辺境伯ってなんかイイよね
水魔法の攻撃って、基本、氷とかを飛ばすらしい。
魔法の氷だから魔法の火でしか相殺できない? そういうの困るんだよね。おならファイアーは普通の火だもの。メタンガスを燃やしているだけだから仕方ない。
おなら魔法で氷の槍は再現できるだろうか? 基本扱えるのはガスだけだからなあ。ガス限定で凄くチートだけど
ん? ガス? そういや物理の教科書になんかあったなあ……
まず、おならエディットで二酸化炭素を作ります。これは簡単。
次に、高圧をかけます。おならカッターよりずっと高圧をかけていきます。どんどん容赦なく。はい、ドライアイスができました!
おならコントロールで作った仮想のガス管を銃身代わりにして、高圧のおならでドライアイスを発射すると……はい、それっぽくできました。
木の幹が吹き飛んだよ。ドライアイスのツララは粉々に砕け散り、周囲にもくもくとスモークが発生する。結構派手だな。
馬車から結構離れていたので、オーリィさんには見られていない筈。見つかったら大騒ぎされそうなので当分秘密にしよう。
鹵獲したのも含めて六台になった馬車隊。積み荷には戦利品やら首級やらが加わってもはやカオスだ。
襲撃のせいで領主の館への到着が遅れてしまうので、遅刻の言い訳のためにも魔法使いの首級は必要らしい。
死にかけている襲撃者達にトドメを刺すのに、デスサイズの効果を試してみようかという話もあったけれど、何が起きるか分からないのでやめておいた。
ダークナイト君の末路を見ていれば、さすがに下手な真似はできないでしょうよ。
領主の館は襲撃地点からそう遠くなかった。振り返ればまだあの小山が見えている。お膝元で白昼堂々とあんな暴挙を許すとは、ここの領主って舐められてないかな?
小高い丘の中腹にあるのがそれかあ。確かに館だ。お世辞にも城と呼ぶには無理がある。
麓には商店街のような村があった。館で消費する様々な物資を取り扱っているのだろう。
いろんな商人が集められているので、分捕って来た戦利品を現金化するのに丁度いいらしい。
取引を見ているだけでも、なんとなく金銭感覚がついてくる。やはり鉄は高価みたいだな。製鉄技術が発達していないのかもしれない。反射炉、高炉……いや、自重自重。
館から迎えの道化師みたいな人が来たので、オーリィさんと僕、それと鎌を入れた箱を持つ使用人さん達で登城する。城じゃないけど。
え? 首級は僕が持つの? やだなあ。綺麗にして柳樽みたいなのに入れてあるからグロくはないけど、頭が三つも入ってるから結構重い。そのリアルな重さが凄く嫌だ。
ここの異世界は敵は弱っちいのに、精神的にはヘルモードだよね。
領主の館は近くで見てもなんか地味? そこそこ大きいけど、堀もはね橋もないし。増築を重ねた残念なペンションって感じだ。
木造なので火事にも弱そうだし、砦としての機能は低そうだ。修羅の国なのに、こんなので大丈夫なのか心配になってくる。
「遅刻したことを謝罪しますわ。白昼堂々と賊に襲われましたの」
ホールに通されたオーリィさんは、開口一番謝罪を口にする。
でも、全然悪いと思ってないよね? なんとなく偉そうですらある。
「あー、うむ……」
偉い人っぽいのが五人と、衛兵っぽい人が二人。衛兵少なくない? オーリィさんがその気になれば皆殺しだよ? 護符とか魔法封じの結界とか用意してるんだろうか? だとしても僕の火炎放射で一掃できるね。先に手出しされない限り、そんな真似はしないけど。
もごもご言ってる偉い人達の前に、オーリィさんがいきなり首級を取り出して突きつける。
うわあ、ビジュアル的にキツイわ。僕は貧血で倒れそうだよ。
あ、ドサッと偉い人が一人倒れた。他の人達も血の気を失った顔をしている。良かった、僕だけじゃなかった。
衛兵の人まで吐きそうにしているのはどうかと思うけどね。
首級になった三人は高名な魔法使いだったみたいで、知ってる人がいた。殺人罪に問われるんじゃないかと心配だったけど、戦いで強い相手を討ち取れば名が上がるらしい。むしろ褒められる?
勝てば正義? 力こそ全て? 現代人にはちょっとわかりかねるルールだよ。やっぱり修羅の国だ。
「献上品について大事なお話があります。人払いしていただけて? 領主サマ」
オーリィさんは物怖じしないね。これじゃあどっちが偉い人かわからないよ。
デスサイズが封じられた木箱だけ残し、使用人さん達は退出していく。いいなあ、僕も一緒に帰りたかったよ。桶から生臭い血の匂いがムンムンする。せめて首級だけでもどこかに片づけて欲しいんだけど。
館の人達も偉い人達二人を残して出て行った。
やっぱり、一番豪華な衣装を着ている人が領主みたいだな。もう一人は老人だから、軍師とか参謀ポジションじゃなかろうか。
護衛の人達まで追い出してしまうとは、オーリィさんは随分信用があるんだな。
蘇生アイテムの件を聞くと、二人とも頭を抱えていた。本来なら眉唾物の話でも、教会の本気の襲撃を見れば、信じざるを得ないようだ。
でも大丈夫なんだろうか? 領主さんってなんか弱そうだよ? なんというか覇気がない。オーリィさんの視線にキョドってるくらいだ。
献上してから教会にあっさり奪われてしまうかも。まあ、知ったことじゃないけど。
「さっそく兵を集めよう。坊主どもが重鎮を三人も失った今が好機。奴らを根絶やしにしてくれる」
いや、凄く好戦的な人だった。え? なんで領主が教会を攻めるの? 比叡山焼き討ちみたいな感じかな?
「凄腕の騎士殿よ。私に仕えぬか? この辺境伯ゴルグ・ニョ・ゾンネルの下で存分に暴れるがよい」
「駄目よゴルグ。この子は私の弟子なの」
うわあ、辺境伯様を呼び捨てにしちゃったよ。
それにしても領主様って辺境伯だったのか。ラノベなんかで大人気のあの辺境伯だよ。本物を見るのは初めてだ。生辺境伯だ。感激だなあ。
無事献上も終わって帰るだけかと思ったら、食事にご招待されてしまった。
偉い人とお食事なんて超面倒くさいけど、オーリィさんが一緒ならなんとでもなりそうな安心感。ゴルグさんは絶対オーリィさんのこと怖がってるし。なんかペコペコしてるし。
さすがに食事は鎧を着たままじゃ駄目らしい。オーリィさんが道化師みたいな服を用意してくれていた。来る前からわかっていたんだな。謀ったね!
食堂の長いテーブルを見た時は感動した。ダビンチの最後の晩餐みたいだ。
若い女性を同伴しているから奥さんかと思ったら娘さんらしい。シーラ・ニュ・ゾンネルと名乗った。
惜しい! ゾンネルじゃなくゾンゼヌだったら、シラニュゾンゼヌ……知らぬ存ぜぬ……実に惜しい。
「騎士殿のお名前は?」
異世界の礼儀作法なんてわからないけれど、偉い人に先に名乗らせて失礼だったかな?
「三井寺治と申します。オサム・ミイデラ? 名前がオサムで姓がミイデラですね」
「ミーデラ? どういう意味ですの?」
意味って言われてもなあ。
「……三つの井戸があるお寺?」
「まあ、高貴なお家柄ですのね」
井戸が貴重なんだろうか? 貴重なんだろうな。
シーラさんは美人さんなんだろうけどね。召喚された城のお姫様よりは綺麗なんだけどね。
地球とはメイクのセンスが違うから、なんか違う感が半端ない。文化が違えば美的感覚もここまで違うのか。クラスメートの女子達も苦労してそうだね。
この世界はメシマズなので、出される料理には全く期待していなかったんだけれど、亀料理だけは美味かった。
ぶつ切りにした亀を適当に焼いた感じで、見た目は酷い。ドブ川のミドリガメにそっくりの見た目とサイズ感がグロい。
でも、おそるおそる口をつけてみると、味はかなり良かった。ジンジャーとガーリックの風味のせいか、生臭さも感じない。生姜だけでスープ仕立てにする方が絶対美味しいと思うけど。
皆さんが骨ごとボリボリ噛み砕いているのには驚いたけどね。顎も歯も丈夫なんだ。
手づかみで亀をボリボリとか、バーバリアンかよ。でも、リアル中世ヨーロッパってむしろこんなものかも。ワイルドだよね。
僕が綺麗に骨を取り除いていると感心されてしまった。釣りが趣味だったから小骨の多い魚を食べ慣れてるからね。沼ガメなんて所詮は甲羅が硬いスッポンじゃないか、骨取りの難易度は低い。
むしろ何をどうしたら骨ごと噛み砕こうと思えるのか? 文化が違い過ぎる。
食事が終わる頃、辺境伯が真剣な顔で話しかけて来た。
「ミーデラ氏はやはり風魔法使いなのかね?」
「はい、辺境伯様」
「私のことは伯爵と呼びたまえ!」
あれ? なんか不機嫌になった? なんでだよ?
「そんな失礼なこと。伯爵より辺境伯の方がずっと偉いじゃないですか」
「何故そう思うのだ?」
「そんなの常識ですよ。最前線で国の盾となるのですから、文武両道に優れていなければ務まりませんし」
あれ? 違ったかな?
「その通りだよ、その通り!」
なんか凄く喜んでいるみたいだぞ。
「あなた、人をおだてる才能もあったのね。ちょっと意外だわ」
館から出て、帰り道でオーリィさんにそんなことを言われた。
この世界の辺境伯は、田舎者の伯爵って扱いらしい。
外様大名みたいなものかな? 本当にこの国は大丈夫かなあ? 江戸幕府は外様の薩長に倒されたんだよね。