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 だが、今日会った印象では、鈴木は殺人を犯した人間には到底(とうてい)見えなかった。仮に鈴木が犯人だとして、警察はどうして、容疑者リストから外したのだろう……。完璧なアリバイがあったのだろうか。だとしたら、事件とは無関係と言うことになる。もし、結香を殺したなら、図々しく〈紫煙〉に呑みに行けるわけがない。……ま、仕事がてら、鈴木を見張ってみるか。晶子はそう思いながら、パスモを出した。



 ところが、あることがきっかけで、×日の鈴木の行動を知ることができた。それは、勤めて数日経ったある日。仕事を終えて帰る途中だった。ウエストポーチの携帯がバイブした。知らない番号だったので出ないでいると、「鈴木です。また、電話します」と、伝言メモにあった。仕事のミスでもしたのかとハラハラしながら折り返しの電話をすると、一緒に呑まないか、という誘いの電話だった。チャンスだと思った晶子は、二つ返事で、鈴木の指定した喫茶店に向かった。


 仕事着で呑みに行くのは気が引けたが、そんなことは言ってられない。好機が到来したのだから。――やって来た鈴木は、黒の野球帽に、例のエンブレム付きのジャケットを着ていた。


 だが、連れていかれたのは、よりによって、〈紫煙〉だった。鈴木の後ろに居た晶子は、ドアベルで振り向いた結香の母親に、人差し指を口に当てる仕草を見せた。


「……あら、スーさん、いらっしゃい。まあ、珍しい。レディと一緒なんて」


 母親は晶子を意識しながら、おしぼりを出した。


「うちのパートさんだよ。なかなか有望なんでね、特別に歓迎会をしてやろうと思って」


 カウンターチェアに腰をかけた。


「初めまして、武藤と申します」


 おしぼりで手を拭きながら、母親に目配せをした。


「……あら、初めまして。よかったじゃない、スーさん。美人のパートさんが来てくれて」


 グラスに氷を入れると、ボトルの(ふた)を開けた。


「ああ。今夜は好きな歌でも歌って、ストレスを発散するといい」


 上機嫌の鈴木がヤニの付いた前歯を見せた。


「はい、ありがとうございます」


 晶子は、ささくれた指先でグラスを持った。



 世間話で会話が弾んでいた時だった。


「あ、そう言えば、×日、地震がありましたよね」


「えっ、地震なんかあったっけ?」


「ありましたよ。夕方の6時半頃」


「……その時間なら、パチンコやってた」


「パチンコ?」


「ああ。西口の〈ジャンジャン〉で。あそこは、よく回るのよ」


「パチンコに夢中で気付かなかったのかも」


「かもね」


「ね、社長。一緒に写真撮りましょう」


 晶子が携帯を出した。


「ああ、いいよ」


 鈴木は手櫛で髪を整えると、肩を寄せてきた晶子が持った携帯に顔を向けた。


「あら、仲がよろしいこと」


 他の客席から戻ってきた母親が茶々を入れた。母親に振り返った晶子は、鈴木が手洗いに立った隙に、結香が殺されたホテルの名前を聞き出した。



 翌日の夕刻。母親から入手したラブホテルに行くと、編集して鈴木だけにした携帯の写真を受付に見せた。


「……さあ。野球帽を被ってたから、顔は分からないのよ」


 中年女は首を傾げた。


 無駄だったか……。失敗した。キャップを被せて撮ればよかった、と晶子は後悔した。諦めて帰ろうとした時だった。


「ちょっと待って」


 女が呼び止めた。


「もう一回見せて」


 その言葉に、晶子は急いで携帯を開いた。


「うむ……。顔ははっきりしないけど、この汚れたような前歯……」


 女は、笑っている鈴木の口から(のぞ)いている前歯を凝視(ぎょうし)していた。


 次に、〈ジャンジャン〉に行った。――若い店員に鈴木の画像を見せると、


「野球帽を被ってたから顔は分からなかったけど、防犯カメラに映っていたのは本人だと、警察が断定したみたいですよ」


 そう言いながら制服の蝶ネクタイを整えた。


「顔も分からないのに、本人だとしたその決定打はなんだったのかしら?」


「ジャケットのポケットに付いた模様みたいですよ」


「エンブレム?」


「そう。それそれ」


「そのエンブレムが付いたジャケットを着た男が防犯カメラに映っていたってこと?」


「ええ」


 つまり、結香がラブホテルで殺された時刻に、鈴木は〈ジャンジャン〉でパチンコをしていたことが、防犯カメラに映っていたエンブレムの付いたジャケットによって立証されたわけか……。


 だが、ラブホテルの受付の女は、ヤニの付いた前歯に見覚えがあると言っていた。他の客と勘違いしたのだろうか……。じゃ、結香を殺したのは誰?行きずりの犯行だろうか……。

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