残念な奴はどこまでいっても残念である
携帯のメモ書きのため字下げが上手くいっていません。
目の前には金髪青眼のイケメン。にっこにこ笑いながら私を見ていて、こいつ、そろそろどかねぇかなと思っている。
あたりを見渡せば木々、と血まみれで息絶えている魔物。
やつはそっと手を握って、一言。
「どうです? 役にたちますでしょう? 褒めてください! おっぱい揉んでもいいですか!?」
すかさずグーで殴った私は悪くない。
どうしてこうなったか。それを一言で説明するには、少々時間がかかる。
まず、私はこの世界の人間ではない。そこからだ。
私は堂島世津。おばあさんみたいな名前だとか言ったやつ、縊り殺す。年は17になった。もうすぐ18になると思う。黒髪黒目の性別女である。
いつものように学校へ行って、いつものように授業を受け、いつものように帰りのホームルームで担任の話を聞いていたところ、何が起きたか、瞬きひとつした瞬間に、異世界でした。
何を言っているかわからないと思うが、異世界でした。いや、私も驚きますがな。担任、前髪後退してきたなーって思ってた人がいきなり赤髪赤目のイケメンに変わりゃ驚きますがな。
召喚が成功した!とか何とか言っているけれども、私の頭は真っ白で、意味がわからないなか、裾の長い薄いダッフルコートみたいなの来たおじいさんがしゃがんでいる私に目線を合わせて微笑んだ。っていうまぁ、在り来りな異世界召喚ですよ。
私は乙女ゲームはしないが、ライトノベルは大好きだ!友人のひーちゃんは同じようにライトノベル大好きっ子だったし、りんちゃんは乙女ゲー制覇してるし、うっちゃんはRPG大好き。それら総合した私の脳みそは簡単に、異世界召喚をはじき出した。逃げたいと思ったのは言わないでおこう。
異世界召喚されたら基本的に王様あたりに面倒見てもらって、魔王だ何だとか言うのを倒して、聖女だなんだと崇められ、王子と結婚するってのがだいたいセオリー。
そう、だいたいその通りに進んだ。約1年で魔王を討伐せずに説得して、和平条約、不可侵条約を結んで立派に務めを果たした!そうして、王様に謁見した時だ。王様は私の意見を聞かず王子と結婚させようとしてきた。セオリーすぎて笑う。
だが、私はそういうのはお断りだ。王子にも選ぶ権利はあるだろう。だが、私にも選ぶ権利はあるのだ。
一言言おう、タイプじゃない。あの、建前しか話さないです、こうすれば女は落ちるんです、と言わんばかりの態度と台詞、顔、顔、顔。受け付けない。そして、小学校時代に私を虐めてきたあのクソ男にそっくりな顔。いや、王子の方が数千倍格好いいとは思うが、なんか、こうな、ふっとした瞬間に似てるんだよ。あ、殴りたい。
男の子は好きな女の子に意地悪しちゃうんだよって言ってたが、された方は憎くてたまらぬ。伸ばしてた髪を引っ張られ、ホラー映画に触発されて、あの幽霊と同じような扱いをされ、嫌だからと髪を切れば、男女!と笑われて!!!死ね。2度死ね。いや、永遠に死んでいてくれ。
話が逸れたが、とにかく私はあの王子だけは御免こうむる!と言ったはずだが、王様は納得しなかった。こうなりゃ勝手に旅に出よう。戻れないのならば、この世界を知ろうじゃないか。マサ●タウンにさよならバイバイではないが、旅に出よう。
荷物なんてほぼない。何しろ私には魔法がある。魔王討伐(仮)の最中、終ぞ言わなかったが、結構いろんな魔法を覚えたというか、うっちゃんが説明してくれたRPGの魔法を想像したら出来た。空間系もライトノベルを想像したら出来た。好意を抱いてくる系もりんちゃんのおかげでスルースキルが発揮された!!私はやり遂げたのだが、あの王様だけは覆せなかった。
いつもくっついてくる侍女さんに、疲れたからお昼ぐらいまで寝ていたいです。とわがままを言えば、今日くらいはとにっこり微笑まれたので、ドアを閉めた途端これ幸いと窓から飛び降りる。今日が祝の夜会でよかったよ。どんちゃん騒ぎとはいかないけれど、飲んだくれて寝ているヤツら多いだろうしね!
ザクザクと何度も想定した逃走ルートを歩き、城門を出て、静かな街並みをコソコソと抜け、いやっほー!!と両手を上げたところで声をかけられた。
「セツ! やっぱり来ましたね。踊った時にそんなこと言ってたのでお酒を控えていてよかったです!」
なんでここにいるんだド変態。
悲鳴をあげたい気持ちを抑え、振り向けば、金髪青眼のイケメン。いや、それだけならタイプど真ん中なんだが、こいつの性格が引く。
「あー、なんでいるのかね? アレンさん」
「だって、セツは王子妃になりたくないって言っていましたし、抜け出そうとしていましたし、好きな人のおっぱいを揉めるチャンスだからついて行くしかないでしょう! 大丈夫! ちゃんと騎士団は辞してきました。親にも説明したし理解も得ましたからね! 役に立ちますよ? 知ってると思いますが、師団副長も務めましたから」
こいつ、アレン・オルブライトさん。王国騎士団の師団副長でした。魔王討伐(仮)にも着いてきた実力者です。実家は貴族よりも力のあるオルブライト商会で、責任も跡目からも遠い三男坊。実家が実家のせいか、チャンスが来た時の欲望には逆らうな、欲しいものは自力で勝ち取れ、逃すな捕まえろ。という商魂たくましい人間で、魔王討伐(仮)の顔合わせの際、私に一目惚れしただなんだと言い出し、猛アタックしてくるド変態です。常に、おっぱい揉ませてほしい!と叫ぶ残念なイケメン。なんでこいつがいるのかね?
「くっ、この熱意を他の人に向けてほしい!!」
「無理ですね。だって私はセツが好きで愛していて、王子なんかに渡せませんし、おっぱい揉みたい!」
「最後の一言さえなければ完璧だよ、このクソ野郎!」
帰れ、ついて行くの押し問答を数分して気づいた。このまま朝になれば追っ手が来るだろう。変態が帰るのを諦めて、途中で捨てて行けばいい。大丈夫、きっと他のおっぱいに目が行くはずだ。ちなみに私のおっぱいは可もなく不可もなく標準サイズであることを述べておこう。
そうして歩いて、王城やらなんやらが見えなくなった頃、空が白んできた。そろそろかな、と思って歩みを止める。
「アレン、私は少々着替えるのであっち向いてて」
「隅々まで見ていたい」
「キリッとするな、首を逆向きに折るぞ」
「くっ、そんな事になったら念願のおっぱいが!」
「一応、衝立替わりになんか布で囲もう……」
木々に紐をかけ、城からパクってきた布を垂らせば簡易更衣室の完成。絶対に覗くなと念を押して着ていたドレスみたいなのを脱ぐ。適当に作ってみたインベントリから魔力で固めた衣類を取り出しゴソゴソと着た。いや、ドレスみたいなのって重いじゃん?制服的なのでいいのになーって思って魔法の練習してたら作れちゃったのよ。便利だね、魔法って。んで、ブラウスに胸の下切り替えのワンピース。そこまで短くないけど、多分この世界じゃ短すぎるんだと思うが、私は短めのスカートに慣れすぎてて、長いスカートは足に引っかかるんだよ。
ばさりと衝立替わりの布を持ち上げるとそこには、布スレスレでこちらを向いて座るアレンさん。
「ち、ちょ、うっわ、きもっ!!!」
「失礼な。私は周りに気を配りながら、セツがこの薄布一枚の向こう側で私がいることに安心し裸体を晒しているという状況を心底幸せに感じ、衣擦れの音で着替えの段取りを妄想して……丈が短くありませんか? え、何これ御褒美? 太腿舐めていいんですか?」
「ごめん、正直に言うわ。お前ホントに気持ち悪いな!」
ザリザリと音を立てながら近寄るアレンを蹴っ飛ばしたのは悪くない。こいつ本当に気持ち悪いな!ゴンゴンとどこかに頭をぶつけ、ピクピクしながら起き上がり、いつにない速さで向かってきたアレンは肩に手をかけ、珍しく真剣な……いや、いつもおっぱいおっぱい言ってる時も真剣だわ。
「破廉恥です。その魅惑の太腿は私だけが見れて、触ることが出来て、舐めれればいいので、今すぐ長くしてください。今すぐ! あ、でももうちょっと撫で回させてもらっても? 出来ればひと舐め!」
「今すぐ長くします」
心配してんのかと思った私が馬鹿でした。舐めれればいいとはなんなのかね。
インベントリから長さ調節用のスカートを取り出して胸下のボタンに付けていると、やつはやはり真面目に見つめてくる。
「……強調されていて、素晴らしいと思います。スカートはこのボタンにつけるのですか?」
「そうそう。…………やらせないよ?」
「読まれていましたか……承認を得た状態で腰に手を当てられて、更にはうっかりでおっぱいに触れられるはずでしたのに」
「ほんっとに残念だな!!」
残念な割には気が利く男で、軽口を叩きながらも布を外し、木に掛けていた紐も綺麗にまとめて小さなカバンにしまっていた。くそう、この変態ぶりさえなければ。
荷物もしまい、裾も長くなったので王都から遠ざかるように旧道を歩く。時たま行商人にすれ違うだけで平和なものだ。
「セツ、ちょっと失礼」
「は?」
平和平和と思っていれば急に引き寄せられる。なんだ?と思えば細い旧道を馬が駆けてきた。
「あぁ、手紙の早馬ですね。もうそんな時間ですか」
「良くわかるね」
「騎士団ではよく使いますし、実家は専用の部門もありましたかから」
「へぇ。…………で、いつまで掴んでいるのかね?」
馬が去っていったというのに、こやつはずっと腰を引き寄せ……抱きついたまま。頭一つ分ちょっと高いところに見える陽に透けキラキラする金髪と青い目は恐ろしい程に綺麗だ。大人しければイケメンなのに、その効果を一瞬で壊す性格が残念すぎる。
「……気づいていましたか」
「いや、気づくだろ」
「いい眺めだな……と、思っていました。こう、上に乗っかって、私のを挟んでくれればもう言うっっ!!!」
「その口を今すぐ閉じろ」
「急に頭突きは反則ですよ!舌を噛むところでした!」
「そのまま舌を噛んで死んでしまえ!!」
「嫌です! 舌が痛いと肌を舐めるのに苦労するでしょう!?」
「くそ! 離せ! 匂いを嗅ぐな!」
「タイミング最高ですね。いい時に馬が来てくれました……すぅ~…すぅ~…あ~セツの匂いです」
「うおおおお! ド変態! 離せ!!」
ゴスっという音と共に浮いた手からすり抜ければ、顎を抑えながら蹲る変態。肩で息をする女、周りから見れば何が起きたかと注目されているところだ。ここが人通りの少ない旧道で良かった。
二人してどうにか息を整え、何事も無かったように旧道を歩き出す。同じように行商人にすれ違ったり、手紙の早馬が通り過ぎたりしたが、特に何もなく、村も見えず、町も見えない道を歩き続けた。まぁ、歩けば腹も減るわけで。
「お腹すいた!」
「わかります。その辺で食事でも取りましょう。昨晩の夜会で出たものを密やかにくすねていたかいがあります」
「…なん……だと…? すごい!」
「セツのためならこのような事容易いです」
アレンは背負うカバンからひょいと包みを取り出し、私の手の上に置いた。物凄く重い。何を詰めたんだこいつ?と思うぐらいには重い。しかし、腹が減っては戦はできぬのです。
少し道をそれて座れるような広場があればとキョロキョロすれば、丸太の上に腰掛け、膝をポンポン叩くアレン。
「そのまま座ると汚れますので、私の膝の上をお使い下さい」
「下心が見えすぎているので遠慮します」
「まさか! 先程着替えたばかりなのに汚れてしまったら再び着替えるのでしょう?」
「まぁ、吝かではない……本心は?」
「膝の上に座ればお尻を堪能出来る。更には不安定なので腰を抱いて、うっかりでおっぱいを揉めると思う」
「ぜってぇ座らねぇからな」
微妙に距離をとって腰掛け、包みを開くと昨日の夜見た高そうな食べ物がもっさり出てきた。食べたいなーって思っていたけれど、次々話しかけに来るから口にしたのは水だけだったので、結構嬉しい。あーうま!と食べていると自分は食べずにニコニコとこちらを見て笑うアレン。
「……何か?」
「いえ、私手ずから詰めたものを食べている。いいなと思いまして」
「……変なもん混ぜた?」
「まさか! 決してそのようなことはしないと約束します」
「信用ならねぇ」
「なんと!」
しかし、食べ物に罪はないのだ。罪があるならば、こやつである。
このまま食べるか食べまいか悩んでいれば、アレンがお弁当を置いて立ち上がる。
「どしたの?」
「食べていていいですよ。……ただ、食べ物の匂いにつられたか、この辺りの警備隊の取りこぼしか……」
スラリ
愛用してるんです。と何度も説明を受けたその剣を鞘から抜くと、アレンは役に立つことをご覧に入れましょう!と単身魔物の前へと躍り出た。
で、冒頭に戻るわけだ。
きっちり全部倒しきり、ニコニコ笑うアレンはブレずにおっぱいおっぱい言っている。そこさえ無ければ最高なのに、どうしていつもおっぱいおっぱい言うのか。他のやつに向けと願うのに、たゆんたゆんのお姉さんに対し、脂肪の塊ですねと辛辣に言い、控えめな方に対して見た瞬間、鼻で笑った。こいつは一体なんなんだ。
「右ストレートがどんどんレベルアップしますね。私の奥歯がそろそろ折れる気がします」
「折れればいいのに……」
「ふふ、簡単には折らせませんよ…っと、馬の足音……これは騎士団で飼う軍馬の音ですかね」
「音違うの?」
「多少ですよ。聞き取れる方が少ないと思います。商人としての教育を受けてきたかいがありますね、そういう判断もしてきましたからね」
このドヤ顔がやたらムカつく。
「どうします? 走りますか? 追っ手とは限りませんがセツの顔は知られていますからね。騒ぎにはなりますよ」
「うーん、やってみたい事あるからやってみようと思う」
そう言って、殴った右手でアレンの左手を掴んだ。
「なんと、セツから手を握られた…!! これはもう求婚という事では!?」
「舌を噛んで死ねばいい」
その瞬間に浮けと念じれば、ぐわりと胃が浮くような感覚。ヒィと情けない声が聞こえた気がするが気にしない。
「な、なな、何をしたんです!?」
「いや、空中に浮けるかなって思った。最終的には転移してみるつもりだけど」
「手を離した…ら?」
「今の状態ならアレンだけ落ちると思うよ?転移中なら訳の分からないところに置き去りもあると思う」
「絶対に手を離さないでくださいね!」
「あ、離したらこいつ消えるな。よし、離そうそうしよう」
「ダメです! ダメですからね!」
ピイピイ泣いている姿は可愛らしいのに……二言目はおっぱいだからこいつどうしようもない。
そうして少し浮いていれば馬が見えた。先程までいた丸太のそばに数名の騎士。
「……あれは近衛兵です。マントのラインが赤色でしょう?騎士団の近衛兵の中でもより上の者です。セツが居ないことに気づいて、騎士団が街中を探している時、途中我々とすれ違った行商人に聞いたのでしょう。関所などに通さぬようお触れを出している可能性がありますね」
「意外と早かったなぁ……」
「そういえば、セツはなんで馬を使わなかったんですか?」
ふよふよと浮いている最中、聞かれたくないことを聞かれた。聞きたいことは全部勝手に話してくれたんだが、聞かれたくないことを聞かれた。
「………から…」
「はい?」
「……乗れないからよ!」
「なんですと?という事は、二人乗り! ぴったり密着、落ちないようにしがみつく! 後ろならば胸がつく! 前なら問答無用で抱きしめられる! 匂いも嗅ぎ放題で……はっ! 当たっても不可抗力!」
「手を離していいですか」
「ごめんなさい、すみません、少し黙ります。高いところ怖いです。自分の足ならまだしも、浮いているのは怖いです」
右手を握りしめ、ふるふると仔犬のように震えるアレン。弱みを見つけて若干嬉しいがいつまでもこうしている訳にはいかない。南はどっちだっけなとキョロキョロしていると、がしり、と音がせんばかりに抱きつかれた。
「今、手を離しかけましたよ!」
「あー、気のせい気のせい」
「いえ、絶対手を離しかけ……」
言葉が途切れるほど怖かったのか、やりすぎたかなと思った私が馬鹿でした。
「この体制、ちょうど顔が胸の谷間にうもれることが出来ますね」
今すぐ手を離せ。