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紅の秋へ

作者: 柿原 凛

 今日の僕は昼過ぎからの用事があって、彼女は反対に、完全にお休みの日だった。その用事も意外なことに数分で済んでしまい、時間が空いてしまったので彼女も誘って買い物という名の散歩に出かけることにした。彼女に行くかどうか電話で尋ねると、”行くぼん”と元気よく返事が帰ってきた。最近覚えた”〜だもん”という日本語を使おうとしたがなかなかうまく言えず”もん”が”ぼん”になってしまう彼女。それはそれで可愛らしいから意地悪で間違いを指摘しないままでいる。

 いつもの道、いつもの川、いつもの空を見上げながら、いつものように手をつないで買い物に行く。じめじめしたあの嫌らしい暑さとはギャップのある、乾いた涼しい風が吹いている。雲は依然として分厚いが、それはうっすらと橙色に染まりつつある。呼吸しづらかったあの日々は、もう過去のものになろうとしていた。

お店のポップも、”暑假(夏休み)”の文字は消え、”中秋”や”国庆(国慶節)”の文字が目立つ。夏服がセールになっていて、長袖の服が増え始めている。キンキンに冷えた炭酸水が大好きな彼女が選んだ飲み物は、常温のミルクティーだった。

 一緒につないで来た手は、帰り時には買い物袋の取っ手をひとつずつ持って、まるで小さな子供と手をつなぐようにして、ときどきジャンプさせたりブラブラさせたりしながら帰った。ビニールの買い物袋は引っ張りすぎて今にも破れてしまいそうになりながら、なんとか保ってくれた。

 雨上がりの浅い水たまりの上を歩いて、二人で一緒に振り返ってどちらが濃い足跡を残せるかの競争をした。結果は僕の勝ちだったが、足跡をまた思い切り踏んづけてもっと濃くしようと無謀な挑戦を続ける彼女がちょっとだけ微笑ましかった。また振り返って帰ろうとしたその瞬間。

「見て見て見て!」

 急に彼女が声を張り上げて僕を呼んだ。そっと前の方に指を指している彼女。しかし何も見えない。

「え、なに?」

 もしかして幽霊でも出たか? と思ったが、よくよく見てみるとそれは赤とんぼだった。二人の前方に赤い線がじっと浮いている。水たまりの水を飲みに来たのだろうか。

 その赤とんぼが、今度はゆっくりと前に移動し始めた。それはまるで、帰り道はこっちだよ、と僕たちを案内してくれているようだった。僕と彼女はお互いを見合って目で合図した。”ついていってみよう”と。

 細い抜け道を抜け、角の小さな商店を越え、ドブ川のそばまで来たところで赤とんぼは壁を越えてどこかへ飛んでいってしまった。そこはいつもの帰り道。抜け道も、前から知っていた道だけど、偉そうに案内してくれた赤とんぼの顔に免じて知らなかったふりをしてあげた。赤とんぼが飛んでいった壁の向こう側はもう紫色になりかけていたが、まだ濃い橙色がビルの窓に反射して、辺りをオレンジ色に染めていた。

「よし、帰るか」

「帰るぼん」

 声がひっくり返ってアホっぽくなったことを二人でクスクス笑いながら、伸び切った買い物袋を持ち上げて帰った。オレンジ色だった路地裏も、今は赤っぽく、そして徐々に暗くなりつつある。ついこの間までこの時間帯はまだ青空だったのに。紅の秋はもう、すぐそこまで来ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「行くぼん」「帰るぼん」可愛いですね。というか、恋人の話す母国語を勉強して、一生懸命おしゃべりしているというその事実が何より可愛いです。 日本人男性と結婚した中国人女性と話をすると、「文法…
[一言] ほのぼのとしたいつもの日常。 しかし、それが幸せなんですよね。 一緒にいる時間を大切にしたいですね!
[一言] さっそくお返事が! ありがとうございます。絵になる、それです。 ただの絵じゃなくて、古いレコード屋さんでランダムに持ち上げていったら見つけた、みたいな。 どこかノスタルジックな感じがいいなと…
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