グレムリンと僕
吉川くんは、グレムリンだ。
耳はとんがってて、目はよだかの様にぎょろぎょろしていて、おまけに周りの機械を駄目にしちゃう。
僕は彼に伝えなければならない事がある。
今、僕は駅のホームに居る。吉川くんに会いに行くためだ。
吉川くんは山の中の施設に居る。周りの機械を故障させてしまうんじゃ街には居られない。
下り行きの電車が轟々と音を立ててホームに到着する。
僕は電車に乗り込み、ガラガラに空いているシートの端に座る。
ドアが空気が抜けた風船のような音と共に閉まり、電車が動き出す。
僕は窓から景色を眺める。
おもちゃのような住宅の群れ、偶像のような送電塔、阿呆みたいに晴れた青空。
吉川くんがグレムリンになった日もまさにこんな天気だった。
〇
「それで」
学校の屋上、僕は焼きそばパンを食べながら質問をする。
「ついに決心がついたのかい」
吉川くんは口に含んだコロッケパンを飲み込み返事をする。
「あぁ、今夜告白しようと思う」
彼はやや自信なさげに返事をしながら、コロッケパンを一口食べた。
「クラスで一番モテる君が誰に告白するのか、楽しみだな」
僕は笑いながら、そう言った。
「きっと、驚くと思うぜ」
吉川くんは心なしか弱弱しく笑った。
〇
窓からの景色が緑生い茂る山々ばかりになってきた頃、僕は電車を降りた。
人通りが少ない駅前のバス停でバスを待つ。十分ほど待っただろうか。
誰も下車しないバスが目の前で止まった。
僕はバスに乗った。乗客は僕とふくふくとしたおばさんのみ。
バスが発車した。
窓から外を眺めると「変化人<ヘンゲジン>受け入れ反対!私たちの故郷を化け物の住処にしないで!」という看板が目に入った。
変化人というのは吉川くんみたいな人たちの事だ。
最近の研究で、彼らは曲げられない現実を無理やり捻じ曲げようとした反動でなってしまうものだと解明されている。
僕はメールフォルダを開き、文字化けされた一通のメールを眺める。
〇
「また、告白されたのかい?」
僕は吉川くんの手元にある手紙に目をやりながら、そう言った。
「まぁ、ね」
吉川くんは苦々しく笑った。
「なんというか、僕は君が羨ましいよ」
僕は軽い調子で、そう伝えた。
「ん、ごめん」
彼は申し訳なさそうに言った。
「いや、そんなつもりじゃ……」
二人の間に微妙な空気が流れる。
「そ、そういえば吉川くんはいつも告白される事ばかりだけど、自分が告白する時はどう伝えるの?」
無理やり会話を発生させる僕。
「そうだなぁ……直接会って伝えるのが正しいんだろうけど、面と向かって言うのが恐いからメールで送ってしまうかもね」
吉川くんは照れながら答えた。
「あはは、君らしいね」
僕は笑ってそう応えた。
〇
バスを降り、木々に囲まれているが舗装された坂道を登る。
この道を登り切った先に吉川くんが居る施設がある。
「あら、あなたも山の上の施設に?」
先程、バスに乗っていたおばさんが話しかけてきた。
「えぇ、ちょっと用事があって」
僕は最低限の愛想とともに返事をする。
「あらぁ、同じね。私も甥が変化人になっちゃってね。あのーなんていうのかしら、ケンタウロス?あの、下がお馬さんの、あれになっちゃってねぇ、あぁ、あなたはどなたに会いに?」
僕はしばし返答に悩み、答えた。
「私は、高校時代の友人に会いに来ました」
「あらぁ、そうなの。友達思いねぇ」
友達思いなんかじゃない。僕は歯を食いしばる。僕が、僕が迷っていたせいで。
「ほら、変化人って願いが叶えば治るっていうじゃない?だからね、外出許可貰って甥を連れて徒競走するのよ。良い考えでしょう?」
「そうですね、良いと思います。すみません、急いでいるのでお先に失礼します」
僕は歩行速度を速め、差をつけていく。
後方から、声。
「そんな思い詰めてないでもっと明るい表情をした方が良いわよ!あなた、可愛らしいんだから」
僕は強く歯ぎしりをしながら坂道を登る。
僕はこの身体を憎む。意識とは違うこの身体を。
でも、それでも僕は吉川くんの事を。
〇
「大丈夫?どうして泣いているの」
屋上で独り泣いている僕に話しかける、君。
同じ委員会で仲良くなってよく話すようになったよね。
「あぁごめん、実は私フラれちゃって……気持ち悪いってさ……」
「えぇ、君が!そんな事無いよ!君は可愛いよ!」
必死に否定してくれたよね、吉川くん。
僕は悩んで、悩んで悩んで、打ち明ける事にした。
「実は、僕ね……」
〇
長い坂道を登りきり、やっと施設に着く。
僕は汗を拭き、施設に入る。
僕は身体と意識がバラバラで、吉川くんは見た目がグレムリンで、中身は吉川くんだ。
同じ化け物で、人間だ。
僕は吉川くんに会わなければならない。
自分の想いを伝えるために。吉川くんの呪いを解くために。
遠くから手を振っている君が見える。
耳はとんがってて、目はよだかの様にぎょろぎょろしている。
吉川くんだ。
ふと、腕時計を見る。時計の針が、クルクルと逆方向に回っていた。
野守こりおり『グレムリンと僕』了
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