱあれだね。無駄だと思ってもいろいろやってみるもんだね。今度は綿の種でも仕入れてこようかな。