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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
66/100

ナディア

  ”限界知らず”に来た人々は

 さっきまでの飲み会でアルコールと料理で上機嫌、当然延長戦のつもりだ。

 ただ楽しく、元気に日頃の憂さを晴らしにと勢い込んできたのだが、

 死んだような顔をした愛と、能天気そうにいちゃつく歳の差カップルの間に流れる

 えも言えぬ暗く重い空気に息をするのも苦しくなる。


  「 おいおい、大丈夫かよ…小山内のねえちゃんがあんな風になるって信じられんけど 」


 既に常連として何度も店に来てバカ騒ぎしてるのを、

 上手に笑顔で立ち回る愛の姿を知っているギーちゃんは呟くが、

 清美もリンドも困ったような顔で見つめているだけだった。


  「 はいはい、暗い顔しない! 仕事場だよ! 」


 その中で、急に満面の笑顔で手を叩きながら愛に近づく人がいた。


 梶 泉 … 商店街の肉屋の女将さんだ。


  「 亜紀さんさぁ…積もる話もあるだろうけど、ここは愛ちゃんの仕事場で

   うちらはお客さんやろ?

   1 時間いくらに、グラス1っパイで数百円の商売じゃんか

   なにがあるかは知らんけど、終わってから存分に話したらいいじゃんか。


   愛ちゃんが一生懸命働いてうちらが金払って十分に楽しむそう言う場所じゃん。

   そこらへんはお互い大人なんやし

   若い旦那さんと飲む酒がまずくなるのも嫌やろ? 」



 すると、店で一番大きなソファーに陣取っているジャニスが笑いながら手招きした。


  「 ほら、あの天然のジャニスも気を使って呼んでいる事だしさぁ 」


 ジャニスは、更に気を使って両手を使って手前に引き寄せるように振ったり

 変顔をしたりして何とか気を引こうとしているのを見て


  「 ええ、そうね…話なら後でもできるもんね。

    御免なさい、あまりにも久しぶりなんで驚いちゃって… 」


 亜紀が、しっかり両手を前でそろえて何度も他の客たちに頭を下げ


  「 愛ちゃんもごめんね…仕事の邪魔して悪かったわ。

    それに… 」


 亜紀は、マジマジと愛の顔を見て


  「 別に攻めてるわけじゃないのよ、その顔見れば誰が一番損をしてるか分かるもの。

    ただ、どういう経緯かって事は聞きたいのよ。

    感情的になったのは謝るけど、それだけ心配だったって事なのよ。


    私も孝之君も何度も心配して連絡しようとしたんだけど無理だったから…

    何でも相談に乗るし、後でゆっくり説明してくれない 」


 亜紀の言葉に愛は凍っていた表情が僅かに緩み


  「 まあ、なんだ…同じ島に生まれて同じ時代を一緒に歩いてさぁ

    同じように島には帰れなくなったじゃんお互いにさ…


    島に残っている友達にはもう会えないし…

    同級生で会えるのって瑞希ちゃんとさ、愛ちゃんか和夫だけだって。

    それに、今でも… 」


 孝之の視線に、愛がハッとする。

 それは、本当にまだ自分の事を好いていてくれている視線だった。

 だが、勿論一番は亜紀であり、子供なんだろうが初恋の相手を見る目は独特で

 過ぎ去った時間が一瞬にして縮まる気がする。


  校舎裏、少し寒い潮風、角刈りで幼い顔を真っ赤にして告白してきた孝之…


 何で拒否したんだろう…愛の目に涙が滲んできた。


  


 「 ほら~、お酒が塩辛くなっちゃうわよ~ 」


 真顔で愛を見ていた孝之の横腹に、亜紀の肘うちが入るより先に

 そう言葉を吐きながら

 孝之の背中に柔らかい肉体がくねくねと張り付いて来た。


 「 ちょ…何するんですか? 」


 驚いて亜紀が絡みついている見知らぬ外人さんに文句をつけようとすると、


 「 馬鹿ねぇ…ここで肘なんか入れたら野暮でしょ?

   これはね、郷愁というもので彼と彼女にしかない時間なの…


   年上なんだし、嫉妬するとこじゃないわよ亜紀ちゃんでよかったけ? 」


 凄く小さな声ではあったが何故か亜紀には聞こえた。

 しかし、自己紹介も無くこの場で話の中でも数度しか言っていない亜紀の名前を

 かなり年上の筈なのにちゃん付けしてくるの亜紀は首を傾げるしかなかった。


 しかも、その場がまるで時間でも止まってるかのように

 孝之も豊満な体で絡みつく背中のナディアに気付いてもいないかのように動かず、

 周りの人間も固まったように動かない。

 しかし、周りの時が止まった光景の中でも

 ギーちゃん達は普通にこちらを見ながら顎をついて成り行きを眺めているし、

 ジャニスもこちらを興味津々そうに笑いながら見ている。


 だが、何故かそんな非現実的な世界の中でも、亜紀はその変化を可笑しいとも思わず

 ナディアの方を見つめていた。


 「 それに、彼が貴方から離れる事なんかこの先絶対に無いからさぁ、

   安心して好きなようにやらせれば?

   面白くないけど、この子のナンバーワンはずっと貴方だけだからさ 」


 それも同じように亜紀にしか聞こえなかったが、何も不思議には思わず

 まるで普通にその言葉を受け止めて、孝之と愛の二人を交互に見る。

 

 何故かそう言われると、孝之の瞳には郷愁と優しさしか感じられなかったし、

 愛の方には後悔の影も無いわけではないが、親しかった幼馴染の言葉に感動している

 という所にしか見えない。


( そうか…思い出なんだなぁ、これだけは私に入る余地は無いわ

  でもね、この女には言わなければならない事だけは言うけどね )


 「 そう言う事ね…彼には彼の人生があったんだものそこは尊重するけどさぁ 」


 何故か、孝之たちの雰囲気に流されて高校生の様な口調になった52歳の言葉に

 ナディアが首を傾げる。


 「 何? 」


 「 貴方が誰かは知らないけど、お節介すぎるし…私の旦那に乗っかる必要ある? 」


 そう声を掛けられても、スリスリと孝之の体に絡みつきまくり


 「 誰かって?ナディアって言いますのよ 」とのうのうと答えた。


 ( この人は…どこかジャニスさんに似ているな… )


 体形も顔もまるで違うし、身長だって日本人とそうは変わらないのに

 旦那に仕事先の取引先のお嬢さんと紹介された脳天気ジャニスを思い出す。


 「 名前なんてどうでもいいのよ…なんで、私の旦那に貼りついてるのかって言ってるの 」


 「 だあって、この子凄くいい体してるもん…いいじゃないのよ減るもんじゃ無し

   こんな筋肉質で…クンクン…あっちも強そうな匂いだわね。

   

   もうちょっと堪能してからちゃんと返すから 」


  少し半眼になって、舌なめずりしながら話したので亜紀の毛が逆立つ。


 「 馬鹿なこと言ってないで、直ぐに離れてよ!孝之は私のものだからぁ! 」


  血走った眼で大きな声を上げながら強引に引きはがそうと手を出すが、

  ナディアはその手が入って来る前にするっと孝之から離れて小さく笑う。


 「 いいわねェ…その年でそこまで本気で子供みたいにってのは羨ましいわ。

   心配しないでいいのよ、からかっただけだから 」


 「 からかった? 」


 「 まあね、人に旦那を盗られるって気分ってのを少しは分かるかなって思ってね。

   どう?一瞬だけど味わった気分は 」



  亜紀は、落ち着いた52歳の心持の筈なのに全身から炎が立ちあがった気分だった。

  ほんの一瞬だが、目の前の超美人の若い外人さんと一緒に

  孝之が自分のもとから離れていき孤独な人生を送る幻影まで見た。


  ナディアに言われて顧みた心情と想像した幻影の物凄い情報量をほんの一瞬…

  多分数秒ですべて展開しきったことに亜紀は呆然とした。


 「 …大事な人が消える不安ってのは想像を絶するものよ。

   しかも、盗られてっていうなら尚更ね…

   だから後で聞くにしても、こういう心情ってのを分かって欲しいし

   こんな苦悩がひっきりなしに枕元に浮かんできた日々を彼女は生きて来たのよ。


   島の事は…いろいろでしょうけど、

   彼女がジェットコースターの様に幸福と不幸を経験しているってのは覚えておいてね 」


 「 盗られた? 」


  その答えをすることも無くナディアは口元をゆるゆると動かして何か唱えている様だった。


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