【魔装】
僅かに足を脱力しすぐさま地面を蹴り、森の中に駆け込む。
私と男の体格差は圧倒的だ。太ってはいたがまだどうにかなった豚とは違い、体格違い過ぎればどれだけ同じ力があっても負ける事は必定。
真正面から戦うのは愚策も愚策。ならば少しでも有利な状況にするのが一番だ。
「……っ!?ま、待て!」
森の中を駆ける私を面食らっていた男が追いかけ始める。
逃げれば逃がす性格ではない事は予測済み。どれだけ理性を働かせようとも理性が間違えていたら意味がない。
間違えた理性は間違いを生む。事実、私の事を獣と蔑む男が逃げる私を嗜虐心に満ちためで見ながら追いかけているのだから。
「っと!」
剣の間合いに入ったところで男は剣を振り上げ、勢いよく下ろす。
咄嗟の判断でサイドステップで真横に移動して攻撃を躱す。反転し、すかさず拳を放つが男はギリギリのところで剣から手を離して躱す。
「いけ」
後ろに跳んで距離をとり、男に向けて左手を向ける。
それと同時に男の周囲の草むらの草や木の草が私の意志のもとで舞い上がる。
「なっ!?」
驚く男の背後に回り込み、僅かに跳んで背中を蹴り飛ばす。
「がっ!?」
男は前に転がり、木に頭をぶつける。
着地すると同時に地面を蹴って男との間合いを詰めて跳躍、体を一回転させ、足を水平に振るう。
「くっ……!」
男はギリギリのところで横に転がって躱し、振るった足が木の幹に当たる。
ちっ……仕留めれると思ったがそう簡単にはいかないか。素足だから今のは痛い。まあ、それは問題ない。
「舞いて渦となれ」
命令と共に周囲に落ちた新緑の葉が一枚一枚男を囲い、渦を巻いて完全に包囲する。
「やれ」
ゴーサインを出すと同時に男を中心に待っていた草たちが一斉に男に向けて放たれる。
男はすぐに剣を振るい、草たちをひたすら落としていく。
「森は私にとっては武器庫となる」
植物系の種族は共通して植物を操ることができる能力を持っている。『ミストルテイン』もその例外ではない。
まあ、葉を操るのが精々で、『ドライアード』のような直接的な武器としては使えないが。
でも、『ミストルテイン』にとっては勝利のための布石足り得る。
葉の渦に入り、男の背後に回って背中を蹴り飛ばす。
「く……!」
男は反転しながら剣を振るう。バックステップで攻撃を躱し木の葉の渦に潜り込む。
木の葉の視界不良は他種族に比べて低い身体能力をある程度カバーできる。
「はああっ!」
まあ、ある程度だけど。
振り下ろされる剣をバックステップで躱す。同時に頬に痛みを感じて指を当てる。
指先に、赤い液体が付着していた。
「……!」
男が放つ突きを躱し、手を蹴り上げて軌道を逸らすと懐に潜り込み太鼓腹を殴りつける。
「ごっ!?」
男が情けない声と共に木に叩きつけられる。すかさず間合いを詰めて懐に潜り込むと同時に急停止。足を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
男は横に転がり振り下ろされる足を躱し、膝をつきながら剣を水平に振るう。
地面を蹴って横に移動して攻撃を空振らせる。
間合いを詰めようとする男との中間で葉を壁にして視界を遮る。
「それがどうした!!」
「っ!」
木の葉の壁を突破した男の剣が振り下ろされる。
咄嗟に地面を蹴って後ろに飛ぶと同時に大きく吹き飛ばされる。
「がっ!」
「さっきまでの威勢の良さはどうしたぁ!!」
間合いを詰めてきた男が振り下ろす足を横に転がって躱し、大きく後ろに跳躍、木々の幹を蹴って太い木の枝に乗る。
……胸に袈裟斬りか。私の体重が軽く、直前に先に跳んでいた事で致命傷は避けられた。だが、壁のブラフを読まれた以上壁として使えないか。
やはり、これは『ミストルテイン』の特殊能力を使わないといけないか。
「【魔装】」
見上げる男に向けて手を向けて呪文を唱える。同時に掌の前に光が放たれ、収束していく。
「篭手と具足。……とパイルバンカー、かな」
両腕に着けられた新緑のような色合いの篭手と具足、右手の篭手に装着されたパイルバンカーを見る。
【魔装】は絶滅した種族が共通して持つ特殊能力だ。自身にとって最適な武器を装備できる。個人で別々の特性を保有している。
また、これとは別に種族別で特殊能力がある。あるが……まあ、かなり使うタイミングが限られてくる。流石にそれはできない。
「【魔装】だと……!?絶滅した種族の力をなぜ使え……!」
「知る必要は、ない」
枝から飛び降りると同時に迫る剣の突きを篭手で防ぐ。
攻撃するタイミングが単調。馴れてしまえば避ける事は容易い。
手を振るうと同時に落ち葉が舞い、男を中心に渦巻く。
「同じ手を……!」
それはどうかな。
男の背後に回り込んで軽く跳び、足を振るうが男の剣に防がれる。
「同じ手だと言った筈だ!愚かな獣め!」
弾かれて渦の中に隠れた私を男が追いかけてくる。
初手は警戒していたが、さっきの壁で木の葉に直接的なダメージがないと知ったから警戒を緩め、突入してきたか。
愚かなのはどっちなのだろうか。私なら態々敵の罠に入る事はしない。
木の葉で視界が安定しないなか、剣を振るわれる剣を躱し、直撃しそうなものを弾くと男の体勢が大きく崩れる。
これで、終わりだ。
大きく足を踏み込み握った拳を三段腹に叩きつける。同時にパイルバンカーを起動させる。
その瞬間、凄まじい衝撃波と共に男が吹き飛ばされる。
「がっ……!?」
あまりの衝撃に渦巻いていた木の葉が吹き飛び、男は勢いよく木に背中から叩きつけられる。
「はぁ、はぁ……ぐっ……!?」
高揚する呼吸から勝利の達成感を感じるよりも速く、右腕から激痛が走る。
強力だが……代償が大き過ぎる……!反動で右腕の骨が全て砕けたか……!だが、その見返りもある。
「ご、ごふっ……」
男の腹に腕が貫通しそうな風穴が空いている。口からも血が溢れてるし、もう先は長くはないだろう。
さて、そろそろ立ち去ろう。オグマやクローリアの事も心配だしな。
「ああ、傷は返しておく」
「何を……ごふっ!?」
体に刻まれた傷が癒えると同時に男の体に同じ傷が生まれ、口から血を吐き出す。
ふーむ……特典の方もピーキーだが使い方次第だな。条件さえ満たせばかなり強いけどな。