ある放課後の爪切り
パチン、パチン。
「あたっ、いててっ」
二人だけの教室に響く音と痛がる声。
パチンッ
「いったぁ……」
我慢ならなかった、声をかけると
「どうしたの?」と彼女がとぼけた声で返事する。
パチン、いたっ。
「それやめて」
「どれー? 」
ため息まじりに目線を落とせば私の机でのびている彼女と目が合う。ぱっちり見開かれた双眸はイタズラな光を反射して私を見つめている。
パチン
「おうっ」
「それよそれ、気が散るから黙っててくれない?」
「どうしよっかなぁ」
ムカついたので切った爪をばら撒いてやろうかと思ったけど目に入って傷ついても困る、さっさと残りの爪を切ってごみを捨てる。ヤスリがけしないとガタガタになるんだー、とかのたまったが知ったことじゃない。
振り向くと先ほどと同じ、寝そべるような姿勢の彼女が聖母のごとく優しい表情でこちらを見ている。レース越しの日ざしに包まれた構図は聖画か、または
「心中現場ね」
「ロミジュリ?」
二人がそんな表情で死ねたとは思えないし、そもそもあれは心中というより事故だ。
「早くどいてジュリエット、お昼食べに行くんでしょ」
「やだー、お姫様は王子様のチューがないと目覚めないんだから」と言ってから目を閉じて親鳥からのエサを待つヒナのような顔をする。
「この学校に王子様はいないから諦めなさい」
「去年の文化祭」
「やめて」
「新訳 白雪ひめ、んっ」
恥ずかしい思い出のせいで顔が少し熱を持っている。彼女はというと「いひひ」だか「うひひ」みたいな笑い声をあげつつ満足したような顔で自分の荷物を取りにいく。
「食堂やってるかな」
今日は午前で終わりだったからやってなくてもおかしくない。
「さあ、やってなかったら購買いけばいいでしょ」
「購買も閉まってたら?」
「駅前」
「私の手料理って選択肢は?」
「雪山に遭難しない限りは無いわね」
彼女の弁当に異物が入っていたことを思い出す。いわく卵焼きだったらしい。
「愛情いっぱいだよ」
「味から始めて」