目覚めたら
賑やかなお囃子に続いて、いかにも演歌らしい間奏が流れると、
「 は~玄界灘ぁ…ゲ…玄界灘ぁ~ 」
ギーちゃんの物凄く音痴なカラオケの叫びがラウンジの中に広がっていく。
南 亜紀は、その騒々しさに意識がゆっくり目覚めていき
少し目が開いたところで、体を揺する孝之の姿が見えた。
「 寮母さん寮母さん!大丈夫ですか?亜紀ちゃん、亜紀ちゃん 」
頭の中で孝之の言葉が半鐘のように響き渡ったところで意識が完全に戻った。
「 あれ…私ってば…どうしちゃたんだろ。そうだ…ナ…誰だっけ? 」
誰かとさっきまで話していたような気がするが、靄がかかったように思い出せなかった。
「 びっくりしたって、普段歌わない様な歌を凄くうまく歌って
みんなと楽しくお話ししたりしてたのに、いきなりここで寝込むんだもんな。
蟒蛇の寮母さんがカクテル3杯で寝込むなんて病気かって
心配したんだよ 」
「 何言ってんの? 」
全く記憶が無かった…旦那と今はテーブルで男性客の話相手している愛の見つめあい以降
何も思い出せなかった。
ただ、あの時感じた憤りというか愛に対しての不満や疑問についての心情が
驚くほど静かに落ち着いているのを感じた。
「 凄い!覚えてないんだ…寮母さんが酒に酔うって初めて見たよ…大丈夫?
気持ち悪くない? 」
大きな手のひらが亜紀の背中をポンポンと叩いて心配そうに孝之が顔を覗き込んでくる。
亜紀は、酒に初めて酔った自分が少しだけ何か恥ずかしくなった。
「 先生~大丈夫? あ…前、前! 」
”みけ”がすっと隣に座って亜紀の開けた浴衣をさっと閉じた。
「 あ? 」
まだ、ボケっとした意識だったが”みけ”の閉じた場所を見ている商店街の男たちを見て
一気に目が醒めた。
「 52のおばさんの下着なんか見て面白い? 」
と、亜紀が男たちを睨んだが、一様に手を横に振り、首も降る。
「 いや、大丈夫かな?って思っただけですから… 」
と、頬が赤くなっている。
( は~情けない…女性の経験も無いのかしら?
52歳の自分で言うのもなんだけどババアのパンツ見て興奮するって…変態だわ。
孝之の同僚じゃなきゃ…って、みんな年下? )
梶たち年配の男たちはギーちゃんたちに酔い潰されているので
一番上でも45歳の喫茶店の店主ぐらいしかいない…自分の見た目は別だが
相手の年齢はよく分かる。
( ま…いっか。油断した方が悪いし7つも下なら私から見れば子ども… )
「 お前ら、寮母さんは僕だけのものなんだから変な目つきは止めろよなぁ 」
孝之が亜紀と男たちの間に入って立ち上がった。
183センチの筋骨隆々の孝之がきつい目で睨むと、男たちは委縮して
口々に謝罪の言葉を述べながら頭を下げた。
「 亜紀ちゃん、これでいいか? 」
孝之がゆっくり座りながら、労わる様に亜紀に言葉をかけた。
「 う…うん 」
孝之に慰めるように頭を優しく撫でられながら…
亜紀は、さっき7つも下なら子供と思った自分が恥ずかしくなった。
愛してやまない23歳も下の旦那を子供と心の隅に思っているからなのだと…
そして、孝之が同じ目線の人間として自分を支えてくれているのを思い出した。
「 凄いですね…52歳の女性の人生って波乱万丈で 」
”みけ”が感心したように二人を見ていたが、その能天気な発想に
「 ある訳ないって! あの人は特別だって。
智彦を拘束してる泉さんと2つしか変わんないんだよ。
言いたくないけど、あの梶のおっさんも泉さんと同い年なんだし… 」
珠美が”みけ”の耳元でそう呟くと、
”みけ”は、人懐っこくて脂ぎって目が卑猥な梶の顔が浮かび、
( いやらしいが、”みけ”は天然で優しく小賢しくない所は気に入っていてる)
智彦の方を見るとむやみやたらにベタベタしている、
ひび割れた化粧にたるんだ二の腕、震えるお尻の肉…艶が少ない髪の泉
”みけ”は顔が引きつるしかなかった。
「 そ…そうよね。
南先生って異常だよね…化粧しない方が若く見える化け物だもん 」
「 そうそう、
普通ならあたいも”みけ”も52になったら泉さんぐらいまで劣化するって思う。
昔の泉さんの顔って知ってるでしょ? 」
「 う…うん 」
”みけ”は梶精肉店の店の商品棚のさらに奥にある机の上を見た事がある。
手提げ金庫に業務管理のパソコンが置かれた机の端に一枚の写真立てがある。
紺ブレザーにチェックのスカート、白いソックスに黒い革の靴。
風にたなびく髪を纏め上げながらこちらを向いて笑っている泉の写真…
それは若さもあるが、
今とは比べようも無い無垢で可愛く、それでいて美しい笑顔。
10人が見て10人が恋心を抱く様な壮絶な美人だった。
「 はっきり言って、あたいより美人だよね 」
珠美の言葉にうっかり首を縦に振りそうになるのを”みけ”は必死にこらえた。
でれでれと、自分の息子より遥かに下の智彦に絡みつきながら
空いた手で赤ワインを豪快に飲む。
「 しかし、落差スゲーなぁ…歳食うって残酷じゃん。
んで、あんな風に若い男に絡みついてさぁ…やだやだ 」
珠美の言葉を聞いているとき”みけ”は別の感情で見ていた。
( 泉さんて多分、智彦に対して男の子って感じじゃなくてさ
随分前に巣立った子供を重ねてるんだけだと思うんだけどねえ…
死んだお母さんと同じ眼してるもん )
とそこまで思った所で、南亜紀がいかに現実離れしている存在か理解できる。
( 旦那さん29歳、娘が10歳ぐらい…普通で釣り合うのなら…愛先生だもんなぁ )
その様子を、ソファーに腕を広げてジャニスと清美が見ていた。
「 なあ、あの人って人間なのかぁ? 52歳であの容姿ってありえないだろ 」
清美がジャニスに顔を向けないまま話すと
「 さあ、孝之君の紹介からもあまり会っていないから良くは分かんないですけど
ま、ハーフの小山内さん…に近いんじゃないんですかねえ 」
その声を聞いて瞳は首をかしげる
( 小山内さんがハーフ? 何をどう見ても背も低いし純粋な日本人にしか見えないけど?
それより人間なのか?ってどういう意味かしら… )
「 まったく、注意不足ですわよ 」
その時、背後からナディアの声が聞こえたと瞳が思ったと同時に
柔らかい胸の感触とすべすべした手の平に包まれる感じとともに意識が遠くなった。
「 しかし、この町も賑やかになった事だなぁ… 昔はただの山だったのにさ 」
清美は感慨深く呟いた。




