宴会が入っちゃった
お腹がグ~となって12時になったのが分かる。
平日ならお昼休みで、
昨日の晩から仕込んでたおかずを詰めたお弁当を開けて、窓際の席を借りてお昼ご飯にする。
底辺高校の生徒はお金はあるが、家庭環境はあまりよくない子が多いので
かなりの子は高校では珍しい学食で食べるから、
自分の席でなくても仲のいい女子に声かければ空けておいてくれる。
天気のいい日なんかはご飯食べて、そのまま寝ちゃうんだ。
昔はゴミ箱の上だったし、ご飯も残飯だったけどその習慣は同じだったね。
温かい日差しで鼻がムズムズして机の上の腕に擦り付けて…気持ちがいいんだ。
お昼時は頭は空だけど、体力のある男は外で遊んでるし
女子の方は学食で安い(60円)のコーヒーか紅茶で雑談に花を咲かせている子が殆どで
教室には数えるほどしか人がいない。
私と同じで友達がいないか少ない子だろうね…スマホでゲームかマンガ読んでるって感じ
なので静かだしお昼寝には最高なんだよね…ぇええ!
「 何ですかこれ? チェックって確認したかどうかって意味だけじゃないんですよ。
旅館やホテルのチェックっていうのはね、お客様さまが納得するかしないかなの。
ほれ、ここなんかまだまだ… 」
って言いながら、九鬼さんが和室の床の間の付け書院(って言ったけ?)の天板を指で拭く。
「 でしょ?埃つくなんてお客様気分悪いでしょ? 」
指に着いた少しだけ白くなったものを私に見せる。
いやぁ…一応拭いたんですけど…そこってほぼ飾りみたいなもんだし。
「 まあ、今時ここで読書なんて普通しないけど外国の人なんかは
本でかじった知識で結構知っていてここでパソコン開く人いるのよねぇ… 」
「 パソコンですか? 」
「 そうよ、まあ間違いじゃないけど窮屈よね。
大昔はテーブルや座卓っていうのが無いか貴重だったからここを使ってたけど、
いまじゃあ明り取りの飾りみたいなもんなんだけどね。
でもね、そうであっても汚れているのは言語道断ですよ 」
ちょっと優しいいい方で私に注意する。
何があったか知らないけれど、専務さんの所から戻って来たらニコニコ顔で機嫌がいいみたい。
私と瞳は一応、あれから残りの部屋の掃除をしてチェックまでしたんだけど
九鬼さんは機嫌が良くても私らを連れて再度チェックを開始し始めた。
ああ、お腹空いたなぁ…でも、お昼は1時半って決まりだから文句は言えない。
こんなにお腹すくなら、朝ご飯もう少し食べても良かったかなぁ…
私はそれを言われて付け書院を丁寧に掃除しなおす。
瞳は、指の跡が拭き取れてないって事で大きなテーブルを目を凝らして拭いている。
「 まあ、そんなとこね…畳も廊下もお風呂場もちゃんとしてたし
見落としがちな地袋の中や、押し入れの浴衣入れもちゃんとしてたしねえ。
南たち(大学生のお姉さんバイト)に比べればしっかりしてるわねぇ 」
そう言いながら九鬼さんは空のポットに水を入れ始めた。
「 え、それって乾燥してお客さんが自分で… 」
「 まあまあ、ちょっと休憩にしましょ。12時半でお腹も空いてるでしょ? 」
九鬼さんの言葉に少し驚いた。
勤務時間内は仕事だからべちゃくちゃしゃべらない!
とかぼんやりしてるな!って怒るのが口癖なのに。
瞳もテーブルの上に湯呑を並べだしたので手を止めて九鬼さんの顔を見上げた。
「 どうしたんすか? 」
「 うん?まあ…今日は4時過ぎぐらいから忙しくなって休憩も取れなくなるから
今のうちって思ってね。
急に宴会が入ったの…たまたま空いてた本館の大広間使ってね。
ほら毎年来る…クラインさんとこの従業員さん
今日はなんかの打ち上げみたいで急遽って事らしいけど 」
「 え?だって客室はいっぱいで…それに宴会の準備なんて聞いてないんすけど 」
「 まあ、そうだけどうちのお得意様だし、専務の条件でもいいっていうから仕方ないのよ。
食事の方は、いつもお世話になってる業者さんが二つ返事で手伝いに来るし
部屋の方は…男性は大広間で雑魚寝で構わないって言ってるから。
女性の方はここの特別室と本館の特別室を借り切ってくれるしね 」
「 はあ…でもそれって 」
特別室ってのは一人6万8千円以上の超贅沢な部屋で別館に1部屋、本館に2部屋ある
いくらうちが繁盛店だって行楽シーズンでもない今日なんか
鍵が閉まってる状態なんだけど…
「 はい、特別室の掃除もこれからします。
念入りに1時間近くね。別館は一人8万するからお値段に見合うだけ念入りにね 」
「 ええ!お昼の前に? 」
私のお腹が悲鳴上げそうだった。
「 だから、その前に休憩ね
でも、本館の方は戦場みたいらしいわよ、さっき目が血走った業者さんがバスで乗り付けてたし
まあ、うちは特別室の掃除とその接待が主で、宴会の方はお手伝いだから
まだ気が楽だわ。
ああ、それと専務から差し入れねカツサンドだけど… 」
そう言って九鬼さんは持ってきた紙袋から市内の有名なパン屋さんの箱を取り出した。
私も瞳も急にお腹が…
「 あれ、でもそんだけ忙しくなるってのになんで嬉しそうなんですか? 」
すると、九鬼さんが満面の笑みで答える
「 だ~て、専務さんから言った条件に私のマッサージも入っているもの。
今日は直々に社長のベスさんに念入りにってね。
いいのよね~あそこのマッサージ
毎年新人の研修って事でロハ(タダ)でやってもらえるんだけど一気に若返るもん。
それが大先生の社長直々だもの楽しみだわあ 」
九鬼さんは湯呑に持ってきた紅茶のティーパックを入れる。
ここら辺は雑なんだよなぁ…自分の事って。
「 そうすか… 」
なんだよ自分の楽しみのために飲んだんかよ…本館の仲居さんも大変だ。
別館務めだって仲居頭の命令は絶対だから、
専務さんが九鬼さんを取り込むために出した条件だろうなってのは容易に分かった。
「 それでね、急なんで人が足りないのよ…内緒で10時まで仕事してくれない?
あ、明日も大変だから今日は泊まりで良いわよ。
南や他の子は社長の家や社宅の子の所で泊まるから、あんたたちは私の弟子だから
うちで泊まっていきなさい。
社宅でも一軒家だもんうちはさ… 」
「 ひええええ、労働基準法違反じゃないんすかそれ 」
「 合計8時間以内なら問題ないし、10時前までには宴会も切りつくし
そうね、宴会が始まるのは7時だから…えっと、ひい、ふう、みい… 」
いやだそれ、お兄ちゃんたちお腹減らして待ってるんだけど…
それに指追って数えるのやっぱり昭和の人なんだなあ。
「 お昼2時半でそこから休憩して5時半から勤務すれば問題ないじゃない?
泊まるんで拘束って事になるけど…まあ、旅行で泊まりましたって口裏合わせれば… 」
「 あの~どこの世界にバイト先で旅行になるんすか? 」
「 瞳~バイト代さぁ特別に5000円余分に付けるって専務が… 」
「 やりますやります!家に帰っても誰も待ってないし! 」
瞳の顔色がバラ色になった。
お金か…って私らもお金になるから来てるんだけど…
「 うちはお兄ちゃんが…お父さんも…お腹減らして 」
「 あら、うな重3人前で話つけたけど? 」
私は言葉を失った。
お兄ちゃんたちってば、私の頑張って作るご飯より、出来合いのうな重の方がいいの?
って思ったけど、
私の学費でヒイヒイの家計の私んちがうな重食べるのなんて夢だもんねぇ…しょうがないか。
しかし九鬼さん、流石に仕事が早いや。
私は少し不満には思ったけど、専務さんの差し入れのカツサンド食べて全て忘れた。
美味しいよねカツサンドって…
路地裏で冷え切って少し臭いトンカツを死に物狂いで取り合った昔を思い出して
少し涙が出たくらい美味しかった。