勇者の憂鬱
「僕はねえ、正直退屈してるんだよ。力でも頭脳でも、ライバルになりそうな奴は一人もいない。優秀過ぎる故の悲劇だよ。そう思わないか?」
勇者須田に呼び出され、はるばる聖都に来てみれば、開口一番そんなことを言われた。
よくもまあ、真顔でそんな言葉を口にできるものだ。力はともかく、頭脳は自分の足元にも及ばないなと聖女鈴木は思う。
もちろん、そんなことはおくびにも出さない。力のある馬鹿は、機嫌を損ねると何をするかわからない。
「正直、この世界の文明レベルは低すぎるよ。せめて中世ヨーロッパレベルくらいは期待してたんだけどねえ。魔法と超古代文明の遺産で下駄を履いているだけで、実態は原始人だよ。彼らの住居を見たかい? 材木を直線に切り出すことすらできないんだ。あれじゃあ竪穴式住居の方がレベルが高いよ」
「不思議ですね。この塔なんかは現代の建築技術を越えてそうなのに」
「昔、空から宇宙人が来て建てたんだそうだ。この世界の連中も一応は宇宙人ではあるのか。地球外の類人猿のようなものだけどね」
鈴木は須田の言葉に強烈な差別意識を感じて不快になる。差別はいけないことだと、幼い頃から学校教育で、あらゆるメディアで、強烈に刷り込まれて来た。だが、須田の言うように、相手は人間ではないのも確かなことだ。
地球外生命体が相手の場合はどうなるのだろう?
「正直、私にはわかりません。分からない事だらけです」
「君には多少は期待してたんだが、がっかりだよ。まあいいさ、これも僕が優秀過ぎることの証明にはなる」
「そのためにわざわざ私を呼び寄せたのですか?」
「そうだな。僕が来いと言えば、誰でもすぐに飛んで来なきゃならない。逆らう者は叛意ありと見做して討伐する。分かり易いだろう? ルールは分かり易い程いいんだ」
どうやら来て正解だったようだ。とんでもない恐怖政治ではあるが、この世界の王としては別段珍しくもないのかもしれない。
「須田君は王様になるの?」
「まさか。猿の王になってどうする? どちらかといえば神だな。奴らを啓蒙して、人間に近づけてやるつもりさ。せめて食文化だけでも取り急ぎなんとかしてやりたいよ。お前達って何食ってるの? まともに食える物なんてないだろ?」
「ソバの実のパンと、亀や猪の肉ですね。塩加減を工夫すれば、焼きたてなら案外美味しいですよ」
「酷いものだよなあ。ここだと香辛料や砂糖くらいは手に入るだけマシか。ああ、紅茶もあるな。遠い国から帆船で何年もかけて運んでくるらしい。空飛ぶロボットがあるんだから、蒸気機関くらい作れよなあ」
「聖鎧は魔法で動くのでしょう? 私の作っている回復魔法の呪符も、どこかに使われているのではありませんか?」
「さあなあ。あれは見掛け倒しのオモチャだよ。海上で嵐に遭うだけで未帰還機がボロボロ出る始末さ。魔王の国を攻め滅ぼしてやろうと思ったけれど、僕が直接乗り込むしかなさそうだ」
海の向こうに魔族の住む大陸があるということは、聖女鈴木も聞いていた。
「魔王を倒すの?」
「勇者だからね。魔王を倒すことで真の力が解放されたりする筈なんだ。まあ、今すぐじゃないけどね。楽しみは最後にとっておかないと、本当にすることがなくなる」
「魔王を倒せば地球に帰れるわけじゃないのね」
「ああ。魔王はただの魔族の王様さ。残念だけど元の世界には戻れない。僕だって全知全能って訳じゃないってことさ」
「そう。残念だわ」
「この世界で骨を埋める覚悟は必要だろうね。聖都に家を用意させよう。他の連中も呼ぶといい」
「まさか、それってプロポーズかしら?」
「まさかな。最初はそういうのも考えなくはなかったんだ。こっちの連中が娘を押し付けようと躍起になっていてね。いくらなんでもメス猿の相手は御免だ。でも、鈴木、お前老けたよな。なんか萎えたわ」
「失礼な。私はまだ十八よ!」
「鏡見た方がいいな、なんかオバサンくさいぞ。それで、クラスの女子って、あと誰が生き残ってるんだ?」
「あなたのお気に入りの吉田さんは、もういないわよ」
「アハハ! 吉田はないわ。あいつ地味過ぎだろ。能力が便利なんで使ってやってただけさ。そうだな、やっぱり女子は全員面接しようか。男子もだ。この世界で僕らの遺伝子を残していくためには、計画的な血統の管理が必要だからね」
鈴木は須田の考えに反吐が出そうだった。同時に、須田がやらなければ自分が似たようなことをしただろうとも思う。
結局は須田も犠牲者なのだ。何故自分達だけがこんな理不尽な苦しみを受けなければならないのか。
今ものほほんと暮らしているであろう日本の高校生達を、鈴木は恨めしく思うのだった。