理由なき感情
私は息を潜めてスピーカーで剛ちゃん達の会話を聞いている。
盗聴の趣味の人は凄く多いって聞いてるけど、理解できる気がするわ。
いけない事をしてるんだっていう背徳感と
当事者同士でしか味わえない緊迫感もその場にいる様に感じられるし…やだ、癖になりそう。
自分たちが体育座りしている板張りの下に隠しマイクがあるとは思ってもいないだろうなぁ…
”うちに興味があるんか? なんで? 一回りも上のおばさんなのに?
ほれに、旦那もおったし中古だし…何がどう間違ったら興味あるん? ”
星の光に照らされて息を潜めていた私には最初の言葉からして刺激的だった。
「 一回り上のおばさんに興味あるってマザコンかって思うわ 」
掠れた小さな声で九鬼さんが呟いた。
「 剛ちゃんはマザコンって言うよりシスコンみたいですけどね~ 」
瞳は、この間の熊田家での二人の態度から仲が良すぎると思っていたからだ。
変なアニメじゃあるまいし、
” 本物の姉弟なんて普段は家庭内での実利や年長側の傲慢な態度もあって結構仲が悪いもので、
それでいて当たり前に助け合う宿命を持った存在だ。”
中学の時の友達がそう言ったから間違いないだろうなぁ…私は一人っ子だけど
「 まあ、あのお姉さんなら分らんことも無いけど… 」
気だるげに九鬼さんが首を振る。
「 そうはいっても愛も化け物並みに見た目は若いからねえ…
お姉さんでも通用するって感じだからシスコンでも普通に好きになるってのもあるだろうし 」
”50過ぎで30代に見える貴方のほうが化けものですが”って瞳は苦笑いした。
「 興味があるって言っただけじゃないですか 」
「 あのさ、普通にそうでしょう?
だから、鈍い愛でも気が付いてるから自分の事を中古品って言うんだよ。
相手は16の子供だし、三十路間近の愛に本気になってるか確認したいんだろうね。
それでいて相手を傷つけない結構慎重な物言いだよ。
こういう言葉は相手のことを好きになっていないといえない言葉だし、
実際の所はさ、既に告白が始まってると同じなんだよね 」
「 え? 」
小山内愛の言葉には瞳が聞いても、何か大人が子供に対して言う言葉なんだけどって思う。
ましてや…愛が剛一郎のことを好きだとは到底思えなかった。
「 だって、興味あるって言われたらさ、その気がなかったら”私の何に?”って聞くでしょ 」
そっか…瞳はそれ以上は追及を辞め、九鬼も黙り込んでいた。
どうせ、このまま聞いて行けば当事者が全て説明してくれるのだから。
それから二人はお互いの境遇を話し始めた。
星空の魔力かどうかは別として28の女性と16の高校生の会話にしては
かなり微に入り細に入り話しているなと瞳は思っていた。
愛が愛知県の離島出身というぐらいは九鬼の家で聞いてはいたが、
旧家の大きな網元の娘だとか、中学時代は結構やんちゃしてたとか、
子供時代の島での暮らしや島での友達との学校生活など嬉々として話して
38で島に来た南先生が学校の寮母さんをやっていた話などや
実家を飛び出して暫く寮に暮らしていた愛さんの青春時代なども聞けた。
太平洋の暖かい陽光の中で、海が広がる離島で
凄くのんびりとして幸せな時間を過ごしていたんだなぁと感じる内容だった。
対して剛一郎の話は人生経験が少ないので大したことではなかったが
小さな時から姉に世話をされていて、半分母親みたいなもので
濃密な姉弟関係であったことや、愛に姉の恋人の話もされたが
そういうのは全くいないって言うか気配すらないって話だった。
自分のためにいろいろ犠牲にしてるんで申し訳なさそうだった。
「 彼氏ぐらいたっぷりいたと思うわよ…ちゃんと陰でこそこそさ~ 」
九鬼さんが鼻で笑っているのがちょっと癪に障ったけどそんなものかなとは思った。
あれだけ綺麗じゃあ引く手数多だし…聡明そうなので上手くやってるんだなと勝手に思った。
ひとしきりお互いの事を話していると
時たま、”みけ”や珠美、木田ちゃんの話なども出るけど何故か私の名前が出ないのに
少し嫉妬を感じた。
この間…えっと…なんだっけ
瞳は、今と同じように真っ暗な中で誰かと楽しそうに話をした様な気が一瞬した。
相手は忘れたけど何故かふと思い出した。
はるか遠い過去でもつい最近の事かも詳細には何も思い出せなかったが、
妙に胸の奥が高鳴った様な気がする。
プシュッと音がして九鬼はゆっくりと静かにビールを飲み始めた。
「 ん 」
右手でチビチビ飲みながら瞳にはジンジャーエールの缶を渡した。
特に会話は無かったが、
二人の会話は腰を据えて聞いた方がよさそうだった…既に20分が立っていたし。
途中で”限界知らず”を後にしてからどのくらい時間が経つんだろうか
専務の部屋で…えっと、なんかプレゼントの話だったなぁ。
そのほかにも何か話した気がするけど…よく思い出せない。
部屋を出て…ぶらぶらして”限界知らず”に戻ろうとしたけど
九鬼さんに呼び止められてこの部屋にいるんだっけ?なんでだろう
ついさっきの事なのにぼんやりとしか記憶が戻ってこないや。
それに、この気持ちなんだろうか…愛さんと剛ちゃんが仲良く話しているのを
ずっと聞き続けていると…最初は興味津々で面白かったけど
今は…物凄く孤独感があるし何かを失うような気持になるのはさぁ。
私の気持ちが沈んでいくうちに少しくらくらしてきた。
足元がふらついた上に真っ暗な部屋の中で私は足を踏み外して壁に体ごとぶつかってしまった。
少し妙な音がしたけど私みたいな小さな女の子がぶつかったところで何もないだろう。
いや…何か気分が悪いわ。
剛一郎君と愛さんの事なのに私はどうしてこうも気分が悪くなるんだろうか。
「 僕…愛さんの事が好きになったんだと思います 」
壁に体を預けてその言葉を聞いて呆然とした。
当然、そんな告白になるって分かっていたのに何故か涙が出てきた…どうしてだろう?
私は、鼻水や涎が出るほど声もなく泣いている事に気が付いて
箱ティッシュを凄い勢いで引き抜くと鼻をかんでは涙をぬぐった。
「 え… 」
九鬼さんの凄く驚いた声が印象的だった。
それから、スピーカーから聞こえてくる声がよく聞き取れなくなってくるどうしてだろう?
少しも楽しくないし
どうして足が震えてるんだろう?
暫くすると、九鬼さんの携帯のバイブレータの起動音が聞こえてくる。
「 はい? 」
九鬼さんは、その電話に出ると真っ青な顔になった。
私の方を見て肩を叩いてこういった。
「 瞳ちゃん、愛たちの会話が旅館中のスピーカーから流れてるって浅間さんが…
外に流れるはずないんだけど…どちらにしろ二人は止めてこない… 」
九鬼さんの言葉が終わる前に私は部屋から飛び出した。
部屋の入り口でなく、サッシを開けて外に直接飛び出した。
勿論、二人を止める為だけど、それ以上に何かが突き動かす感じがあった。
夜露に濡れて滑りやすい芝生に裸足で降りて、
力の入らない両足をまわして、ウッドデッキに必死に向かう。
ほんの数十メートルが数百メートルに感じた。
目の前に剛一郎君をヘッドロックで拘束している愛さんを見たときには
本気で愛さんに危険な感情を持ってしまった。
好きでもないのに…どうしてって思うけど、体が何故かそうやって動いた。




