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black out  作者: 舞織
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零話・世界は誰にも優しくない

  夢も、希望も、僅かな望みさえも

  一瞬にして打ち消されて

  確実に揺ぎ無い《敗北》を見せ付けられて

  それでも《負け》だとわかっている戦いを、戦い続けたことがありますか? 

  

  

  たとえそれが―――理不尽に押し付けられたものだとしても。

  


  私は―――――、








  


1.

ちゃんと眠れていますか。

ちゃんとご飯を食べていますか。   

ちゃんと、元気にしていますか。


終戦からすでに十年の歳月が経ち、そして貴女が私たちと離れ離れになってしまってから早くも三年が過ぎ去りました。 

今貴女は、どんな気持ちでこの時を過ごしているのでしょうか。

今貴女は、どんな気持ちでこの世界を生きているのでしょうか。


今貴女は、一体どんな気持ちでこの手紙を手にとってくれているのでしょうか。


辛いことはありませんか。 

悲しいことはありませんか。 


私たちはたった一人の貴女を失って、とても辛いです。とても、悲しいです。

でも、きっと貴女の方が辛い思いをたくさんし、たくさん悲しい思いを抱いたことでしょう。  

   

ごめんなさい。本当に。  



  


貴女を守れなかった私たちを、どうか許してください。 



  












すっかり錆付いてしまったフェンスの目の前。そこにしっかりと固定された、何重にも巻きつけ閉ざされた鎖がけの扉に手をかけて、私はうつむくように視線を下に落としていた。 


「…………、」 


ここは感染者専用第十七療養所。療養所とは名ばかりで、本質はきっと犯罪者の収容施設に近いのだと思う。ただ、この療養所を仕切っている奴らからの扱いは、酷いとたとえるにはあまりににも現実味がなく、惨いとたとえるにはあまりにも、そう、酷薄だった。なぜならば、ここに《患者》として収容されている私たちは《感染者》であり、一般の人々に感染が広がらないようこうして収容されているのである。 


 

けして、もう他人からは《人》として扱ってはもらえない。 

そんな世界が、ここには染み渡っている。

 

 

家族がいたモノ、大切な者と契りを交わしたモノ、関係なく《感染者》は収容されてしまう。例外なんて、許されない。  


 

 


そして私も――――その一人にすぎなくて。

酷く、酷薄。



 

「恭子さん」




誰かが、私の名を呼んだ。

私は顔をあげて、声の主を振り返る。  

 

しっかりと閉ざされた反対側のフェンス、男子寮と女子寮を隔てる鉄格子の上に彼は座っていた。忌々しく、私は彼―――李焔を、見上げる。

 


「ご機嫌よう、李焔」

「ご機嫌よう、恭子さん。でも、どうやら貴女のご機嫌は斜めのようですね。」

「………、」

 


私はそっぽを向き、着ていた着物を羽織りなおす。そして再度彼を見上げると、私は眉をひそめて言った。 



「李焔のくせに、私を見下ろすとは何事よ。」



彼は一瞬ぽかんとした表情をとると、すぐにクス、と笑った。中国服のような仕様の長い袖で口元を覆いながら笑うのが、彼の癖のようだった。そんな彼を見て、私は一つため息をつく。



「いやいや、悪かったね恭子さん。じゃあご要望通り、貴女の隣でお話しましょうか。」 

「結構よ。」

「…左様ですか。」



クスクスと、彼は目を細めて笑っている。もともと線の細い彼の顔は秋の淡い太陽にさらされて、なんだかいつもとは違って見えた。ざわ、と連動するように木々たちが揺れる。私は今や伸ばしっぱなしの長髪を片手で弄びながら、錆付いたフェンスの上の李焔を見上げる。


そんな私を見て、彼は思い出したように言った。



「というか、またこんなところで…何をしていたのですか、」


 

すましたように問いかける彼に、私は静かに唇を噛んだ。私の手は、誰一人として逃がすまいと固く閉ざされた扉の錠に、掛けられたまま。


そっと、何重にも巻きつけられた鎖を撫でてみる。



「無駄ですよ恭子さん…ここは既に《終わっている》場所なのです。どんなに願っても、どんなに縋ったって、ここから出ることは誰も叶わず、ただただいつか訪れる死を待つばかり。」



歌うように、彼は続ける。

そんな彼を、きっと今の私は酷く冷たい眼差しで見つめていたのだと思う。



ざわり―――、風が、唸った。  

  


「ここから逃げ出せたとしても、外界は私たちを受け入れないでしょう。戦後の、ただでさえ混乱の世なのです…この閉ざされた牢獄なら、幾分かは平和かもしれませんよ?」 



確実に、彼は私をからかっていた。冗談にしては割と酷い発言に、私は苦虫を噛んだように表情を歪める。彼の一言一言が、容赦なく私の心を裂いていくようで…私は思わず、彼から目を背けた。


 

「冗談じゃ、ないわ」



こんなところで、私は終わりたくなんかない。

なのに自身が発する声音は、酷く弱弱しく聞こえた。




「ええ、もちろん冗談ではありませんよ―――、だってこの世界は、誰にも優しくなんてないのですから。」




彼は笑っている。

クスクスといつもの変わらぬ笑みで、私を嘲笑う。



「そんなこと―――――!」




言おうとして、私の言葉は何か大きな音に遮られた。

ガシャーン、とガラスが割れる音。次の瞬間、また何かが壊れる音と同時に、女の人の叫び声が聞こえた。


聞き覚えのある、声。

その声は、最近入所したばかりの《患者》のもの…だったと思う。



「あらら…物騒ですねえ。」



自分には関係ないといわんばかりの、李焔の表情。彼はフェンスの上で足を組み、呑気に事が起こったであろう女子寮を眺めている。

私は、きっ、と睨んむように彼を見上げた。



「ほんと、冗談じゃないわ。この囲われた世界をあんたが《平和》だと言うのなら、この国にはもう本当の意味での《平和》なんてどこにも存在しないのでしょうね。」



言って、私は女子寮へと走って行った。「あ、恭子さん!」と李焔の声が聞こえたけど、私は振り返らなかった。


なんだかこれ以上、彼の言葉を聞いていたくなかった。







「行っちゃいました、か……」




もうとっくに恭子が走り去ってしまった女子寮を眺め、一人李焔は呟くように言った。フェンスの上で足を組んだまま、彼は目を細める。そして思い出したかのようにフェンスから降りると、音もなく暗がりの男子寮へと消えていった。








始めてしまいました…。

ぼちぼち更新していくと思いますので、彼女たちの物語を最後までお付き合いいただけるのなら幸いです!

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