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black out  作者: 舞織
9/13

李焔編第零話・少女と道化師の邂逅

ここからは、李焔の独り語りです

ああ、また幾度目かもわからない死が、訪れる―――――――。








ここは、終わっている場。


たとえるのならば、その一言につきました。


かつて日本軍が敵国の捕虜たちを捕らえ、閉じ込めていた場所。

毎日厳しい労働を強いられ、満足な食事も与えられずに、時には酷い拷問が行われていた場所。


ですからここは――――、終わっている、場なのです。


ただ独り、ここに在り続けた僕は、そう思いました。



生きていた頃は、ただただ無念だったように思います。

戦争の時代です。人が争い、憎みあい、殺しあった―――時代です。


僕の人生は人からみて―――幸せだったとは、言えないのでございましょう。


しかし幸せだったときも、確かに存在していました。

同じ釜の飯を食った友人たちと笑いあい―――恋人と、将来を語り合ったりもしました。


結局、望んだ未来は―――訪れなかったけれど。


辛くはなかった。

悲しくはなかった。


しかし―――、寂しさは、感じました。


それでも悔いは、ありませんでした。


そう、思っていたのに。









しばらくして、ここにも人が訪れるようになりました。

しかし、ここに連れられてくる人々は皆、命の輝きを失った目をした者ばかりでした。


罪人、なのでしょうか。

ここはさながら、牢獄のようでした。


しかし彼らは、罪人ではありません。

病に身体を侵された―――患者、だったのです。


なんとも、人とは惨いことをする生き物なのでしょうか。

皮肉にも、それは戦時中と使い道がまったく変わっていない―――ただの、牢獄でした。


ずっとここから動けない僕にはよくわかりませんでしたが、彼らの悲痛な心の嘆きが伝わってくるようでした。

僕自身にとっても、それはさながら拷問のようで。


神はなんと、無慈悲な存在なのでしょうか。


感染者として、彼らは幽閉され、満足な食料も与えられずに―――たった独りで死んでいくのです。


一体どんなに辛く、悲しいことなのでしょうか。

僕はただそんなことを、ぼんやり考えていました。






そして何年か過ぎたある日、独りの少女がここに連れられてきました。

かわいそうに、僕が今まで見つめてきた彼らの中で、おそらく一番若かったことのように思います。


愛も恋も知らず―――、我が子を抱く喜びも知らずに、病にかかってしまったのでしょうか。


ですが彼女には、他の者たちにはない、命の輝きがあったのでございました。

諦めている瞳には、とても見えませんでした。


しかしこの世界を、酷く憎んでいることが伝わってきました。

悲しみに打ちひしがれ、心も身体もずたずたになっているのに、彼女は生きようとしていました。


僕は―――彼女に、惹かれた。


僕がどんなに手を伸ばしたって届かないものが、そこにはある気がしてしまったのです。

もう既に僕の物語は―――とっくの昔に、幕を閉じてしまっているにも関わらず、です。


滑稽でした。

道化のように、滑稽だったのでございます。


しかし彼女を見ていると、なんだか僕の物語に続きがあるような、そんな気にさせられました。



変われる―――気がしました。



そして彼女はそのうち、僕のいる裏庭に姿を現すようになりました。

しかし、生きている彼女に僕の姿が視えるはずもなく―――彼女は固く閉ざされた扉を、どこか恨めしそうに眺めているだけでした。





「一体どこの誰ですか?貴女は」






自分でも驚きました。

関われるはずのない彼女に僕は―――、声をかけて、いたのです。





ですが彼女は、ゆっくりと、振り向きました。

驚きと同時に、僕の心は、高揚しました。


「僕は名乗るほどのモノではありませんが―――、貴女の名は、なんとおっしゃるのですか?」


「……」


「えーっと、…大丈夫、ですか…?」


「……」


彼女は、何も答えません。

やはり、僕の姿は見えないのでしょうか…。


しかし、やはり彼女は僕を視ているようでした。

ですからなんとなく、からかってみたくなったのです。


「ここは既に、終わっている場。しかし貴女がここを通りたいと願うのならば、僕がお手伝い致しましょうか?」


そう、くすくすと笑いながら、僕は言いました。

今思えば、傷心の少女である彼女に対して、酷く無神経なことを言ってしまったものだと思います。


やはり気に障ってしまったようで、彼女は狼の如く、僕を静かに睨みました。


「そんなに睨まないで下さいよ…せっかくの美人さんが台無しですよ?僕のこと、ちゃんと視えているのでしょう?」


しかし僕は本当に子どもで、憎まれ口を叩くだけです。

彼女も我慢の限界だったのか、ようやく口を開きました。


「はっ、さっきからあんた何様のつもりなの?挑発してるつもり?人の気を逆撫でしてそんなに楽しい?そんなに今の私は―――、からかいがいのある女なのかしら」


なんだか嬉しかったです。

彼女が僕の言葉に応えてくれたのが―――、だって人と交わす言葉など、実に久しぶりだったからです。


「まあまあ、落ち着いて下さいよ…ただ、貴女がここから出たそうにしているから、声をかけてみただけですよ。」


彼女は鋭く僕を睨みつけると、思い切り僕の座っている鉄格子を蹴り付けました。

とても淑女のすることではなかったので、僕は少し驚いて無様にも落下してしまいました。




「く、っはは…あはは、余裕ぶっといて、簡単に落ちるし、馬鹿みたい……」




彼女は、笑っていました。

なんだかその笑顔が、あの時の僕には眩しく思えました。


とても美しいと、そう思いました。


「…」

 

「…って、ごめんなさい、大丈夫!?」


本当に、こんな残酷な運命に捕らわれているなんて、つい忘れてしまいそうな――――。





しばらく話して、彼女は突然、まるで糸が切れたかのように泣きはじめました。

なぜ涙を流し始めたのか、僕にはわかりませんでしたけれど。






「恭子よ」

「は、い?」

「私の名前!」

「ああ…素敵な、お名前ですね」


「で、あんたの名前は?」


そしてこの時の僕は、きっと満面の笑みでこう言ったのでしょう。






「李焔と、申します」






酷く、嬉しそうに。












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