遠回りの恋
黄色く色づいたイチョウ並木が続く公園の入り口に立ち、俺は呆気に取られていた。
ドラマのロケに使われていて、テレビの画面越しに見たことがあったけど、実際に目の当たりにするとこれほどとは思わなかった。
「すごいな~」
気がつくと感嘆の声が口から出ていた。
「そうでしょう~。連れてきたかいがあったわ」
隣で嬉しそうに笑う彼女。その横顔に幼馴染みの面影を見つけて、俺は何ともいえない気持ちになった。
◇
俺には幼馴染みで親公認の仮の許婚がいた。
幼馴染みとは同い年だったことと、曾祖父からの因縁により、両親から結婚することを願われていた。
だけど、お互いにそんなことを考えずに、社会人にまでなった。
幼馴染みに変化が出たのは社会人になってから。大学までは真面目に過ごしていた幼馴染み。それが髪を染めたり服装に気を使うようになった。綺麗になっていく幼馴染みにさては彼氏が出来たのかと思った。それなら、俺達で先祖の悲願は叶わないだろうと思っていた。
なのに、いつまでたっても幼馴染みに男の影は見えなかった。たまに遅く帰ることもあるようだったけど、それは会社か友人との飲み会のどちらかだった。朝帰りするような相手はいないようだった。
幼馴染みが28歳になった時に彼女の母親がキレて、『30歳までに良い人が出来なかったら俺と結婚しろ』と言いだした。待ってくれている俺に悪いからと言っていたけど、それは誤解だ。
多分、俺に女の影が見えないのが悪かったのだろう。別に、俺は男好きで女に興味がない性質ではない。今までにつき合った女性がいないわけでもなかった。だけど、大体3回会うと女性に振られてしまうのだ。彼女達に言われる言葉はいつも同じ。
『あなたは私の事を見ていない。他の女性の影を追っているのね』
俺にはそんな女性はいないと言っても信じてくれずに、彼女達は離れていく。
幼馴染みとの結婚話が出た時に、どうでもよくなっていた俺は「いいよ」と答えた。幼馴染みは俺に『もっと真剣に考えろ』と怒ったけど、幼馴染みも先行きに不安があったのか、『30歳までにお互いに良い人が出来なかったら』と承諾した。
幼馴染みとなら穏やかに暮らせるかもしれないと思いだした頃に、事件は起こった。
いや、本当は事件でもなんでもない。幼馴染みが変わろうとしたきっかけの人物が現れただけだった。彼は、7年の時間をあっという間に飛び越えて幼馴染みを捕まえて連れ去ってしまった。
俺なりに抗おうとしたけど駄目だった。幼馴染みは俺が見ている前でそいつを選んで車に乗り込んでいった。幼馴染みが去っていくのを呆然と見送るしか出来なかった。
俺はその時の衝撃を忘れない。あの時に幼馴染みが彼を選んで去っていったことに安堵したなんて。
自分の部屋に戻り今までのことを振り返って、そしてやっと気がついた。
今までの彼女達の言葉。幼馴染みに対しての気持ち。そのもとになった彼女への思い。
今更気がついてどうするんだ。
その彼女はここにはいないのに。
◇
イチョウ並木のある公園の近くの喫茶店に二人で入った。彼女は少しはにかみながら話をする。俺の返しに、嬉しそうに笑ったり、目を見開いて驚いたり、表情がクルクルと変わって楽しそうだ。
会話が途切れて沈黙が降りても、その時間でさえ心地いい。
今更だけど彼女に告げてもいいのだろうか。
君が好きだと。
ずっと待っていてくれた君に、遅くなってごめんと言っていいのか。
それとも、今日のこれは慰めのために連れ出して、付き合ってくれているのだろうか。
◇
幼馴染みとのことは彼女と母親の喧嘩別れに終わってしまたことが残念だった。俺とは円満に別れることが出来たから、尚更だった。
幼馴染みが申し訳なさそうに謝ってきたけど、俺も俺の家族も幼馴染みの結婚を祝福した。先に俺が自分の気持ちを家族に話しておいたのも大きかっただろう。ただ、流されて結婚を決めたのだということを。
俺の家族も「先祖の悲願」という言葉に踊らされていたと、逆に俺に謝った。自分たちが結婚しなかったことが負い目みたいになり、追い詰めるように俺達に託していたと、気がついたと言ってくれたのだ。
幼馴染みは彼の転勤(一時的にこちらにきていたらしい)について、地元を離れることになった。
彼らがこちらからいなくなる前に、三人で話しをした。幼馴染みと俺はそれぞれの胸の内を語りあった。笑って話が出来て良かったと思うけど、幼馴染みは何度か何か言いたげにしていた。
結局、幼馴染みの言葉は聞けずじまいに別れることになったが、俺も幼馴染みたちが地元を離れた1週間後に地元を離れた。
俺に転勤の話がきたのは9月に入ってすぐのことだった。転勤はこの会社に入って3度目になる。2回ともかろうじて自宅から通える所だったが、今回は片道3時間はかかるところへの転勤だ。残業次第では帰れない日ができるだろうから、会社のそばに部屋を探すことになった。
移動して1週間。取引先で彼女と再会したのは、先輩に連れられて挨拶周りに行った時だった。
椅子をガタリと鳴らして立ち上がった彼女の姿が、今でも忘れられない。
大きく目を見開いて俺の事を見つめた彼女は、見る間に目を潤ませて泣き出してしまったのだ。
その場を何とか取り繕って、後日に彼女と会って話しをした。彼女は周りに誤解を与えるようなことをしてごめんなさいと謝った。
幼馴染みの妹である彼女は今回の俺と姉のことをもちろん知っていた。だから、転勤を受け入れた俺の気持ちを慮って泣いてしまったのだろう。昔から感受性が強いところがあったからなと、思った。
これをきっかけに二人で何度か会うようになった。
◇
喫茶店を出て公園内をゆっくりと散策をする。そこかしこにカップルの姿が見えた。傍から見れば俺達もカップルに見えるのだろうと、思いながら歩いていた。
◇
彼女は何も言わなかったがあれから彼女の会社に行くと、男性からは目の敵にされ女性からは期待の眼差しを受けるようになったのだ。
何をどう説明したのかわからないが、彼女の気持ちは男達の眼差しが物語っていると思った。
◇
彼女の部屋まで送り帰ろうとしたら、引き留められた。「お茶でも飲んでいって」という言葉をそのまま鵜呑みにするほど、俺だってバカじゃない。
部屋に入り、落ち着かなげにお茶の支度をした彼女。向かい合って座っても、視線を彷徨わせて、目を合わせようとしない。
唇を何度も湿らせて言葉を発しようとするけど、いざとなると言葉が出てこないようだ。
俺はテーブルの上に置かれた彼女の手をそっと握りしめた。
そして、俺の今までの気持ちを告白した。
「幼馴染みに君の姿を重ねてみていた」と、言ったら「普通逆でしょ」と言われてしまった。
だけどこれが偽らざる気持ちだ。幼馴染みのことは嫌いじゃなかった。「先祖の悲願」という呪いと、結婚は年上からという彼女たちの母親の思いから、彼女の気持ちに気がつかないふりをしていたのだ。
彼女は俺より2歳下だ。いつからか、彼女の視線に熱いものが混ざっているように思っていた。だけど、それを気のせいにし続けてきた。身近なお兄さんに憧れる一過性の思いだと思おうとした。
彼女が大学を出ると同時に家を離れた時に、寂しい気持ちと共にホッとしたのを覚えている。あのままそばにいれば幼馴染みとではなく彼女と関係を持ちそうになっていたからだ。
それが間違いで罪だと思わされていた。
呪いとはよくいったものだ。「先祖の悲願」を達成するというのなら、別に幼馴染みとではなく彼女とでもよかったわけなのに。
俺の言葉に彼女は泣きだした。「自分も呪いにかかっていたんだね」と言って。
「こんなことなら、お姉ちゃんに遠慮しないでさっさと告白しておけばよかった」
「俺も自分の気持ちに素直になっていればよかった」
そうして俺達は抱き合って泣いてしまったのだった。
◇
しばらくして涙が引っ込んだ頃、かっこつかないなあ~と思いながら、俺は彼女に言った。
「一途で心優しい君に俺は相応しくないかもしれないけど、君のことが好きなんだ」
涙にぬれた瞳を俺に向けて彼女は微笑んだ。
「私も。あなたのことが大好きです」
ギュッと抱きついてきた彼女を抱きしめながら、幸せを噛みしめたのだった。
◇
翌週末。一応それぞれの親に交際することを伝えた俺達は、地元に呼び出された。
帰った俺達を待っていたのは、結婚までのスケジュール表だった。満面の笑顔で結婚式の話をする両家の両親の姿を見せられて、俺達は顔を見合わせた。
お互いに同じことを考えていると判り、二人でスケジュール表を破くと実家を後にしたのだった。
前作にあたる「私の中の情熱」と同じに、名前が出てきません。
おかげで、最初幼馴染みのことを彼女にして妹を女性にしたら、書いていて混乱してしまいました。
いろいろな思惑により回り道をさせられた二人ですが、幸せを手に入れられてよかったです。
・・・
に、なるんでしょうかね?
まだ、一波乱か二波乱ありそうな気がします(笑)
お読みいただきありがとうございました。