白馬に乗らない王子様
なんとなく成り行きで久保の救出が決まってしまった。
彼女のことを忘れていたことに、吉田は罪悪感があるみたいだ。そういうことを言われると、僕だって罪悪感はあるよ。人の心なんて言い方ひとつで180度コロっと動くものだ。
群集心理というか、同調圧力というか、雰囲気に呑まれてしまったのは確かだよ。可哀そうな久保を一刻も早く助けなければと、皆がそう思ったんだ。
僕と同行するのは、人探しの魔法が使える吉田と、結界が張れる赤松と決まった。
干物トリオが一緒ならバフが半端ないんだけれど、島の守りも必要だ。コロと竹井とタマゴンがいれば、勇者でも乗り込んでこない限り大丈夫だろう。
勇者が聖都にいることは、吉田が人探しの魔法で確認している。聖鎧のスピードだと、真っ直ぐ飛んでも島まで一昼夜はかかるからな。
スピードだけは僕が勇者を圧倒しているし。複葉機とICBMが競争するようなものだ。
三人で空飛ぶ絨毯に乗り、弾道飛行で賢王の城に向かう。一時の熱狂が覚めると、冷静な考えもできるようになる。本当に久保は救いを求めているんだろうか? 酷い目にあわされているんだろうか?
賢王の目的は、魔法で料理をさせることだろう。きっと凄く美味いんだ。
なら、料理人を丁重に扱うんじゃないか?
久保が今の状況に満足していたなら、無理やり攫うわけにはいかない。
その場合、僕がまだ生きていることが知られてしまうなあ。切り札の一つを失うことになる。
こっそり様子を見て、幸せそうならそっとしておこうか。うん、そうしよう。
聖女グループの連中はすでに聖都に連れて行かれたらしく、神の国の執政官達の宿舎と化した城はがらんとしていた。
落ちぶれた賢王が幽閉されているのは、中庭の塔の地下らしい。元々貴族専用の牢獄だった場所に、自分が閉じ込められてるんじゃなあ。賢王は今どんな気持ちだろう。
「警備の兵隊さんは十人もいないけれど、賢王の召使いとかが十人以上いるわね。まだ皆起きてそうよ」
「落ちぶれても贅沢な奴だな」
「人探しの魔法が無効化されているのは一部屋しかないわ。でも、そこに行くまでに人のいる部屋を通らなければいけない……」
へえ、そんなことまで分かるのか。吉田の魔法はやっぱり便利だ。
「邪魔な連中を結界に閉じ込める?」
「いや、僕の魔法で眠らせるよ」
地下室なんて、通気口からガスを流し込めばイチコロだ。朝までグッスリ眠ってもらおう。
「わー、本当に皆寝てるよ。睡眠状態ってゲームでやられると意外に怖いのよね。パーティーが全員寝ちゃったらゲームオーバーとかなかった?」
「麻痺とか石化じゃなかった? 寝てても攻撃されたら起きるし」
みんな意外にゲーマーだなあ。
寝てる連中がちゃんとくつろぎ体勢なのは、すでにウトウトしてる状態だった?
召使いって言ってもピンキリだけど、皆結構いい服を着てでっぷり太っている。落ちぶれても勝ち組かこいつら。
「この部屋よ。賭けてもいいわ」
いかにも怪しい分厚い扉。大きな錠前がぶら下がっている。
「切断する」
「待って。こんなの簡単だし」
赤松がガチャっと開けてしまう。
「こうすれば、鍵をかけ忘れたと思うんじゃない?」
思うかなあ? まあいいや。
部屋の中は厨房だった。煙突がそのまま通気口に繋がっている。致死性のおならにしなくって良かった。
「久保さんっ! 起きてっ」
揺すったくらいじゃ起きないよ。
久保は厨房の隅でむしろに包まって寝ていた。粗末な服。顔は痣だらけだ。
「絵にかいたようなシンデレラね」
「冗談言ってる場合じゃないわよ! 賢王の奴、ちょっと殺して来る」
吉田が意外に熱い。
おかげで僕は冷静になれた。
「いや、ここは赤松の策でいこう。鍵をかけ忘れた馬鹿がいて、その隙をついて久保が自力で逃げ出したってことで」
「なら、あたしが久保さん役をするわ」
何をするかと思えば、吉田が久保の上着を引っ掻けて逃げ出した。
僕達は空を飛んで上空から追いかける。
城門を通過したところで、さすがに衛兵に見とがめられたけれど、無視して街の方に猛ダッシュ。見事なスパートで衛兵を振り切ってしまう。
これで賢王の召使が一人逃げ出したことになるかな?
いろいろ調べられて、勇者に久保が生きてたことがバレたりしないだろうか?
策士、策に溺れる?
赤松の結界で吉田を釣り上げて、上空から成り行きを窺う。
「あー、スリルあったあ! なんかスカッとしたあ」
吉田は寝てばかりのイメージがあるけど、一般兵相手だとなかなかやるなあ。
ああ、衛兵が賢王の所に確認に向かうみたいだ。皆が起きないと怪しまれるな。仕方ない、気付けのおならを通気口から流し込む。
なんかいろいろ無理あるんじゃないかな? 嘘に嘘を重ねて……とはちょっと違うけれど、行き当たりばったりにも程がある。
「案ずるより産むが易しよ。ドンマイ」
「あのなあ……」
まあ、どうでもいいや。どうせこの城にも二度と関わることはないだろうし。島に戻るとするか。
「わあ綺麗! 空には満天の星。この絶景を久保さんにも見せてあげたいな」
吉田にしては乙女チックなことを言う。でもそうだな。久保の意志も確認しないと。気付けのおならをサッと一吹き。ああ、密閉空間で使うもんじゃないな。急いで浄化だ。
「だれ? 三井寺君? 私も死んじゃったんだあ」
いや、何故そうなる?
「久保が酷い目にあってるって聞いて、助け出したんだ。遅くなってごめん」
急に久保がモジモジし始める。
「なんか服出してあげなさいよ。デリカシーがないんだから」
ああ、服ね。ボロボロで恥ずかしいのね。とりあえず外套か、上に羽織るのでいいだろう。
毛布でもいいかな? ああ、前に買ったマントがあったよ。
マントでくるんでやると、ミノムシみたいに引き籠ってしまった。シャイなんだな。
「久保さえ良ければ、僕達と一緒に暮らさないか?」
「もう料理しなくていい? 料理は嫌なの」
なんかトラウマになってるみたいだな。
「やりたいことだけやればいいよ。吉田なんてほぼ一日中ゴロゴロ寝てるしね」
「あのねえ。まあ、事実だけど。無理のない範囲で、みんなの役に立ってるわよ」
そういえば、あの竹井でさえいろいろ役に立ってるよなあ。本人はサボっているつもりかもしれないけれど。
いろんな仕事がいくらでもあるんだ。むしろサボる方が難しいくらいだ。
「私にできること。わからないけど、頑張るから。捨てないで……」
大人し過ぎる女の子は苦手だ。どうしたらいいのかわからないよ。
なのでプリンを出して、みんなで食べた。
星空を見ながらこの星を何周もしてしまったけれど、誰もそのことには気づいていなかった。久保に至っては、空を飛んでいることにすら気づいていなかった。