死神の鎌
「え、金貨十枚になるんですか? あの鎌」
死神の鎧はボコボコに壊してしまったけれど、大きな鎌は無傷だった。
その鎌を、教会が金貨十枚で買い取ると言ってきたそうだ。
「あなたの戦利品ですから、あなたが好きにすると良いわ」
オーリィさんはそう言ってくれるけど、判断しようにも金貨の価値すらよくわからない。銅貨よりずっと値打ちがあるのは確かなんだけど。
「判断するための情報が少なすぎますね。あの鎌は、人間の魂を蘇生アイテムに変えることができるそうですよ」
結構珍しい特殊効果だと思う。武器としての性能は、まあ、鎌である時点でお察しだ。せめて鎖鎌ならワンチャンあったのにな。
「それは! 値段がつけられない程の価値がありますね。吝嗇な神官達が金貨なんか持ち出してきて、おかしいと思いましたよ。教会と揉めるのは面倒ですわね。あー、もうっ! いっそ王家か領主にでも献上しちゃおうかしら?」
なんとなくだけど、オーリィさんは王家を嫌ってるみたいなんだよなあ。その辺の話題が出ると露骨に嫌な顔をする。
「ダークナイトは死ぬ前に、鎧も鎌も、賢王に貰った装備だって言ってましたよ」
「ああ、隣国の愚王のことね。呪われた装備を送り込んで来るなんて戦争がしたいのかしら? 王族なんて馬鹿ばかりだわ!」
やっぱり王様関係は嫌いなんだな。不敬罪とかその辺は大丈夫なんだろうか?
結局、教会は駄目、王様も駄目、消去法で領主に献上ってことになった。オーリィさんからってことで献上すれば、税の免除とかいろいろ交渉できるので金貨十枚より余程お得みたいだ。
僕は別に名声とか望んでないからいいよ、異世界で有名になっても仕方ない。名声なんてのは家族や親戚、せいぜい知人に自慢できるから嬉しいのであって。
それにオーリィさんには鎧とか買ってもらってるしね。少しでも借りを返しておきたい。
一番大事なのは、厄介事を丸ごと領主とやらに押し付けてしまうことだ。
僕としては送り付けてハイ終わりだと思っていたんだけれど、なんか直接渡しに行かなきゃいけないみたいだ。で、なんで僕まで?
オーリィさんと馬車で行くことになったので、無理言って鎧も持ち込んだ。大鎌が貴重なものなら、途中で襲撃される可能性もあるからね。
三台の馬車に、使用人や用心棒の皆さんが分乗して行く。武装集団を顎で使うオーリィさんもカタギの人間じゃないよねえ。
結局、鎧を持ち込んで正解だった。乗り心地の悪い馬車より、ホバー走行で周囲を警戒している方がずっと楽だ。
武装がないと賊に舐められるというので、ハルバルさんに作ってもらった戦闘用ピッケルを背負っている。
剣がカッコいいと思ったんだけれど、敵が重装甲の鎧だったりしたらピッケルやハンマーの方が有効なんだそうだ。
もちろん、ただのピッケルではない。円錐状のピックのお尻をロケットノズルのように加工してもらった。動かない的に対してなら一応当たる。当たりさえすれば大ダメージが期待できる。
行程の大半は見晴らしが良いらしく、襲撃されるとしたら途中の小山だろうということ。
話を聞いて先行偵察に向かう。馬車のスピードは早歩き程度、対してホバー鎧は気持ちよく自動車並みのスピードが出せる。ノロノロ並走する方が面倒臭いんだよ。
小山ってあれか、わかりやすいな。平地に場違いにぽっこりと突き出している。北海道にある昭和新山みたいだ。
小山を迂回する道の片側はちょっとした林になっていて、伏兵を置くにはうってつけだ。山の向こうに陣を張ればこちらからは見えないし。
そんなことを考えていたら、本当に大勢隠れていた。
弓を持った連中が二十人ほど林の中で待ち構えている。さらにその先には倒木でバリケードまで築かれている。ありがちな作戦だけど、結構厄介だな。
盗賊というには人数が多過ぎだ。これじゃあちょっとした軍隊だよ。
馬車に戻ってオーリィさんに報告する。
「やはりこの鎌には驚くほどの価値があるのですね。賊に先に手を出させてから、一度逃げましょう。見晴らしのいい場所でまとめて仕留めます」
ああ、釣り野伏的な? 敵の方が多いけど、風魔法があれば関係ないのか。
使用人さんが乗った囮の馬車が先行して行く。
しばらくすると馬車は走って逃げ戻って来た。荷物を全部降ろしてあるから軽快なんだな。
追って来る賊達は走りながら矢を射てくる。器用でびっくりだ。
狙いはそう正確じゃないけど、毒が塗ってあるぽい。殺る気まんまんだ。
さっそくオーリィさんが風魔法で攻撃開始。あれ? 効果がない。
「護符まで使って来るのね。しかも金貨三枚の」
護符って相当お高いみたいだね。あれれー、金持ちの盗賊って何かおかしいなー。
さて、僕の火炎放射は防げるかな? 死んだらごめんね。
横凪ぎに一瞬だけ放射してみる。襲撃者達は炎に驚いたようだけど、諦めるつもりはないみたいだ。本当に仕方ないなあ。
ガスの量を増やすと、炎の蛇がうねるように伸びていく。今度は敵の戦意が喪失したのを見極めてから火を止める。
やり過ぎたかな? 即死はいないが、火傷は後から酷くなるからなあ。
「嘘でしょう。本物の魔法使いが出て来たわ。それも三人も」
バリケードで待ち伏せていた連中までやって来たみたいだ。立派なプレートメイルを着ている指揮官らしいのが三人。他にも鎧武者は十人ほどいるが、この三人だけ槍でなく杖を持っている。
「魔法使いなのに鎧を着ていいんですか?」
「何か問題あって? 氷の槍が飛んで来ますよ!」
ほんとだ。なんか透き通ったツララみたいのが彼らの頭上に浮かんでいる。水属性の魔法なんだろうな。
考えてる暇はない。敵の方へ高速ホバーで突進しながら先手必勝ファイアー!
ほうほう。炎が鎧に吸収されてますね。火竜の鱗を貼り付けてるんだろうね?
仕方ないから、このまま炙り続けよう。
氷の槍が僕めがけて飛んでくる。ただのツララだと舐めてたけど怖かった。あれは当たれば多分死ぬよ。
なんか頭がスーッと冷えて来た。火力を上げて容赦なく敵全体を炎で包み込む。
バタバタと鎧武者たちは倒れていく。予想外の粘りを見せてくれたけど、それでも一分と持たなかったよ。
高熱は鱗で吸収できても、やはり酸欠は防げなかったみたいだ。火が燃えれば周囲の酸素は失われるからね。
殺したくはなかったけど、向こうも本気で殺しに来てたんだから仕方ない。
「今度ばかりは死ぬかと思いましたよ。相手は間違いなく名のある魔法使いです。証拠に首を持って行きましょう」
オーリィさんより強い魔法使い達だったみたいだ。
それで首を切って証拠にすると言う。いや、わかるけど、理解はできるけど、勘弁して欲しいな。
いいことじゃないんだろうけど、戦闘の後片付けは全て使用人さん達にお任せしてしまった。
魔法の使い過ぎでしばらく動けないと嘘をついたんだ。
おなら魔法がヤバイ。本気でヤバイ。攻撃力に関しては圧倒的じゃないか。
防御面には不安が残ったけど、あの三人の魔法使いは教会の最高戦力みたいだから仕方ない。氷の槍ってのは直撃すれば即死級の究極魔法らしい。ゲームだとせいぜい初級~中級の魔法なんだけどな。
教会側は必勝の布陣で襲撃して来てたんだな。
このたった一度の襲撃で、教会は金貨数千枚の損害を出しているのは間違いないそうだ。そんなに欲しいなら交渉次第では売ってあげたのに。
あ、第二派が襲ってきた。今度は五十人以上いるけど、オーリィさんが無双している。
叫びながら突撃して来る人達は、せいぜい革鎧。ただの布の服の者も多い。
護符も持っていないようで、風の魔法でスパスパ切り裂かれ、倒れていく。
風魔法も怖いな、見えないのが怖い。風魔法使いに勝つには……やっぱり先手必勝だよね?
そもそも戦いって、先に攻撃できた方が圧倒的に有利なんだな。そんな基本的なことに今更気づくとは、僕は平和ボケし過ぎていたのかもしれない。
「今度の襲撃者達は、先程の魔法使い達の従者と輜重部隊ですね。夜襲とかされると厄介でしたので、突撃してきてくれて助かりました」
あっさりみんな殺してしまって、平然とそんなことを言う。
オーリィさんって、一体何者なんだろう?