許しの聖女(エリザ視点)
その場所は、焼け焦げた匂いで充満している。
「……酷い」
酷い、あまりにも酷い。
昨日の昼頃に突如として鳴り響いた轟音と爆発により、壊滅的な被害を受けたスラム街に兵士たちと共に警備をしに来て、呟く。
義足で瓦礫で足の踏み場もない現場に眉をひそめる。
火災が多く広がったエリアもあれば、衝撃によって建物が倒壊してしまったエリアもある。倒壊したエリアは、範囲十数メートルに及んで殆どの建物が衝撃波で破壊され、瓦礫に押しつぶされた人たちも多い。また、火災が発生したエリアでも、火によって燃やされて亡くなってしまった人たちが平地に布をかけられて眠らされている。
既に着手している人たちは多い。他種族や人族も関係なく、このスラムを人が住める場所に復興させようとしている。
あまりにも酷い悲劇。けど、これは自然に発生したものである事くらいは分かる。
「……ノルディ」
布を捲り、両断された恐怖に引きつった表情をしている自分の腹違いの妹に深く祈りを捧げる。
酷い。腹に穴を開けた後、確実に殺したことを確認するために鋭利な刃物でノルディを縦に割っていた
ノルディとウェスタは一昨日侵入した『鬼』を捕縛、又は排除をするといって充てがわれた離れから出ていた。恐らく、『鬼』とここで交戦し、ノルディは殺されてしまったのだろう。
立ち上がり、ノルディの遺体に背を向けて中を歩き始める。
「……【ドライアード】は戦闘には適さない。特に、森ではない場所では」
戦闘能力に特化した兄妹たちは今は調整中で殆ど動けていない。お父様的にもノルディを私に与えたのはそれが理由だったのだろう。
「でも……暗殺者がこんな雑な方法を使うのかな」
私はそっちの仕事をこなした事がないから分からないが、暗殺者は標的を静かに、そして確実に殺すのが仕事だ。やろうと思えば周囲に被害を出すことも出来たるだろうが、こうも拡大させる必要がない。
元帝国暗殺部隊『天武』出身のオグマがここまで大規模な破壊をする理由が一切ないのだ。
「まるで、目的がスラムの破壊そのものだと思えてしまう」
今回の大火事の影響で騎士たちや新しい当主のグリム・キケロはこれを気にスラムを再開発するつもりらしい。
今も、様々な種族の奴隷……元はスラムの住人たちの一部が瓦礫の撤去や建物を破壊を行っている。
オグマはまさか、これを目論んでやったのだろうか。……違うな。オグマがそんな事をしてもメリットがない。
となると、一体誰が……。
「エリザ様、何かお考えでしょうか」
悩みながら見回りをしていると声をかけられる。声の方に顔を向けると少女が立っていた。
「ルーナ様。ええ、少し考えていました」
敬礼するとルーナ様は少し楽しそうに微笑む。
ルーナ。『聖典教会』における権力者の一人娘であり、自身もまた『聖女』と呼ばれる魔法使いであり教会の重席でもある。白い髪に赤い瞳が特徴的で常に日焼け防止用のロザリアを着けている。
信仰に厚く、それでいておおらか。どのような種族にも優しく接し、老若男女、それどころか奴隷たちの中にも彼女を慕う者がいる。
かくいう私もその一人だ。
「その、足の方は大丈夫ですか?」
「はい。貴女様のおかげでこの義足を着けてもらえましたので」
そう言い、義足を叩く。
この義足は魔力を宿した鉱石を使って作られたもので、非常に動かしやすく、それでいて強度も高い。
「そうですか。とても良かったです」
「ルーナ様は食事の配給を終わらせましたか?」
「はい。……彼ら彼女らがああも苦しんでいる姿を直視できませんでしたので」
少し顔に影を落とすルーナ様は瓦礫の上に座る。その横に警護代わりに座ると少しルーナ様は嬉しそうな表情をする。
ルーナ様はまだ幼い。ルーナ様の父親から聞いた話が本当なら、12歳程度だ。親に甘えたい気持ちを押さえ、こういった場所に赴いては人々に別け隔てなく接し、交流している。
その過程で奴隷として虐げられている人たちと接している。痛めつけられ、無理矢理働かせれている人たちを見て心を痛めている。
私のように法律だからと切り捨てられるほど非常な選択を取る事ができない人物なのだ。だからこそ、守りたいと思ってしまう。
「ルーナ様、滅気ないで下さい。貴女様は世界の宝、それが翳ることはいけません」
「分かっています。ここでめげてはいけませんよね」
笑顔で小さく頭を縦に振ったルーナ様は復興している人たちの様子を見る。
その様子を見て、小さく問いかける。
「……ルーナ様。ルーナ様は私の足を奪った人物にもし出会ったらどうしますか?」
「足を……奪った人物に?」
少し驚きと困惑を覚えるルーナ様は小さく首を傾げ、目を瞑る。
時間が流れ、日が傾きはじめた頃。ルーナ様は目を開く。
「怒って怒って怒って……でも、最後は許します。その人物にも何か事情があったのでしょうし、帝国のやり方だとそういった人たちを増やしてしまいます。それを許すのが私のあり方だと考えます」
最後は許す……か。
あの破壊者が、顔色一つ変えないで人を殺せる怪物を許せるだろうか。
悶々と考えていると、背後の瓦礫が真上に吹き飛ぶ。
「ルーナ様!」
咄嗟にルーナ様を抱きかかえると瓦礫が落ちてくる。
瓦礫の雨が降り止むとルーナ様を抱いていた腕を離す。
一体何が……!?
「姉さん?何をしてるの?」
「ウェスタ……!?」
吹き飛ばされた瓦礫の上に乗った下着姿のウェスタが立っていた。
下着姿だった事以上に、ウェスタの左肩から先が千切れている事に驚いていると、後ろに隠れていたルーナ様が前に出る。
「ウェスタ様は何故瓦礫の山から出てきたのですか?」
「聖火の発動。これで分かると思う」
聖火……?それって……。
「ウェスタの魔力の適性のこと?確か、何時もは普通の炎だけど老衰以外の方法で死ぬと、たった一度だけ蘇生する事ができるということだったけど」
「それのお陰で蘇れた。あの白ワンピースに白い頭巾の少女は絶対に許さない」
白ワンピースに白頭い巾……?それって、まさか……!
「彼女が、来ているの?」
「エリザ様、それは……!」
あの違反者が、この街に潜伏しているのね……!
しかも、ウェスタとノルディとの戦いでスラムを壊滅的な状況にまで追い込んだ。
いい事を知れた。あの法の違反者は何があっても、絶対に、罪を償わせてやる。
「駄目ですエリザ様。彼女にも何かしらの事情がある筈です、きちんと話を聞かなければ……!」
「しかし、それでは彼女を取り逃がしてしまう。彼女は悍ましい怪物だ」
私の手を掴んで止めようとするルーナ様に切実に訴える。
私の部下を、友人を、家族を殺したのだ、許しておける訳がない。
恐らく、彼女は人に化けてこの都市に潜入している。しかも、ハンターギルドに行けば公的に彼女は奴隷とする事ができなくなる。
あの怪物は人を殺す事に躊躇いがない。人を殺す事が息を吸うようにでき、そして彼女に関して一切の事柄が分からない。
「それでもです。人間は誰しもが生まれついての悪ではありません。正しい心、正しい知識があれば、自身の罪を悔い改める筈です」
「ルーナ様は何も分かっていない。彼女はそういった常識が通じない」
何より、ルーナ様を危険に晒す事はできない。彼女が無作為に人を殺しているのなら、ルーナ様の身も危ない。
……それなら、今はルーナ様の近くにいた方がいいかもしれない、か。
小さくため息をつき、涙ぐむルーナ様を見下ろす。
「……分かりました。でも、彼女は許すことはできません」
「しかし……分かりました。でも、私は彼女が何をしようと、許します」
ルーナ様もまだ諦めていない。その眼差しには強い力を持っている。その姿に僅かに嫌悪感を抱く。
ルーナ様の考えはとても良いものだ。その上、理屈だけでなく、見たこともない人間に向け、実際に行動できる姿に多くの人たちが惹かれている。
でも、ルーナ様。貴女は一つ大きな間違いをしている。
彼女は無秩序に人を殺す。理由さえあれば、人を殺すことに躊躇いすら覚えない。そこに人の心は存在しない。
貴女は、そんな彼女を許し、救いを与える事ができるのか?




