李焔編最終話
散っていく。
総てが、真っ赤に。
※
「しばらくここに姿を現さなかったのは――――鈴凪さんとかいう、女性の為ですか」
憎まれ口を叩くかのように、僕は言いました。
僕は彼女に―――、死にいく彼女に、腹が立っていました。
いいえ、哀しかったのでしょうか。
だから僕は恭子さんに、その怒りをぶつけました。
「でも、死んじゃいましたね――――彼女も」
ああ、口が勝手に動く。
こんなこと言いたくはないのに。
彼女を傷付けたくなんてないのに。
でも深く狂おしい感情だけが、強く僕を押していました。
「誰も彼も、貴女を置いていってしまうのに―――辛くはないのですか」
悔しかったのだと思います。
彼女が僕を置いて逝ってしまうと思うと。
酷く、寂しいと思いました。
だって彼女は、絶対天国に行く。
天国なんてものがなくとも、恭子さんは絶対にこれ以上辛い思いはしなくてすむはずなのです。
しかし僕は恭子さんと―――――同じところへは、いけないから。
そう思うと、酷く寂しい気分になったのです。
僕を独りに―――――しないでほしかった。
「辛いに、決まっているでしょう」
今にも死にそうな声で、恭子さんは言いました。
しかし僕は、言葉で彼女の心を抉り続けました。
「だったらその懐にある刃で、御自分の喉を貫いてみたらいかがです?
そうすれば…、もう辛いことも悲しいことも、憎しみも絶望すらも、感じなくていいのですから。」
必死でした。
きっとこの時の僕は、情けない貌をしていたのでしょうね―――。
「お生憎様、私みたいなちっぽけな女に、自分の手で命を終わらせる度胸なんてないのよ…」
一瞬恭子さんは、苦笑したように見えました。
「なんで、どうしてですか――――どうして、貴女は」
彼女が困るだけだというのに、僕は必死で。
ただただ、わけもわからずに―――必死で。
「最初の頃の貴女は―――、出会ったばかりの貴女は!怒り悲しみ、絶望して!あんなにこの世界を憎んでいたのに―――、なのに、貴女は、…何で今の貴女は…っ、そんなに、穏やかなのですか!」
なぜ、そんなに。
僕を置いて、逝かないでください
「はは、私、もう眠りたいんだけど…」
もう限界なのか、恭子さんはその場にへたりこみました。
今にも倒れて、しまいそうでした。
「恭子、さん――――」
貴女の名を呼ぶしか、僕にはできないのに。
「最初に言いましたよね、僕は、ゆーれい、だって。なのに貴女は、そんな僕のこと、全然是信じようともしなくて―――」
「何よ、今更、」
今にも死んでしまいそうな貴女を、僕は必死で繋ぎとめようとした。
「それに、僕はさっき嘘をつきました。死んだって、楽になれやしませんよ。だってずっと、僕という存在はこうして在り続けているのですから―――」
だから
お願いですから、死なないで。
僕のようには、ならないで下さい……!
「貴女だけ楽になるなんて――――許しませんよ」
僕は、彼女の前に降り立ちました。
いつもより、なんだか彼女は小さく見えました。
線の細い美しい顔立ちが―――穏やかで。
綺麗、でした。
「だったら」
もうすっかり疲れているはずなのに
彼女は僕のためだけに、言葉を紡いでくれようとしました。
「だったら、ほんとにあんたが、ゆーれいだと言うのなら…」
途切れ途切れに、彼女は。
「ずっと、いつまでも、あんたの戯言に付き合ってあげる。
ただし私が…死んでからね。それで、いっぱい、飽きるまでお喋りでもしましょうよ。そうして飽きたら…私をどこへでも連れていきなさい。天国でも、地獄でもどこへだって、付いてったげる。」
だから、と彼女は言った。
「お願いだから―――今は、寝かせて」
呆気に、とられた。
僕に涙なんかないのに―――泣きそうに、なった。
貴女のその言葉だけで―――僕はきっと、救われましたよ。
「恭子さん…」
僕は恭子さんの身体を、抱きしめる。
「全然似てないくせに…、あの子に、そっくりですね。」
僕は、空を見上げる。
秋の空は、冬へと変化し始めていた。
それはさながら、御伽噺のようで――――。
次話でblack out自体は完結となります。
あと一話、お付き合い願います。
後日談です。




