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最弱のおっさんが勇者パーティから離れて魔王になるまで

作者: キリタニ

「それでは、お世話になりました」


 私は勇者たちに深く頭を下げた。


「世話になったのは俺たちだけどな……まあどのみちそれも今日までか」


 弱冠15歳にして人類の希望ともいえる《勇者》という名と聖剣を手に入れた少年――ロディアスは微妙な表情を浮かべた。


「皆さんはこれからも魔王を倒すため頑張ってください」

「ケっ! 言われるまでもねぇよ、魔王は俺が必ず倒すからな。他の誰でもねぇ、俺がな!」


 ロディアスは言葉遣いが少々乱暴だが、実は仲間思いで誰よりも優しい子だと私は知っている。

 何故なら彼を含めて、勇者パーティの三人は全員私が育ったのだから。


「おじさま……元気でね?」


 金髪の少女は私の手を取って、別れを告げた。

 懐かしいな、太陽神教会随一の神術の使い手、《癒しの聖女》とも呼ばれる彼女は子供の頃からよく私の手を取って散歩したり、お昼寝したり、とにかく私にべったりな娘だった。

 それがこんなに立派に成長して、魔王討伐の一人に選ばれるなんて未だに信じられない。


「ええシェリル、もう会うことはないでしょうけど、これからも皆さんの無事を祈りますよ」

「ぐすん……」

「私のために悲しんでくれるのですか、シェリルは優しい娘ですね」


 昔のようにシェリルの涙を拭いてあげた。

 私にとって、例えどんなに強くなっても皆まだ子供なんだから。


「シェリルおめーこの期に及んでまだ良い子ぶってんのか? おめーがそんなだからおっさんも離れづらいだろうが!」


 荒々しい声を上げたのは銀髪の少女。

 暗赭色の肌と抜群のプロポーションを惜しげもなく晒している彼女は《劫火狼藉》と恐れられる凄腕の魔法使い。

 攻撃魔法に長ける種族――ダークエルフの中でもずば抜ける彼女の魔力はこれまで何度も皆を窮地から救った。


「これがシェリルのいいところなんですよサーシャ。君も彼女のお淑やかさを見習ってはどうですか?」

「てめーの説教はもううんざりだよおっさん! さっさと行きやがれ!」

「はぁ……そんなこと言って、私が居なくなった後、君の服を洗濯するのはシェリルですからね? あまり一度洗濯物を溜めすぎてはいけませんよ?」

「ばっ! バカ、そんなことしねぇよ!」

「そうですか? ではこの前一週間ほどの洗濯物を一気に渡されて、中には下着も混ざっているのを見た私の気持ちをこの場で言っても構わないのですね?」

「やめろおっさん! 焼き殺すぞ!」


 ボゥっと彼女は大きな火の玉を出現させた。

 だが彼女が癇癪を起すのはいつもの事だから私はため息を漏らすだけだった。


「駄目ですよサーシャ。貴女の魔力はもっと大事な時にとっておくべきだといつも言っているではないですか。この場で私を焼き殺して何になるですか」


 私が彼女の手を握ると、火の玉が煙もなく消えうせた。


「ぐっ……」


「それでは皆さん、さようなら」


 再度別れの言葉を残して、私は今度こそ勇者パーティから離れた。








「ふぅ……」


 道中、私は何度も何度もため息を漏らした。

 彼らと離れたくなかった。

 だがそうせざるをえないのは、ひとえに私の《ユニークスキル》のせいだ。


《ユニークスキル》とは、約100人に1人の割合で生まれつき持った才能、神々の贈り物(ギフト)とも呼ばれている。ほとんどのユニークスキルは強力で、ユニークスキルの所有者は各分野で活躍している。

 だが中には、私のユニークスキル――《最弱》みたいな物もある。


《最弱》は所有者の腕力、体力、魔力、精神力……あらゆるスペックを百分の一にする最悪のスキル。

 私がこうして人並みに喋られて、勇者達と行動を共にしていたのもはっきり言って奇跡に近い。

 ただ彼らと離れたくないから頑張って頑張って、それはもう必死に鍛えぬいてた。だがそれも今日まで。ここが限界。結局私はこのユニークスキルから逃れる術はない。




 私は勇者パーティから離れて、その足で魔王城に向かった。

 そして魔王を倒した。





「何故だ……お主のような強者がいるなんて……聞いたこともない……」

「わざわざ敵に情報を漏らす必要がないですからね」


 信じられないといわんばかりに、既に虫の息になっている魔王は私を見上げた。

 大樹ほどの巨躯も、こうして倒れたら人一人の高さもないか。


「私はあの日……貴方のせいでレイチェルが殺されたあの日から、この時を望んでいた。貴方の事を調べ、勇者を育て上げて、必死に鍛えてきたのもこの日のため」

「くくく……だが我を殺しても無駄だ……我は何度も蘇える……愚かな人間よ……」

「うるさい、死ね」


 冥土の土産、などくれてやる義理もないので、私は魔法で魔王の体を徹底的に消滅させた。


 世界を脅かす魔王。

 千年、もしくはもっと前から人々を虐げていた魔王はユニークスキルを幾つかも持っている上で、この千年で何度も滅ぼされているのにその都度復活を果たし、人類に更に大きな殺戮をもたらす。


 では何故その魔王が、《最弱》の私に手も足も出なかった?


 簡単な話だ。

 百分の一にされても、私のスペックは魔王を上回っているからだ。



「さてと、そろそろか……うっ、あぁぁぁ……!」


 魔王が消滅したその場から現れた黒い霧が私を捉え、口、耳、全身の毛穴から侵入していく。


 これが、魔王が何度も蘇られる理由。

 魔王というのは方向性を持つ力の集合体。魔王の器が倒されたら、最も近い生物に憑りつき、その肉体と精神を作り替え、次代の魔王にする。だから魔王は決して滅びない。魔王を倒した者が、次の魔王になるからだ。


 だが、そのシステムには一つの欠点がある。

 魔王という力は憑りつかれた者の肉体も精神も作り替えるから、蘇った魔王は前の魔王と何も変わらない。そう、強さもだ。

 ただし、魔王は《暴食》のユニークスキルを持っているので、歴代の魔王のユニークスキルを次々と掠奪し、自分の物にしている。それが魔王が複数のユニークスキルをい所持している理由。


 ここまで言うと、もう分かるだろう?

 私に憑りつき、蘇った魔王は《最弱》のせいで生前の百分の一くらいの強さまで落ちている。


「さあ……今ですよ、皆さん」


 ざしゅっ。


 瞬間。私の左腕は切り落とされた。何度も稽古をつけてあげたから分かる、これはロディアスが放った斬撃だ。


「えい!」


 続いて、シェリルの神術が私の右腕を消し飛んだ。彼女がいつも抱き着いた右腕を。


「何をやっているサーシャ!」

「早く、早くして!」

「で、でもおっさんをやるなんて……そんなのできねぇよ!」

「魔王を封印できるのは今だけなの!」

「おっさんが俺たちを拾った時からそう教わっただろう! おっさんを裏切るのか!」

「ぐ、ぐうううう」


 何やら萎縮しているサーシャに、私は最後の意思を振り絞って笑いかけた。

 貴女の魔力は、この時のためにあるのでしょう?


「ぐ、おっさんごめん! 火炎刃(フレイムカッター)!」


 サーシャの魔法が私の両足を一気に切断した。

 あとは私の首を落として、切断された四肢とそれぞれ異なる場所に封印すれば完成する。百分の一まで弱まった魔王は封印を振り解くことなんてできない。これで、次の魔王は現れない。



 ロディアスは剣を持って俺の前に来た。

 さあ、この首を切り落とせ。これで、私の復讐は完成する!


 と、思いきや。ロディアスは剣を落として、何やら詠唱を始めた。

 それは聞いたこともない呪文。こんなの、計画にはなかったはず。

 見ればシェリルも、サーシャも俺の周りに大きな魔法陣を書いて、知らない大魔法を用意し始めた。

 一体どういうことだ。


「おっさん、ごめんな。やっぱり俺たちは納得いかなかった、おっさんを殺すなんてできるわけがない」

「うん、だから私たちは、おじさまを弱らせて、この場に仮封印し、おじさまを助ける方法を模索することにしたの」

「心配すんなおっさん、あたしは魔法が得意なんだ、おっさんが残した研究資料もあるし、きっと魔王の力だけを滅ぼす方法を見つけてやるよ!」


 馬鹿な……そんなことのために。

 仮封印なんていうのは私が魔王を滅ぼす手段を模索していた頃に、偶然見つかった古の呪文。首と四肢をばらばらにする必要はないが、本当の封印よりは弱いから没にした。

 ロディアスには教えたこともないのでどうやって、いやそれよりも、もしこれで魔王が復活したら……!


「おっさん、俺を信じろ」


 私の考えを見抜いたように、ロディアスは強く言った。


「俺たちも伊達におっさんに鍛えられてきたわけじゃねぇ。おっさんが見つかった仮封印をシェリルが改良して、俺が手に入れた聖剣を媒介にして、サーシャのデタラメな魔力もある。失敗するわけがねぇ」

「何より、私達はおじさまがいつも言っているように、自慢の子供でしょう?」

「もっと自分の子供を信じたらどうだ?」


 あぁ……。

 どうやら私は、彼らを見縊っていたようだ。


 復讐のために彼らを利用して、幼いころから戦闘技術を仕込んで、ただ魔王を滅ぼすだけの駒だと思っていた。だが彼らは私などの計画よりも更に上を行こうとした。


「おっさんがずっと魔王に復讐したいっていうのは分かるけどよ……復讐したから死んでもいいって、そんなの寂しいじゃん?」

「残された者の気持ち……おじさまは一番分かるはずなのに」

「だからごめん、あとでいくらでもお仕置きしていいから、今は暫く寝ててくれ、絶ッ対助けてやるから」


 魔法陣は眩い光を放ち始めた。

 朦朧とする意識の中で、ロディアスの声が聞こえた。


「言っただろう? 魔王を倒すのは俺だって。じゃなおっさん、また会おうぜ」


 ロディアスの言葉と共に、私は意識を手放した。















 それから私は長い長い夢を見た。

 夢の果てには、懐かしい人たちが待っているようだが、それはまた別の話だ。





ここまで読んで頂き有難うございます。



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