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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
65/100

逃亡者

 鼻を衝く潮の香り、海岸沿いのガードパイプを突っ切って噴き上がって来る強い風…

 漁港の端で屯する猫達や、水面を滑空しては飛び上がる海鳥達

 通学用自電車を漕いで、焼けたように熱いアスファルトの上を疾走する日々…


 小山内 愛の目の前に現れた南夫妻は、愛に10年以上前の故郷の風景を連れて来た。

 だが、

 それは望んでいた故郷での旧知の人々の再会ではない…

 なにせ、愛は故郷を捨ててこの地にいるのだし、

 今の愛の置かれた状況では最悪の形となった元夫のせいで故郷にも帰れないのだから。

 心臓に長い火箸がゆっくりと刺さっていくような

 重く苦しい残酷な思いが愛の心を支配していく。


 「 あらま…愛ちゃんじゃないの。ここで働いているの? 」


 亜紀は呆然としている愛と自分の旦那をチラチラ見て話の口火を切った。

 流石に、愛も旦那も娘の同級生だから話しかけにくいだろうとの思いだった。


 「 え?あ…ええ…一応… 」


 突然の事に愛はしどろもどろでそう返事するが、

 南 亜紀の方は冷静な口調でこう言った。


 「 京都の大学出て、なんでこんな山の中のラウンジで働いているの 」


 怪訝そうな眼差しと、どこか失望した様な表情に愛のプライドが傷つく。

 

 「 いけませんか? 別に好きでやってるんだから…いいじゃないですか 」


 その言葉を聞いて、更に失望したかの様に愛が大きく溜息をついた。


 「 そうじゃないでしょ?水商売がいけないって言ってるんじゃないのよ。

   貴方ね…あの島を出て行く時の事を覚えてる?

   私の所に和夫君と一緒に来て、最後の挨拶に来たじゃないの…


   沙紀ちゃんや友達みんな裏切って、島を出ていくって

   本当なら東大だって余裕の和夫君を同じ京都の府立に秘密で受験させてさ…

   友達も何もかも捨てて人生を歩むんだって 


   それに、私言ったわよね…何かあったらちゃんと連絡するようにって!

   大体なによ!和夫君が一緒にいて

   なんで、貴方がこんな所で働いているのよ?どうしたのよ和夫君は? 」


 愛は、思い出したくない苦い過去を強制的に見せられる恐怖に心臓がバクバクする。

 くらくらと脳の血が無くなって行くような衝動で足元がふらつく。

 そして、口に出したくない和夫との話もしなければならない…

 地獄の穴の中に落ちていくような思いだった。

 


 「 あの時は…申し訳ありませんでした…お金もお借りしてるのに一切連絡を… 」


 卒業の日の翌日…学生寮”潮風”の管理人室での亜紀の姿を愛は思い出していた。

 生まれ故郷の友達や大人達はしがらみが多く、秘密裏に島を抜け出す二人に

 頼る人など、外の高校から転校してきた友達ぐらいしかいない。

 そして、その子…瑞希の母親が亜紀だったのだ。


 「 そう…逃げるんだぁ。親御さんは? 」


 「 勘当ですね…

   大学ぐらいは学費も出してやるし仕送りも送ってやるけど、そこで親の役目は終わり。

   まあ、望んでもいない結果だけど産んだ責任は確かにあるからなって… 」


 目の周りが黒くなってる和夫の顔を見ながら…愛は切り裂かれる思いに狂いそうだったが、

 この先、

 親友の沙紀と、一緒に同じ大学や同じ町で暮らしたとして勝てる見込みも無い。

 それに、昨日…和夫とは一線は越えているし後戻りなど考えたくなかった。

 何が何でもという気概だけで何とか乗り切ろうとしていた。


 「 愛ちゃん…後悔無い? 沙紀ちゃんって親友なんでしょ? 」


 「 後悔なんて…後からいっぱいするに決まってます。

   でも、和夫は私でもういいって言ってくれたし結婚も考えてくれるって 

   沙紀には悪いとは思いますけど、どうしようもないんですよ 」


 「 ふ~ん…そんな甘いもんじゃあないけどねぇ…

   いいんじゃない。学校はちゃんと出るならね… 」


 その時の亜紀の言葉に愛は拍子抜けしたけど、

 それ以上に驚いたのは、いきなり目の前に投げ出された貯金通帳だった。



 「 200万あるわ…それで、二人で暮らす段取りでもしなさい

   そこまではご両親も援助しないだろうしね 」


 「 え? 」


 「 これはね…私が老後の為にちょこちょこ頑張って貯めたお金だから変なお金じゃないわよ

   この島に来てから何とか貯金できるようになった訳だし、

   何より瑞希の友達だし…私も貴方の事は好きだし…

   和夫君は馬鹿だけど、女の子だけ泣かせる選択はしないでしょ?

   まあ、沙紀ちゃんは泣く事になるけど肉体関係も無いただの幼馴染だから

   傷は浅いわ。

   でも貴方は違うでしょ愛ちゃん…それとね、中古にした和夫君 」


  「 なんで… 」


  なんで分かるんだと愛達は思ったが


  「 分かるわよ、二人の距離感や見つめ合う雰囲気とか…

    それより何より愛ちゃんの体からの匂いが違うわよ。 


    その辺は40年も女やってたら分かるわよ 」


  目の前の通帳を愛は拾い上げる。

  毎月7万以上をこの島に来てから常に入金して貯めてあるのが分かる

  総額 242万3千488円

  


  「 こ、こんなに? 」


  「 老後の資金でもって思って貯め始めたんだけど…

    私ってまともに会社勤めしてないから年金も少ないしって思ってたんだけど

    こんな歳になって再婚の話も持ち上がってね…将来、旦那に面倒見てもらうから

    まあでも、落ち着いて働きだしたらちゃんと返してね 」


  「 え…再婚ですか? 」


  「 そう、再婚…40にもなって信じられないけどね 

    だから今は幸せなのよ、彼もまだ若くて学生だけど学校出たら結婚するって

    婚約だけどね。

   

    でも、こんな天から降ってきた幸運なんてもう二度と来ないだろうし

    私も彼の事が大好きだし…いずれはこの島も出るって決めてるのよ… 」


  

  「 40歳で再婚?で、まだ相手が学生って… 」


   世の中では、女性が30を僅かに過ぎただけで結婚確率が5パーセントを切るのに

   40歳で随分前に旦那と死別、おまけに今度大学に行くような娘付き

   それで相手がまだ学生って…とんでもない人だなと愛はその時思った。



  「 それが誰かっていうのは流石にいえないけど彼から結婚の申し込みはあったわ。

    彼が若すぎて凄く悩んだけど、これが運命って受け入れたの。

    ここまで生きてきてると人生なんて一瞬だし、彼の言葉に甘える事にしたのよ。


    後悔して涙で枕を濡らすなんてのは…私には似合わないものね 」



 そこまで思い出して、目の前の亜紀と孝之を愛は改めて見た。

 その間に挟まれていた幼い…でも10歳ぐらいの女の子に幸せそうな空気



 「 孝之って…寮母さんと結婚したの? 」


 「 そうだよ…君と一緒で島から逃げるように大学に行って…そのまま10年帰って無いな 」


 「 で、この子って? 」


 「 僕と亜紀さんの子供だよ…大学一年の時に亜紀さんを妊娠させちゃってね 」



 頭を掻く孝之に、亜紀がすり寄って肩を軽く叩いた。



 なんだ…寮母さんもなんやかんやといっても同じ”逃亡者”なんだと愛は思ったが、

 52歳で再婚で20以上離れた若い旦那さんで、小学生の子供がいて…

 幸せそうに仲睦まじく自分の前に立っているのが凄く羨ましかった。


 40歳過ぎで子持ちで条件は遥かに亜紀の方が悪いのに…

 私の方は、さんざん苦労して結婚はしたけど、執念と復讐の鬼となった親友に寝取られ

 手に手を取って幸せそうに島に…


 でも、そうではあるけれど…中学時代に孝之の自分への告白を鼻で笑っていた愛に

 その資格は無い。



  …孝之の事だから、何もかも全て亜紀さんに捧げるつもりで一緒に逃げたんだろうなぁ

  寮母さんが妊娠したんだって本当に離したくないって選択だったんだろうなぁ、

  将来、どんな事があっても守っていくって…


 つくづく男を見る目が無い事に自分自身が嫌になった。

 ほんのちょっと何かが変われば…幸せそうに孝之の傍には私がいたかもしれない。


 島からの”逃亡者”の明暗は残酷だった。

    


      


 


 


 


 


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