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来訪者

「ウキィ……」 


まあ、こんなものか。


夜、一人でいたところに襲いかかってきた猿の心臓をパイルバンカーで穿いて殺す。


猿は、経験を元に動きを模倣して戦う。だが、そのため完全な初見ではその力を十全に発揮できない。ならば、初手から全力。確実に仕留めれば良い。


実際、今回の狩りでそれが証明できた。


……いや、パイルバンカーの威力おかしくね?ダメージのストック無しで心臓を穿てるのかよ。流石、古代の種族か。


「ふんふんふふ〜ん」


岩の上に座り、森の木々の隙間から見える月を見上げて鼻歌を歌う。


服は手に入れる事ができたし、右腕の怪我も治った。もう里にいる理由は無くなったし、明日にはもう立ち去るとするか。


「引き止めるものなんて、私にはないし」


エルミィもメリスも友人のような関係だが、それが隠れ里に留まる理由にはならない。


あくまで私は根無し草。どこまでも自由気ままに生きるものなのだから。


「よいっしょ……」


あ?


岩から降り、エルミィの家に戻ろうと森の中を歩いていると男の声が聞こえてくる。


咄嗟に木々の間に隠れるとその直ぐ側を人族の若い男が通り過ぎていく。男の姿を目視しながら、聞こえない程度に舌打ちする。


この先には隠れ里がある。それを知ってか知らずかは分からないが、偶然だとは思えないな。


……少し脅してみるか。


木を登り、枝を足場に飛ぶように移動し男の前に飛び降りながら【魔装】を展開、パイルバンカーを男の腹に向ける。

「動くな。動けばお前の命はない」

「なっ!?何者だ!?」


答える必要はないし、無視しておくか。


「何の目的で来た」

「何の……て、薬のためだよ。この辺りは薬草が多いし、数日かけて薬草を採取しているんだ」


薬草採取ねぇ……。まあ、妥当な答えだな。背中に何かを背負っているし、違和感はない。


だが、背中に背負子を背負い、前の方に大きなリュックを持っていての薬草採取は少し無理がある。


「そうか。だが、さっさと立ち去れ。ここら辺は魔物が多い以上、人族では危ない」

「あのー……。それは子供の君が言える事じゃないと思うけど……」

「人族と私では決定的な差がある。それだけの話だ」


見た感じ、男は武装しているようには見えない。武器になりそうなものは腰に携えているナイフだが、刃が厚く、どちらかというと調合の際に使うナイフだ。エルミィの家で似たようなナイフを見たことがある。


魔法が使えるとも思えないし、使えたとしても私の方が出が速い。


「それで、その背負子に何を括り付けている」

「これかい?これは僕の商売道具だよ」


確かに、エルミィの家には様々な薬草や道具が置かれていた。だが、背負子で背負えるとは思えない。


それに、時々背負子に乗せられた布が動いている。暗闇の中だから気の所為かと思うが、確認しておかないといけない。


「それじゃあ、僕は行かせてもら――」

「行かせない」 

「……そこを退いてくれるかな、お嬢ちゃん」


横を通り過ぎようとする男の脇腹にパイルバンカーを向け、威圧して足を止めさせる。


「なるべく手荒な真似はしたくない。その背負子に背負っているものを確認させろ」

「……後悔しない?」

「後悔なら何度もしている」


前世でも、今世も、後悔はしてしまっている。今更一つ増えたところで意味を成さない。


「……分かった。それじゃあ見せるよ」


男は背負っていた背負子を慎重に下ろし、縛っていた布を解いて布を開く。


さて、何が見え……!?


「……死ね、外道が」

「えっ……ガッ!?」


背負っていたものを理解すると同時に手を叩き、男の周囲の空気を破裂させる。


大きく拭き飛び、地面を転がる男の上に馬乗りになり、パイルバンカーを眉間に突きつける。


「あれはどういうことだ。弁明があるのなら吐け」

「あ、あれは僕の店に売られたものだ。あまりにも惨たらしい状態だから、回復させるつもりだったんだ」

「あくまでもの扱いか」


いや、帝国の人族からしたら、他種族は人ではないか。


「ボロボロの『エルドーラ』を連れて、この森に何しに来た。本当の事を言わなければ……殺す」


布に包まれていたのは、ボロボロの『エルドーラ』の少女だった。


『エルドーラ』は私と同じく植物系の他種族で、髪いっぱいに大小様々な花が咲き、金色の瞳が特徴的な種族だ。


だが、あれはもうすでに『エルドーラ』と呼んでも良いか分からない状態だ。


「……ぼ、僕は他種族をもの扱いできない。彼ら彼女らの悲鳴が、泣き叫ぶ姿を見ると胸が締め付けられる」

「嘘ではないな。嘘なら殺す」

「ほ、本当だ!信じてくれ!」


男の必死の懇願に息を洩らし、男の体から離れる。


信じた訳ではない。だが、彼女の事情を聞く必要がある。それだけだ。


「……それで、彼女に何があった」


少女の目線に合わせ、状況を確認しながら男に問いかける。


少女は見た目は18歳前後。肉付きは良く、『エルドーラ』特有の花が長い髪いっぱいに咲き、金色の瞳をしている。


だが、それ以外が普通とは逸脱している。


少女の姿は見ていて目を背けたくなるほどに痛々しい。肉付きの良い体には裂傷、切傷、打撲のオンパーレド。


爪は全て剥がされ、両腕両足は大火傷。


胸骨が何本か折れているせいか、呼吸が浅い。


歯は全て抜かれ、口内は酷い炎症が起きて爛れている。


二の腕に針に刺された跡があり、恐らく薬物が打たれてる。


右目は瞳孔が動いておらず、視力が無くなっている。左目にいたっては物理的にない。


『エルフ』系とよく似た長く先が尖った耳は左耳が切り落とされ、残った右耳にはロープが通りそうな穴が開けられている。


下腹部に数字の焼印が押され、その後の処理も適当で焼印の場所を中心に細胞が炭化してしまい、壊死している。


また、傷口から細菌やウィルスが入ってきたのか、身体の至るところに発疹ができている。


ここまででもかなり酷いが、少女は私が身体の至るところを触っているのに微動だに反応していないところにある。感情、いや心が完全に壊されてしまっている。


これを行った奴は、確実に殺してやる。見ていて不愉快だし、同じ植物系の種族がこんな扱いを受けて許せるわけがない。


「……彼女は数日前に兄さんが経営する商店に売られた奴隷だよ。兄曰く、エルボリート伯爵家の奴隷だったらしい。エルボリート伯爵家はサド一家で、見目麗しい奴隷を買ってはその命を玩具のように遊び、壊れたら奴隷商に売って処分させる、奴隷商では有名な貴族だ。そこに買われた彼女は、売られて十年以上凄惨な拷問を受けてきた。両腕両足があるだけまだマシなほどの、ね」

「十年以上……」


よく、ここまで耐えれたな。


「僕は奴隷商であると同時に薬師だ。彼女は生きたいと願い、たまたま面倒を見ていた僕に助けを求めた。そんな彼女を手放し、治さなければ僕は僕で無くなってしまう」

「だから、人里離れた森の奥地にまで来たのか」

「ああ。ハンターギルドは他種族の隠れ里と秘密裏に通じている。そこに賄賂を送って情報を聞き出し、兄さんから彼女を買い、長い休みを貰って彼女を助けるためにここまで来たんだ」

「なるほどな……」


男の事は信用は出来ないが、彼女を助ける熱意は本物だということが伺える。


この様子だと、隠れ里のことを周りに話すことは無さそうだが……念には念を入れておかないとな。


「お前はここから立ち去れ。彼女は友人に治させる」

「彼女が人らしく生きれるよう治してくれるのなら、それでも構わない。これが彼女の症状だ」

「…………」


男がバッグから取り出した紙束を受け取りながら、頭を傾げる。


あれ……?ここは『そ、そんな!』ていうところだろ。まあ、言えば密偵確定だがな。 


「……冗談だ。彼女を背負ってついてこい。彼女に会わせる」

「えっ!?わ、わかった」


男は少女を背負子に固定させて背負い、立ち上がるのを待って歩き始める。


隠れ里には入れる事はできないが、エルミィの家は隠れ里から離れた位置にある。そこなら隠れ里の正確な場所を知られる事はない筈だ。


「あ、それと僕の名前はリューク・マクレガー。君の名前は?」

「レスティア」

「そっか。レスティアちゃんか。よろしくね」


男が出してくる手を無視し、私はひたすらに歩いてく。


あくまで最低限の信用をしただけ。仲良くなったつもりも無ければ、信頼している訳でもない。握手を交わす事はできない。


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