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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
9/100

天上露天風呂にて

  特別室の掃除は大変だった。

 普段は使わない部屋なんで手間取ったのもあるけど、部屋が大きいのが一番の原因ね。

 18畳の和室に3畳ある化け物みたいな床の間、4畳ある規格外に大きい広縁こうえん

 で、ダブルベッドにクイーンベッドが置いてある洋寝室。

 ガラス張りの内風呂に露天風呂、トイレも2つ(何でだろう?)

 しかも、離れで外玄関に内土間…後はえっとぉ?なんだっけ名前分かんない。

 それを瞳と九鬼さんの三人だけで全部掃除して備品のチェック。

 必死に動き回って、塵一つ許さない九鬼さんの駄目だしで何度もやり直し。

 メッチャ疲れた。


  「 あの~もう、2時半すぎてますけど… 」

 お昼のカツサンドの力が切れて、私も瞳も腹ペコだよぉ~


  「 ありゃ、う~んもうちょっと頑張って。一晩60万頂くんだから 」

 

  「 ろ…六十万? 」


  「 そうよ、ここで8名様お泊りなの。

    一人8万が正規料金だけど、お得意様だし4万はサービス…人数も多いしね 」


 60万と聞いちゃあ、もうちょっと頑張ろう。

  

  「 ああ、追加の5000円じゃあ、ちょっと合わないかなぁ… 」

 

 瞳は小さくぼやいたけど、私も瞳も直ぐに九鬼さんの言われた通り動き出す。

 中途半端で辞めるのはお互いに嫌いだもんね。



 「 はい、合格…でいいわ。ご苦労様 」

 九鬼さんがしっかりチェックシートを覗き込んで手でOKサインを出してくれた。

 

 「 やった~これで、ご飯ご飯! 」

 私は万歳して、瞳は膝に手をやってため息をついた。


 「 ああ、悪いけどもうちょっと後にしてお風呂に入って来てね。

   汗かいて気持ち悪いでしょ、

   それに今日はみけ達にも宴会の方の手伝いしてもらいたいし臭いのは駄目 」


 そう言って九鬼さんは鼻をつまむ。


 「 えええ!宴会の手伝いもするんですか?お部屋のお客様の御世話の方は? 」

  

 「 ああ、勿論両方ともやるしかないわね…突然だったんで人手不足だし 

   それと、もう1年近くバイトしてるでしょ?大丈夫よ~ 」


 そうやって、ニヤニヤ笑う九鬼さんに言ってやりたい。

 勘弁してくださいと…


 


  言われた通りお風呂に来たってか引きずられて来た。

 それもいつもの従業員用のシャワー室じゃなく、久しぶりの本館の天上露天風呂だ。

  「 今日は特別だからね…私も入るし 」

 と、ただ単に自分が入りたかった仲居頭のご意向なんだけどね。


  天上露天風呂って言っても、3階のお風呂だからそう高い場所では無い。

 設備も別館と違って、下足箱も近代的だし、脱衣カゴも無く鍵付きのロッカーなんで

 そこらへんは町のスーパー銭湯と大して変わらない。


 ただ、お風呂場の扉を開けると大きなガラスには濃い緑の森と初夏の濃い青のお空…

 気分いいからね、こんなの絶対。

 瞳は太々しいいつもの態度じゃなくて、子どもの様にはしゃいでかかり湯だけして湯船にドボン

 頼むから体ぐらい洗ってよ。


 私は水は苦手だけど温泉のお湯は別…暖かいしね。

 洗い場で黒炭こくたんしずくっていう地元のシャンプーで頭を洗う。

 ポニーテールだから長い髪の隅々までちゃんと洗う。

 気持ちいい…昔は舌で肉球舐めて撫でつけていただけだもん蚤も取れなかったし。

 んで、人間の女の子の中でもきっと上位に来る珠のお肌を泡だらけにして

 ふわふわした感触を楽しみながら洗った。


  瞳が大きな砂の岩の様な大きなタイルが敷き詰められたお風呂を平泳ぎしている。

 私は、ゆるゆると湯船にゆっくりと滑り込ませ体を左右に振る。

 別に意味はないけど昔の記憶がそうしているんだろう。

 暫く温まったら、瞳を誘って外の露天風呂へと出かける。


  九鬼さんが檜の浴槽の縁に座って少し日差しが柔らかくなった6月の空を見ていた。

 50代ってのが嘘としか思えない肌の張りの上で丸い水滴が

 低くなって来た日差しで乱反射している。

  16歳の私から見ても凄く綺麗なお肌だった。

 だけど、目鼻立ちもしっかりして小皺も目立たない美人としか言いようのない九鬼さんが、

 いまだに独身とはちょっと寂しい感じがした。

 

  ま、思ったのは一瞬だけ。

 私は、黄昏ている九鬼さんの手を取ってそのまま檜のお風呂に体を沈めた。


  「 歳取りますよ、そんな所で黄昏ていたら 」

 って、余分な一言を言って九鬼さんに頭をはたかれた。


  初夏の少しくすぐったいような午後3時半…

 同い年の瞳と本当は死んだお母さんを思わせる様な九鬼さんとの

 真っ青な空の下で、少し暖かい風を頬で感じるの16歳の出来事。


 私は、きっと年を取ったらああ若かったんだなぁ…っていつか振り返るんだろうなぁ。







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