ゲームの終わり
「……代わり映えしないな」
森の中をひたすら歩いて十数分。森の中を彷徨い歩いているが一向に他の生存者と合わない。
全員殺されてしまったのだろうか、という考えが浮かぶが脳裏を過る。
だが、それだとオグマやクローリアが死んでしまった、という事になってしまう。少なくとも、私よりも経験を積んでいる二人が簡単に死ぬとは思えない。
「……ここもか」
木に凭れかかっている獣人の少女に駆け寄り、首筋に触れる。首筋からは人の温かみを感じる事はできなかった。
……これで何人目だ。歩いている中でかなりの人間が死んでいる。この少女も首筋に噛み付かれた痕があるし、拷問から逃げ、そしてここで死んだのだろう。
「奴隷に……いや、そもそもこの国に産まれなければこいつらも生きていられたのだろうに」
オグマの話だと他国では私達への差別も帝国ほど過激ではない。差別の対象とされてはいるが、ある程度の自由は許されている筈だ。
まあ、もしもというのは虚しい空想だがな。あの神様が転生させてくれるだろう。
「あのですねぇ……。私でも個別に転生先を決めるのは難しいんですよ?バランス調整が難しいから基本は勝手に流すようにしているんですよね」
この世界に干渉できるのか。
目の前に光が収束し人の形が生まれる。
まあ、この世界の管理者であるこの神様ならさもありなんのことか。
「それで、どうでしたか。このチュートリアルは」
「最悪。この一言で分かる筈だ」
数多の命を潰えさせ、惨劇を生み出す。しかも、その目的が……
「私にこの世界のあり方を伝えるのなら、もう少しやり方があった筈だ」
言葉で知るよりも実際に体験した方が理解しやすい。神様が私をこの『狩猟場』のゲームに参加させたのは、この世界のあり方を教えるためだ。
神様とて転生させてすぐ死んだら苦労が多くなる。そのため、生きるか死ぬかのギリギリのラインでこの『チュートリアル』を行い、この世界の基礎を頭に入れた。
「うーん、確かにそうですね。このやり方だと死ぬ確率が高すぎますね。次からは戦闘以外のやり方にしましょう。……それで、この世界はどうですか?」
「地獄だよ。お前がこの世界のことを地獄だと言っていた理由が分かる。……死が身近にあるがために、生きている実感がある世界。だからこそ、私にとっては地獄足り得る」
私は生きることにも死ぬことにも執着がない。
そこに生き甲斐や執着を与えさせる事で生きるために足掻く事を強いる。人が最も嫌うことを行うのが地獄なら、この世界は私にとって地獄だ。
「ふふふ、やっと分かりましたか?」
「ああ。……ま、それに乗ってやるよ」
未だ、私は生きることも死ぬことも頓着していない。だが、色々と託されてしまった以上やるしかない。
「もっとも、私は帝国には自分から干渉するつもりはない。そこだけは理解しておいてくれ」
「ええ、分かりました。こちらとしても、帝国は目障りですが、なるべく不干渉を通したいのです。何せ、彼らのやろうとしている所業は私としても不愉快極まりないですし、境界が見つかるのも困りますしね」
「そうか。……そういえば、何故私にここまで関わってくる」
この神様は基本的にひとでなしだ。惨劇を当たり前のように許容し、転生は基本的に勝手に行われるようにしている。基本的に不干渉なのだ。
それなのに、私に対しては転生先を選ばせたり、やり方は兎も角この世界のあり方を教えようとしていた。あまりにも干渉しすぎている。
「うーん……特に意味はありませんね。でも、転生者の中で貴女が始めてなんですよね、人族以外に転生したの」
「……そうなのか?」
弱い種族である『ミストルテイン』でさえ、この小さい体で既に成人男性一人分の身体能力を保有している。種として、人族は正しく最弱だ。
それなのに、人族に転生したのはおそらく……、
「国がある程度、人族の安全を保証してくれているから、というのが大きいでしょう」
「だろうな」
人族が国家単位で優位に立っている以上、人族の生活や安全は保証されている。逆に人族以外は奴隷、そうでなくても社会的に見たら下に位置づけられている。
誰もが好きに下の人間に成りたい訳ではない。私のように、そこら辺に執着を抱いていない人間からしたら、他種族に落ちるよりも普通の人族として生きる方が確実に過ごしやすい。
「そこなんですよねぇ……。まあ、これで必要な話は終わりました。何か質問はありませんか?」
「幾つかある。まず、この身体の年齢は何歳だ?」
この世界に転生する前のこの体の年齢が分からない。それは色々と困る。
「えーと……確か12歳だったかな。まあ、まだ第二次性徴期には入ってないですし、『ミストルテイン』の寿命は300を超えるし、病気にはならない体質だから多分長く生きますよ」
寿命が300歳以上……これが種族差か。だが、それだけ長い時間を生きないといけない、ということにもなるか。
「次に、オグマとクローリアはどうなった」
「二人とも生きてますよ?まあ、二人とも既に森を出てますし、運が良ければ会えると思いますよ?」
「そうか」
私と接点のある二人が生きていてまあ良かったとしよう。
「他には何かありませんか?」
「……特に必要ない」
「そうですか。それでは、良い人生を」
そういって神様は光の粒子となって姿が消える。
それと同時に森を囲っていた結界が消える。
ゲームの終わりか。さて、私は……。
力の入らない右腕を見下ろし、小さくため息を漏らす。
……とりあえず、安全な場所に移動して右腕の治療から始めるか。