怪物
朝の日差しに当たりながら、足を泉に浸ける。
あれから一ヶ月、『狩猟場』より深い場所にある泉で、腕の骨折の治療に専念していたが……うん、前と同じ感覚で動かせるようになったな。
空腹にはなるけど、食料調達をする必要が無いから動かなくてもエネルギーが補給でき、さらに、人里からかなり離れているお陰で人が来なかったのは大きい。
まあ、怪我も治ったことだし、そろそろ旅を再開しよう。
泉から足を抜き、干していた服に着替える。
この泉に来るまでに木の枝に引っ掛かったりして穴が幾つか開いてる。泉に来てからはほぼ全裸で過ごしていたから少し違和感がある。
それに、これでは周りの目が色々と厄介だ。どこかで新しい服を入手した方が良さそうだな。
周囲の気配や殺気を警戒しながら、鬱蒼とした森の中を歩いていく。
森は方向感覚が狂いやすいが、森は私にとっては家にも等しい。そのためか、方向感覚は狂わないし、現在地がどこなのかも何となくだがわかる。これは非常に大きなメリットだ。どこに人里があるのか、はっきりと分かるからな。
本来なら、人里にはなるべく立ち寄らない方が賢明だ。何せ、私は他種族。居住区以外では奴隷以外の生き方を認められてない以上、戦闘になることは確約されている。
「生まれつき緑色の髪をしている人間はこの世界には結構いる。問題は花だな」
フードや頭巾を着けるのが一番簡単かな。もしくは、プリムの広い帽子の装飾として偽装するか。この二つができそうだ。
髪飾りだと、流石に怪しまれるからな。
「やれやれ、人里に入るだけでかなり苦労が必要だな」
真っ当な服を手に入れるためには人里に忍び込まないといけず、真っ当な手段は選び難い。
植物系の種族が比較的人間と大差ないのが唯一の救いか。
「……だが、今はどうだっていいか」
【魔装】を装着すると同時に落ちてくる大岩に右手を向け、パイルバンカーを起動、粉砕する。
……殺意を感じたが、まさか岩を投げてくるとは思わなかった。とりあえず、人族ができるとは思えないな。
「ウキキキキキキッ!!」
「……猿、なのか?」
森から出てきた猿のような生物に戸惑いを覚える。
明るい茶色の毛並みに四足歩行、長く丸まった尻尾を持った赤い顔をしているし、見た目どう見ても猿の仲間なんだろうが……デカい。推定5メートルくらいあるぞ。
しかも、爪がかなり鋭いし肉を切ったような血の痕がある。どう見ても普通の生物じゃない。
まあ、この世界が神様によって創られた以上、普通ではない生物がいても可笑しくないか。
「ウキッー!」
「ッ!!」
猿が跳躍と同時に間合いを詰め、腕を振り上げる。
地面を蹴って背後に跳んで振り下ろされる爪を躱し、木の幹を蹴り猿の顔に肉薄しパイルバンカーを脳天に向ける。
「ウキッ!」
放つと同時に猿はバックステップをとって攻撃を避ける。
ちっ、流石に分かるか。いや、少なくとも分かる程度の知能はあるということか。
「ウキィッ!!」
左腕を凪ぐ攻撃を爪をサマーソルトで蹴りあげて逸らす。体勢を戻すと同時に懐に潜り込み、一回転して勢いをつけ、回し蹴りを放つ。
「ウギッ!?」
猿が僅かにのけ反ると同時に右手の拳で顎に向けて放つ。
猿は爪で拳を弾き、すかさず右手の爪で切り払う。
「くっ……!」
体に三つの赤い線が刻まれながら後方に下がると同時に爪を押し付けるように振り下ろしてくる。
左手で爪を防ぐが重さで身体が沈み込む。それと同時に僅かに口角を上げる。
装填、完了だ。
右手を猿の左腕に接着させてパイルバンカーを放つ。体が吹き飛びそうになる衝撃を耐えて猿を見る。
「ウキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!?」
左腕を貫かれ、開けられた風穴を猿は地面を転がり、右手で押さえながら悶絶する。
あークソ。やっぱし反動が強烈すぎる。威力を抑え気味に撃ってもかなり衝撃がくる。
「パイルバンカーの欠点は身体を壊す事も考えない強烈な反動、そして射程」
パイルバンカーの出力や射程を確認するために態々何度か骨を折った。だが、その甲斐がありパイルバンカーの特性が分かった。
パイルバンカーの威力は通常の出力に受けた衝撃を数倍にした出力をプラスして換算される。
また、射程も極めて短く、手を殆ど着けてないと当たらない。猿が後ろに跳んで避けたのは間違いではない。
この二つの特性の影響で使い勝手は悪い。だが、それでいい決める時に決めれるのだから。
「キィイイイイイイイイイ!」
立ち上がりざまの爪の薙ぎ払いをバックステップで避け地面を蹴り肉薄しパイルバンカーを向ける。
猿はすかさずバックステップで射程から逃れる。
パイルバンカーを恐怖したな。だが、それは大きな隙になる。
僅かに恐怖をした猿に笑いかけながら間合いを詰める。
「キィィィヤ!」
猿は両手を振り上げ、叩きつけるように振り下ろす。
咄嗟の事に後ろに転がろうとするが爪の一つが当たる。
「がっ!?」
衝撃で大きく飛ばされ、そのまま地面を何度か打ち付けられる。土の匂いを嗅ぐ間もなく獣のように横に飛び退く。
同時に猿がハグするように両手を振るった。
あっぶねぇ……今のが直撃したら確実に命が刈り取られていた。しかし、風穴を開けられた腕を何事もないように使うのかよ。それに関しては予想外だ……!?
「ウッキィィィ……!」
おいおい、冗談だろ。
猿は近くの木を野菜を引き抜くような気軽さで引き抜く。引き抜いた木を両手で挟むように持つと跳躍、私に向けて振り下ろしてくる。
そうやって岩を投げてきたのか……!だが、それでも甘い!
前進する事で振り下ろされる木を躱し、すかさず反転、右手を向ける。
これでチェックメイ……!?
「キィヤァァァァァ!!」
持った木を反転しながら横に払いに木が身体を直撃をする。
身体が引き寄せられるような衝撃と共に吹き飛び、木に身体を叩きつけられる。
「ガハッ……!」
肺の酸素が抜ける感覚と同時に口から血を吐く。痛みを堪え、右手を向けてパイルバンカーを放つ。
それと同時に今までに感じた事のない衝撃と共に杭が放たれ、振り下ろされた木が粉砕される。
「ウキッ!?」
「ガッ!?」
猿が飛び退き、私は衝撃で木に叩きつけられる。
あー身体が痛い。骨の多くが罅が入ったし、胸骨は何本か折れてるな。頭やら腕やら出血してるし、たった数手でここまで形勢逆転させてくるのか。
普通に化物だな。よくこんな怪物がいる世界でホモ・サピエンスは生存競争で勝つことができたな。
だが……不味いぞ。今のでまた右腕の骨が折れた。この感じだと治るまでに三日がかかるか。だが、全治一ヶ月を覚悟すればもう一発は放てるか。
「ウキィ……」
絶体絶命、か。だが、良いだろう。別に生きる事には執着はないが、色々と背負わされたんだ、こんな場所で死ぬわけにはいかない。
「ねじ伏せてやるよ、糞猿」
さあ、勝負の時間だ。




