可能性の芽を摘む
何の用事なんだろう…
私は、専務さんの執務室の前で首をかしげながらもドアをノックする。
旅館の新館のほうは、まだ新しいのでけれども、
そのドアは、マホガニーとかいう高級木材でしかも無垢材でできた
ところどころ黒く光って輝いているのが分かる凄く使い込まれた古いドアだった。
西洋の古いお城のものらしいく、値段も数百万はするらしい。
普段は倹約化で現実派の専務らしくない選択だけど、
このドアを見るたびに何か、不思議な世界にでも入っていくような気がする。
むろん気のせいだけど…
「 瞳です 」
「 ああ、どうぞ入ってきてください… 」
私は専務さんの何か嬉しそうな声に疑問を感じながら扉を開ける。
扉を開けると…専務さんはいつものように専用の机に座っていたが、
その横には、いつも見慣れている人物が立っていた。
「 え、剛一郎君…なんで? 」
もう夜も遅いのに…高校生の彼がいるのにはびっくりした。
まあ、私も高校生ではあるけれど…今日は商店街の大口取ってきた”みけ”のおかげで
今日は新館のいい部屋で泊まる事にもなってるし…夜の心配はないから。
「 なんでって言われても…夕方に専務さんから電話があって、
僕もついさっき専務さんにお姉ちゃんと連れられて来たばかりですけど 」
よく事情が飲みこめないが、部屋を少し見回して
「 で、早苗さんは今どうしてるのかな? 」
「 専務さんの家で、みつきさんとお話しされています。
僕とは別の用事があるそうなんで… 」
「 へえ…しかし、なんでこんな日に? 」
今日は、町内会の宴会とは別に通常のお客さんも泊まっているから結構忙しい。
何か用事があるなら普通は明日の方が…
「 ああ、それね…明日が用事あるからここに呼んで泊まってもらうことにしたんですよ
なにせ、日曜の泊りのお客様は一番少ないし、
”限界知らず”も今日の忙しさで今月の売り上げも超えてますし、だいぶ疲れるでしょうから
明日はこちらから強制的にお店は休んでもらいます。
愛さんも仕事ばかりじゃあ可哀想かなと思いまして… 」
何かまとまりのない話…あれ?
「 私って、何もしゃべってないんですけど 」
「 そうでした?何でこんな日にって言ったじゃないですか? 」
確かにそうだけど…そうだとしても
普通の話し方なら、明日の話より先に愛さんの話をするんじゃあ…
まあ、でも人の心が読めるわけが無いから偶然だよね。
「 ああそうでした… で、明日の用事って何です?
それと、愛さんが”限界知らず”をお休みするのとどんな関係があるんですか? 」
剛ちゃんも、初めて聞いたらしく目を丸くして専務さんの顔を見る。
専務さんはそんな視線を感じないかのように
ニヤニヤと笑って、手を机の上で組んで私に向かってこう言った。
「 つかぬ事を、聞いていいですかね瞳さん
貴方は、剛一郎君の事をどう思っています? 」
どういう意味か分からない…剛一郎とはこの間タクシーの中で仲良くはなったけど
特に親しい関係じゃない…まだ、ただの
「 クラスメイト… 」
と言いかけて、何故か剛ちゃんの顔が曇ったのを見てちょっと気を使って
「 で、その中でも最近いいお友達にはなりましたけど 」
流石に恥ずかしくて胸が高鳴ったけど、ほっと胸を撫で下ろす剛ちゃんには
少し首が傾いた。
専務さんの言ってる言葉は私と剛ちゃんの関係だろうなぁ…とは馬鹿でもないので分かる。
しかし、専務さんだって私が智彦の事を好きってこと知ってるはずなんだけど…
入ったころは、
仲居さんたちのいい話の肴だったんで、あのおしゃべりの浅間さんとかが
専務さんに話さないわけが無い。
第一、私と智彦が話しているのを生暖かい目でよく見てるし。
「 そうですか…一応、聞いておかないとと思いまして。
将来的に障害となりそうなのはあなただけですから…安心しました 」
将来的に障害? 安心? 意味が分からないんですけど。
「 えっと、私と剛一郎君と何かあるとでも? 」
「 いえいえ、そんなことは露程も思ってません。
が、可能性の問題として一応聞いておくんです…もう一度言いますけど
それ以上の感情は無いんですよね… 」
専務さんはそう言いながらニコニコと笑った。
「 ええ… 」
その時、少し頭の奥がチクッとした感じがしたような気がする。
「 なんですか可能性って 」
「 いやいや大した意味はもうないんですよ、それも今消したし…処置もしておきました
なにせ、愛さんは…大事な人ですから、これからはちゃんと手助けしたくてね 」
私がその言葉に頭を捻っていると、
「 剛一郎君は今日は泊まっていってください。
お姉さまは今頃、家内の話を聞いて明日は一日ここにいることになりますから。
勿論、もう遅いですが… 」
その時、部屋のドアが開いて九鬼さんと浅間さんがゆっくりと入ってきて
専務さんに頭を下げて
「 お部屋の方は既に準備出来ましたので、ご報告に参りました 」
最近とみに若返ったと評判の九鬼さんが、専務さんに笑顔で顔を上げた。
そういや…この人も50代だったけ泉さんと変わらない年だよねぇ。
それでも、九鬼さんの顔には少女の様な恥じらいがあって
滑々した肌からはとてもそうは見えない…南先生と同類の化け物に近い。
でも、九鬼さんてずっと前から専務一筋なのもあるかなぁ
好きな人がいるってだけで努力するもの女って。
「 で、お客様は? 」
「 この子ですよ…それにこの子のお姉さんもです 」
九鬼さんと浅野さんがマジマジと剛一郎君の顔を見つめる…で、私の顔もじっと見る。
「 でも、高校生じゃないですか大丈夫ですか? 礼二さん…
瞳もいるって事は彼女の知り合いって事ですよね 」
浅野さんが専務さんの事を下の名前で呼ぶの何て初めて見た。
「 大丈夫大丈夫…彼女の同級生ですけど、可能性の芽は取り払いましたから。
後は…”みけ”ちゃんですけど…
後見人のジャニスがいるから心配ないでしょう 」
剛ちゃんと私は何を言ってるのかよく分からなかったが、
浅野さんと九鬼さんが細身の剛一郎君の両脇をすっと近づいて持ち上げる…
「 あらら…軽いわね君って 」
浅野さんがそう言って笑ったし、九鬼さんなんかなんか目が泳いでいるように見える。
それより不思議なのはいきなりの行動なのに全く反応をしない剛一郎君に驚いた。
よく見ると、焦点の合わない目でマネキンのように突っ立っているだけだ。
で、私の方もそれを止めようとするけど、何故かピクリとも体が動かない。
駄目だ駄目だ…なにこの非現実感は…
目の前で起こっていることは紛れもない事実なのにまるで夢のように感じる。
「 ああ、瞳さん 心配しないでもいいですよ。
彼なら、今宵泊まる部屋まで案内されるだけで何もしませんから。
それに、その後で早苗さんでしたっけ?お姉さんもちゃんと送っていきますし。
迷惑ついでに特別なお部屋を用意して料理も豪華なものを用意させました。
何せ二人とも…いや、瞳さんには関係ない話ですから
それに、もう用事は終わりましたよ…可能性の芽を刈り取るのが用事でしたから
そうだ、
お礼もちゃんと用意はしてますよ。
何せ28パーセントの確率で彼と結婚する運命を刈り取ったわけですから 」
何を言っているのか全く分からないけど、全然わからない。
すると、ゆっくりと専務さんが立ち上がってパンっと手を叩くのが見えた。
「 あれ…? 」
瞳は、さっきドアをノックして今今部屋に入ったはずなのに…重い既視感を感じていた。
うっすらだが…ここには他にもいた様な…
でも、目の前には専務さんしか居なかった。
「 え…と 」
少し頭が混乱して瞳はどういっていいのか分からない状態になったが、
かろうじて挨拶をしなくてはと急いで頭を下げた。
「 まあまあ、緊張しないでください。
実は瞳さんにはですねちょっとしたプレゼントがありまして… 」
瞳はいくらハンサムとはいえ1周りも違うおじさんにそんな風に言われて身構える
( は?贈り物?私に?専務さんがぁ?…何よそれ…ひょっとして専務さんってば…
いや、そんなわけないか結婚してるし。
でも、みつきさんて仕事は出来るけど…御年だし…って事は高校生でピチピチの私に恋?
いや、ちょっとそれは…でも、ハンサムで背は高いしお金持ちで…まだ32だし
ダメダメ、私には智彦がいるし…でも、言い寄ってきたのが専務さんなら… )
恋愛はしたこともないし、智彦とは喧嘩ばかりする幼馴染で
男というものに免疫(16であったら怖いわ )が無いの瞳は少しパニックになった。
その様子を楽しそうに礼二は見ていたが、流石に可哀想になってか声をかけた。
「 あの…瞳さん。プレゼントといっても”みけ”ちゃんに、珠ちゃん、瞳さんに
西宮君の4人にプレゼントなんですけど… 」
その言葉を聞いて顔が真っ赤になって瞳は俯いた。
「 はは、そんな顔しないでそこに座ってくださいよ… 」
促されてソファーに座ると、専務さんがマジマジと瞳の顔を見てくる
( あれ…何か前にも同じようなことがあったような…面接の時かなぁ )
「 と思ったんですけど、男一人に女三人じゃあ危険ですよね。
珠美はいいとして”みけ”は怖いんでしょ貴方… 」
「 え… 」
「 だから、お目付け役で一人大人を連れて行ってらっしゃい… 」
? 瞳が首をかしげていると、いきなり大きな音を立てて重いドアが開いた。
「 何ですか?折角、いい思いして飲んでいたのにさあ… 」
凄まじい力が必要なはずなのに、
そこには風に揺らぐようにゆらゆらとした女性がとろんとした目で専務さんを睨んでした。
「 すいませんねぇ、ナディア…ちょっと引率をお願いしたいんですが…
ジャニスやベスに頼むとなると仕事の関係上面倒何なんで 」
「 はあ?私だって暇じゃないんですけどぉ… 」
酒瓶…しかもバーボンを片手に肩をトントンと叩いているナディアがそこに立っていた。
しかも、ろれつが怪しいほど飲んでいるみたいだ。
「 向こう、何年か謹慎でしょ貴方は…悪い癖出して… 」
ピクッとナディアは体を飛び上がらせ急にその場に座って泣き出した。
ここが、私と剛一郎君の運命の分かれ道になったことを知らず、
いい年をした綺麗な女性が号泣しているのをただ茫然と見ていた。




