隠れ里
「ここが隠れ里だよー!」
「……へぇ」
はにかんだ笑顔を向けてくるエルミィに少し頬を緩めて笑みを向ける
エルミィと家を出て歩いて数分の場所にある里はそれなりの人が暮らしている。そして、その全員が人族以外の種族である。
「意外と活気があるな。予想以上だ」
「まあね。あ、里長!」
里を見て回っていると小柄な老人が杖を付きながらやってくる。老人の背中には翼が生え、山伏のような姿をしている。
それと同時に、纏っている雰囲気に僅かに身体を強張らせる。
「…………」
「…………」
この老人、強い。隙を出せば確実に殺られる。
「ホッホッ、中々の手練れじゃのう」
老人が快活に笑い、周囲の雰囲気が一気に柔らかくなる。
「……息が詰まる」
「それで良い。緊張とリラックスの緩急がつけれる者は、強いのじゃしな。その齢でつけれるのなら、及第点じゃろう」
「そうか」
だが、少し試したい。
周囲の大気を支配し、軽く手を叩く。
それと同時に老人の周囲が爆ぜる。
「えっ!?」
「ホッホッ、やはり試し合いの方が分かりやすいかのう!」
爆発の中で笑いながら老人が杖から引き抜いた刀を首筋に向けて振るう。
空気を操作して刀を受け止め、がら空きの身体向けて真っ直ぐ蹴りを放つ。
老人は蹴りを刀を持たない左腕を盾に受け止め、戻した刀を振り払う。
振り払われた刀を空気の壁で防ぎ、手を叩くと同時に老人が立つ地面が爆ぜる。
「ぬう……!?支配系の魔法使いか!」
「その言葉にどういう意味があるのか分からないが、まあ魔法はこの程度か」
防御面では使えそうだが、攻撃面では通常時のパイルバンカーの方が威力が高い。まあ、この種族には魔法は厄介そうだけど。
「『烏天狗』なら、魔法を使うべきでは?」
『烏天狗』は獣人の一種。魔法種族の一つで神通力を扱う。その正体は『ミストルテイン』と同じく、古い時代から今も生きる神に準ずる力を持つ種族。
「ふうむ……。その齢で修羅場をくぐり抜けてきたようじゃな。エルミィより聞いた記憶喪失は嘘かのう?」
「それは事実だよ。魔法だってついさっき魔力を操れるようになった」
「ほほう。素晴らしい才能じゃのう。魔法種族でないことが悔やまれるのう」
「別に。私は植物系の種族に産まれた後悔はしていない」
口角を上げ、指を弾く。パチンッ、という音と共に老人の身体が吹き飛ぶ。
老人は翼を羽ばたかせて体勢を整えて着地し地面を蹴り、肉薄し手に持つ刀を振り抜く。
すかさず空気の盾で刀を防ぎ、薙ぐように右腕を振るい老人を後ずさりさせる。
「レスティアちゃんも里長も、いきなり何してるの!?」
「試し合いじゃ。人となりを知るにはこれがちょうど良い」
「まあ、そういうこと」
老人が刀を納めるのを確認し、私も拳を開く。
老人の雰囲気も柔らかくなり、エルミィも安心したように息を漏らす。
「儂はヒエン。よろしくのう」
「レスティア。よろしく」
ヒエンの手を握り、互いに笑みを浮かべる。
まあ、この感じだと認められたと考えて良さそうだ。
「それじゃあ、儂は狩人衆の方に向かわせて貰うかのう」
ヒエンは私の横を横切り何処かに立ち去っていく。
やれやれ、食えない人物だな。けど、悪い人物では無さそうだし、信用しておくか。
「びっくりした……、レスティアちゃん、里長と戦えるくらいに強かったんだ」
「まあね」
でも、これは魔法がどの程度使えるかを確認するためのもの。相手が『烏天狗』だとこっちのアドバンテージがない以上、確実に負けていた。
つくづく、『ミストルテイン』の弱さが見せつけられるな。まあ、そっちの方が本来の考えを歪る事なくできる。
「でも、向こうの方が強い。殺し合いになれば、確実に負けた。私はまだまだ弱い」
「あはは……。レスティアちゃんは成長期なんだから、焦らずやっていこうよ」
「焦っている訳ではない」
弱い種族である以上、常に上を目指さなければ死んでしまう。それだけの話だ。
「よーレスティア。家から出れたか」
「ああ。……頭を撫でるのは止めろと言っているだろ」
少年のような快活な頭を撫でるメリスの手を弾く。
はぁ……。私と合うたびにメリスは頭を撫でてくるのは悩みどころだ。
「ワリィワリィ。撫でたくなっちまう可愛さだからよ」
「可愛いのはある程度認める。が、そこまで目立つものではないだろ」
顔立ちが整っている自覚はあるが、あくまでその程度だ。人に褒められる程ではない。
「いいや。オレの見立てだと後4、5年くらいすればとんでもない美人さんになると思うぜ。男たちが二度見するくらいの」
それはただの悪夢だ。
「……目立つのは嫌だな」
「ははっ。そりゃそうか。それじゃあ後で狩人衆の連中たちに顔を出せよ?」
メリスが手を振って立ち去り、私も手を振って送り出す。
メリスはエルミィと違って、活発で直感的だ。個人的にはかなり好ましい。まあ、頭を撫でてくるのはあまり好きではないが。
「メリス。また狩人衆に行って……」
様子を見ていたエルミィは少し不満げに頬を膨らませる。その言葉に違和感を覚え、首を傾げる。
「……その言い方だと狩人衆に行くのは反対そうだな」
「ええ。メリスは目が見えない。森の中はただでさえ危ないのにより危ないんです」
「目が見えない?」
あの感じだと普通と変わらないように見えるが……。その言葉が本当なら、音や匂いで周りを認識しているようだが。顔立ちは……あの様子だと勘だな。
「はい。彼女も彼女で色々とあったので」
「……そうか」
そういった事は、あまり深くは聞かない方が良い。
それに、里の人たちを見て分かったが時々片腕が義手だったり、足が義足だったりしている人たちがいる。それ以上に身体に切られたような傷跡や、感染症の傷跡が刻まれている人たちがいる。
身体中に受けた傷が分からないほどに、右腕が一週間で治すほどに、エルミィの回復魔法の腕は高い。そんな彼女でも傷が癒せないというのは少なからずいる、ということか。
「隠れ里のルールは相手の過去を気にしない、というのがある。それだけは守ってね」
「ああ」
私が首を縦にするとエルミィはにっこりと笑い手を掴み、引っ張って歩き始める。
さて、次はどこを回ろうか。里はそれなりに広いし、一日をかけて回る必要がありそうだ。




