甘味の誘惑
「あたし達、堕落したかも?」
アイナ婆さんに連日こき使われて、飽きっぽい性格のエルザは早速ねをあげる。
「何を言う? 毎日勤勉に働いているではないか」
エルザとは対照的に、真面目なパリータはアイナ村での新しい生活が気に入り始めていた。目が回るほど忙しいが、まかない飯は美味しいし、湯船の掃除も兼ねて温泉にまで入れる。
青の塔で騎士をやっているより余程楽しかった。
「温泉宿の手伝いなんかしてどうすんのよ? あたし達、立派な騎士になって、世の男どもを見返してやるんじゃなかったの?」
「う、それは……」
「お前達、何サボっている! 廊下の掃除は終わったのか?」
姉とも慕う小隊長のカッシャにはエルザも逆らえない。融通の利かないパリータと違って、臨機応変に策を講じることのできる軍略家であり、命を預けるに足る上官だと思っている。
「カッシャ姉まで何言ってるのよ!」
「エルザよ、我らはミー様に弟子入りを許されたのだ。師の方針は絶対だ。これも修行だと思って励むが良い」
「絶対違うって、こき使われてるだけだって」
「姉様、頑張っていれば、ぷりん、なるものを再び食せるのでしょうか?」
「うむ、ぷりん、は実に良いものだ。貴重なものであろうが、ミー様は努力には報われる方だそうだ。いささか動機が不純であるが、ぷりん、を励みに頑張るのも悪くはなかろう」
三人は先日食べたプリンアラモードを思い出し、恍惚の表情を浮かべる。聖都にも高価な菓子類は売られていたが、味も見た目も比較するのが馬鹿馬鹿しいくらいのものだ。
「ミーさんが来たよ。あんたらもキリのいいとこでケリつけて、とっとと修行しといで」
アイナ婆さんにせかされて、慌てて着替えて外へ飛び出す三人。
すでに広場では、近隣の村から集まった三機の竜骸が訓練を始めていた。
「ああ、来たね。君達の竜骸も治しといたから」
なんでもないように、虚空から新たに三機の竜骸を召喚するミー様。
魔法使いにとって収納の魔法はそれ程珍しいものではないが、竜骸を入れようと考えた者はいない。規格外すぎる。
「勇者を見た時はバケモノだと思ったが、ミー様に比べればあれはまだ常識の範囲内」
「やったー! ボロボロだったのに新品みたいになってるよ。あれ? 形が変わってる?」
「毒虫のような禍々しさが……いえ、強さが形になるとこうなるのですね」
「とにかく乗った乗った。まずは軽く鬼ごっこからいくよ」
生まれ変わった彼女達の竜骸は、八枚羽根もかくやとばかりに、力強く、俊敏に、大地を蹴り、空を駆ける。
だが先輩の三機には遠く及ばない。そして、ミー様が駆る二枚羽根の竜骸は目で追うことすら難しい。まさに電光石火だ。
『お姉! 何がどうなってるの?』
『わかりません。ただただ素晴らしいということだけは、わかります。あら、涙が……』
『我らの当面の目標は、おにごっことやらで、まずイフリートに勝つことでしょうか?』
『舐めたことを言ってくれる。このイフリートの動きについて来れるかな?』
くたくたになるまで飛び回った後は、アイナ婆さんの特別許可を貰って女六人で温泉に浸かる。
「これほどの修行とは。あなた方が強くなる筈です」
「あんた達も教団じゃそこそこ通用したかもしれないけど、お師匠様からすればヒヨコにもならない卵なんですからね。それと、一番弟子の私を敬うように」
「いや、待ちたまえ。ミー様に弟子入りしたのは私が先だぞ」
「つまらないことで争わないように。ミー様に愛想を尽かされますよ」
ワイワイ姦しく温泉から出たところで、ミー様からイチゴ牛乳なる飲み物が振舞われる。
「綺麗な色」
「甘くて冷たくて幸せ」
「師匠は神なのです」
「なるほどねえ。風呂上がりにはうってつけかもしれないねえ。冷やすのに氷がいるから安くは出せないけど」
「ドライアイスは安くしとくよ。適切に使えば肉も鮮度を保てるから、むしろじゃんじゃん使って欲しいな」
イチゴ牛乳を飲みながら、エルザは今の生活も悪くないと思った。
同時に、派遣という建前で彼女達を魔大陸に逃がしてくれた、青の聖母バルディアに感謝するのだった。