リュークの懸念
リュークを家の陰に置いて、扉の取っ手に手をかける。
「エルミィ、帰ったぞ」
「おかえりー」
家の扉を開けて中に入ると、エルミィが小さなランプの明かりの下、薬の調合をしていた。
薬草や薬になるものを押し込めた棚と棚の間を通り、エルミィに近づく。
さて、人族のことをどう説明しようか。……考えるのも億劫だし、さっさと伝えるか。
「さっき、人族と出会った」
エルミィが薬の調合を終えたタイミングで話す。エルミィは「人族」という単語が聞こえると同時に手を止める。
「人族と……?それは騎士?それともハンター?」
「いや、薬師だ。買った奴隷の治療をしたいらしい」
奴隷商である事は言わないでおこう。話が拗れるのは面倒だし。
「買った奴隷を……。それはまた、かなり特殊な御人ね」
「特殊?」
「普通、余計な勘繰りをされないために薬師は奴隷を買わない。奴隷でも人族でも傷を見て治す以上、徹底してフラットな立場でなければ診察や治療に支障が出てしまうからね」
そういう意味では、純粋に見ていられないから買って治そうとするリュークは変人の部類か。
「まあ、そこら辺は置いておくとして……その人物はどこにいるの?その奴隷の子を見せて」
よし、とりあえず了承は得た。
「ああ。おーい、入ってきてくれ」
呼びかけるとリュークが扉を開けて入ってくる。
エルミィは背負子に背負われた布に怪訝そうな視線を向ける。
「レスティアちゃんからの紹介だけど、僕はリューク・マクレガーだ。よろしく……で良いかな」
「エルミィよ。それで、患者はこっちに」
「ああ」
リュークと共にエルミィの後を追い大きめなベッドが置かれた部屋に通される。
ここは……手術室のようなものか?部屋の至るところに手術道具が置かれている。
「さて、どんな子か……これは……」
ベッドに寝させられた『エルドーラ』の少女に目を疑い、リュークを汚物を見るような目で睨みつける。
「貴方……外道ね」
「ち、違うからね。僕はこんな事してないからね」
「……まあ、良いでしょう」
そう言って少女の服を引き千切り、身体を念入りに触診していく。
「かなり酷いわね。どうして、こんな状態にしたのかしら」
「彼女は……僕に買われる前に酷い主人に買われ、凄惨な拷問を受けたんだ。さっき言った通り、僕に買われたときからこんな状態だったんだ」
「そう……。身体のダメージはある程度どうにかなるとしても、心のダメージがかなり酷い。買い手なら、そこら辺はどうにかしなさい」
「は、はぁ……。そこら辺は貴女の方が適任だと思うけど……」
私もそう思うな。異性の人族よりは同性の他種族の方が彼女にとっては精神的に良いと思うのだが。
「何を言っているの。私はあくまでこの子の命を助けるだけ。心を治すのは貴方にしかできない。適材適所でしょ」
「いや、僕は人族で異性なんだけど……」
「そんな事、私が知るわけないでしょ」
うわぁ……辛辣だ……。
「貴方の事は信用も信頼もしていない。けど、その善性は信じるに値する。それだけよ」
「ああ、そういうことか」
私が最低限の信用をしているのと同じく、エルミィはリュークの善性を信用しているのだ。
「えっと……それって……」
「私ではあくまで心の傷を治すことはできない、それだけの話。貴方が彼女をどうしようかは分からないけどね」
そこはエルミィだからな、手抜かりする事はないはずだ。
「まあ、今できる事は少ないから今日は様子を見させてもらうけどね。あ、彼女は私が見させてもらうから二人は寝てていいよ。部屋は……レスティアちゃんと一緒でも良いかな」
「構わない」
「レスティアちゃん、貞操観念どうなってるの……?」
確かにあるが、少なくともリュークが動くよりも速く殺す事ができるから、問題ないと判断している。
エルミィに押されるようにして部屋を出され、仕方なく私が使っている部屋に入る。
さて、何を話そうか。
「レスティアちゃんは僕の事が怖くないの?」
「怖い?何故弱いお前を怖がらなければならない」
真顔で答えるとリュークが非常に答え難そうな顔な微妙な顔をしている。
「あ、あはは……。でも、奴隷商をしてるとさ、奴隷たちが僕たちに向けられる視線は二つしかない。……怒りか恐怖だよ」
苦笑いをし、そして少し落ち込んだような表情をリュークはする。
奴隷にとって、自分をこんな境遇にした相手に怒りを覚え、これから受ける所業を想像し恐怖する。当然と言えば当然だろうな。
「僕の家は何代も前から奴隷商を営んでいる家なんだけど、僕は5人兄弟の末っ子でね、最初から当主にはなれないこもとが確定している。だから幼少期に薬師に弟子入りして製薬技術を学んできたんだ」
こっちの世界の技術はよく分からないが、里を回った感じ文明レベルはそこまで高くない。
そんな環境なら、薬師の需要はそれなりに高い筈だ。技量は兎も角な。
「薬師として独り立ちできた頃かな、上の三兄弟が病で死んじゃって5つ上の長男が当主になってね。そのサポートとして家に戻ったんだ」
「それで?」
「……家がどれだけ悍ましい事をしてきたのかを理解してしまったんだ」
リュークは震える自分の両手を見て、ため息を漏らす。
「恐怖や怒りで泣き叫ぶ彼ら彼女らは人だ。僕たちと同じ言葉を話し、人の心を持った存在だ。薬師として色んな種族と交流してきた僕はそう結論付けた。そこからは必死だったよ。彼ら彼女らの心が壊れないよう、奔走したんだ」
「家業を辞めるよう提言しなかったのか?」
「家の規模が大きく、幾つかの研究所や大きな商会に太いパイプが出来ていた。もし辞めれば、それこそ一族郎党皆殺しにされていた筈だよ。それは僕も兄も望まない」
何ていうか、高潔で誰かのために生きる事ができる真っ当は人間だな。私としては好感が持てるが……それでも警戒は怠ってはいけないな、
「あ、ごめんね。君に聞かせるような事じゃなかったね」
「別に構わない。それじゃあ、私は寝るからさっさと寝ろ。明日からは大変になる筈だ」
「わ、わかった」
リュークはリュックから取り出した毛布を取り出して包まり、壁に凭れ掛かる。
リュークが寝たのを確認し、私もベッドに身体を倒す。
明日には出ていくし、戻ってくるかどうかも定かではない。なるべく深くは関わらないようにしないとな。




