独身50代の仲居頭は恋をしている
仲居頭の九鬼さんは今日も元気で、別館のお掃除の割り振りをテキパキと指示する。
高校生の私らは主に客室の掃除で、本職の仲居さんのサポート。
本職の仲居さんってのは、今、目の前にいる九鬼さんだけどね。
因みに大学生のお姉ちゃんたちは、
九鬼さんの指示でかなりのおばちゃん仲居の堀さんが面倒を見ている。
廊下や客室以外のトイレにお風呂場と結構厳しくこき使われている。
まあ、私らと違って18過ぎのいい大人って事で時給も1200円だから、
こんな高額バイトは田舎じゃあ水商売ぐらいしかないんで
見た目不真面目でもきっちり真面目にやっているらしい。
さて、仲居頭という地位の九鬼さんが、
高校生の若い私らの面倒を見るのには実は訳がある。
ここを恩人のジャニスさんに紹介してもらった時に
九鬼さんが本館の事務所で専務さんに言われた言葉の性だ。
「 えっと、みけちゃんってあの高校ですか… 進学は? 」
最初の面接で対応してくれたのがこの旅館の専務さんだった。
あの学校って言葉に少し傷ついた記憶があるけど、
あとで専務さんからそんな風に思ってたの?って驚かれたけど別に意味は無いらしい
底辺校の生徒って私は劣等感が半端ないんだよね。
「 大学も短大も無理みたいです…
専門学校は遠いしお金がかかるし…下手したら専門の入試も自信ないです 」
実際の話、お金さえ積めばうちの高校の系列の大学に入れないわけじゃあ無いけど、
年間300万かかるって聞いてるから最初から選択肢には無かった。
「 そうか…ここらで通えそうな専門って学費だけで年150万くらいしますものねェ…
じゃあ、就職とかかな? 」
「 ええ… 」
その時は、卒業後の進路なんて専務さんに関係あるの?って思った。
「 ふ~ん、そうだ貴方、卒業したらうち来ませんか?
ジャニスさん御紹介だし、
身元もしっかりして問題ないですしね。それに丈夫そうだし器量もいい。
それに、知識だってうちでバイトするなら…あの人に頼めば一人前にしてくれるし 」
「 はあ? 」
いきなり高1で就職勧誘されてもと思ったけど…卒業後に苦労するぐらいなら
抑えでもいいかって軽い気持ちで返事する。
「 ええ、そうなったら嬉しいですね 」
「 試用期間はバイトで見れるんで必要ないか…初任給は高卒規定に準拠して
そうだなあ月20時間残業込みで18万ぐらい? 」
専務さんがその他の事も詳しく言ってくれたけど、流石に気が早いんじゃないの?
って思ってたし、半分も聞いていなかった
「 将来、正社員って事で仲居頭に厳しめに仕込んでもらいますが…
時給はその分見て930円ってとこでどうですか? 」
厳しめてっとこには大丈夫かな~って思ったけど時給の高さの方が耳に入って来る。
「 よろしくお願いします。がんばります 」
ってなやり取りで、別館にいる仲居頭の九鬼さんが呼ばれた。
因みに専務さんは30歳で、女将さんの息子さん。
その上、ハンサムで背も高いし…ま、一回り以上上だし男性としては見れないけどね。
ただ、九鬼さんはそうじゃないみたいだった。
事務所に入って来た時から様子がおかしかった。
頬が赤くなっておどおどしてたし、その上、声も少し裏返っていた。
そう言うのには疎い私でも、バレバレで分るほど専務に気があるのが分かるほどだった。
「 九鬼さん、この子あなたの方で面倒見て仕込んでください 」
「 あ、あああはいぃぃ!わかりました 」
その時の九鬼さんはその後胸を叩いて
「 ど…どんと!任せてください 」
って言って咳き込んだのを思い出す。
好きな人から頼まれたんで、しっかり今迄教え込まれているというわけだ。
ま、それでも専務さんには若女将…つまりお嫁さんがついているから
九鬼さんがどんなに頑張ってもなんともならないんだけどね。
「 ほら、遅い遅い…テキパキやらないと終わらないわよ! 」
と、今私に向かって言いながら九鬼さんは客室の玄関と下駄箱を点検掃除している。
瞳は、バルコニーに出ていそいそと掃き掃除をしている。
その時、開け放っていた扉から若女将さんが部屋に入って来る。
「 あ、おはようご…こんにちわ”みつき”さん 」
私が頭を下げて挨拶し、瞳は外でこちらを見ながら同じようにあいさつしたが、
九鬼さんの方は急にトイレの方に入って出てこなかった。
「 九鬼さんは? 」とキョロキョロあたりを見回したので、
「 えっと、今とトイレですけど 」と気を回してそう答える。
若女将は、専務より少し上の32歳で凄く頭が切れるって評判で仕事も出来る。
女将さんからも将来はうちの旅館を継いでもらいますって聞いているが、
容姿の方はパッとしない人だった。
不細工って訳ではないが、特徴が無いというか顔が薄いというか…
とにもかくにも男性として魅力的な専務さんとは見た目では全く合わない人だ。
「 そう、じゃあ出たら本館の事務所まで来るように言ってくれない?
専務が何か仕事の話があるそうみたいだからぁ… 」
その時、トイレの方からガタって慌てて何かしている音が聞こえて来る。
その物音を聞いて若女将は笑いながら
「 ああそれとね、私は同席しないからって言ってね 」
と言うとニヤニヤしながら部屋を出ていく。
若女将が廊下を歩く音が聞こえなくなって、トイレの戸がそっと開く。
「 自信たっぷりだわね…昨日今日来たのに私より長い間いる様な態度でさ 」
と九鬼さんはそう悪態をついて、
そそくさに玄関近くの姿見まで走って身だしなみをチェックしだす。
「 まったくさ~薄口しょうゆみたいな顔してさぁ。
見た目なら私の方がよっぽどいいし、坊ちゃんとは私の方が長いんだからね 」
と、聞きたくもない独り言を物凄く小さい声で呟いている。
普通の人なら聞こえない程だけど、耳の良い私には全部聞こえる。
瞳には何も聞こえないのが、ただ単に専務さんに気がある事は知っているので
嬉しそうに準備しているようにしか見えないんだろうなぁ…
私の方から見ると怖い顔してるんだけど。
見た目は若女将より九鬼さんの方が綺麗だし体形もいいとは思う。
見た目と同じように年齢が30半ばならそう思ってもおかしくは見えないけど、
いくら独身の九鬼さんって言っても、
さっき北村さんが口を滑らせた本当に50代ならちょっとなぁ…
親子じゃんって気にはなる。
「 ああゴメンみけちゃん。ちゃんと教えた通りやってチェック表でチェックしてね。
瞳もちゃんとやるのよぉ。
専務さんにお話聞いて終わったらちゃんとチェックしますからねぇ 」
そう言うと、スキップしながら客室を出て行った。
「 色ボケしてても手は抜かないんだ。流石に仲居頭だねェ…
でも、いい年した大人があんな満面の笑みでスキップするかねぇ… 」
廊下の先へ弾むようにスキップしながら小さくなっていく九鬼さんを、
廊下に出て腰に手を当てている瞳が呆れながら呟いた。




