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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
58/100

夢見る頃

  お弁当食べて、

 サラッと大浴場で体洗って”限界知らず”に着いたのは午後6時ちょうどだった。

 

  お酒を飲むお店だけど、旅館の仕事で何度か入っているので違和感はない。

 でも、今は湯上りで旅館から借りた浴衣姿なので

 流石に、カウンターでチビチビ飲んでるおじさん達にはちょっと警戒する。

 チラチラとこっちを見る目は気になるし、

 更には、

 この間、瞳の絡んでいたジンギさんが私の顔を見て怯えた顔をするのは勘弁してほしい。


 でも、”一時間、放置やからね”

 って、先生に言われて大人しくしてるから変な騒ぎにはならない様だけど…

 しかし、先生より随分年配のおじさんたちが良く従うもんだねぇ…

 借りてきた猫の様に大人しく飲んでるもん。


 馬鹿な私には、家にも帰らないで旅館の仙人になってるおじさん達の心情は分からないけど、

 きっと先生とここで飲んでる時間が大切な時間だろうなぁ…とは思うんだ。


 しかし、このおじさん達って、仕事もしないでどうして毎日ここに居候してるんだろう?

 お金だって泊っているお部屋も、

 クリーニングから、部屋の備品に至るまで規則で通常の管理だから結構な金額だろうに。

 いくら小さいお部屋って言っても、1か月連続も泊ったら60万は下らないんだけどねぇ…

 まあ、迷惑だけどお金払ってる大事なお客さんだし

 私や瞳に西宮君のバイト代もそこから少しは出てるから文句があるわけじゃあないけど、

 家じゃあきっと家族が…待ってるわけないか。


  カウンターの方は、お酒とおつまみが並んでいておじさん達が占拠してるから、

 先生と私達は、普段はお客さんが座るテーブルに座るしかない。

 でも、

 掃除でしか入った事は無いが、やはり飲み屋さんらしく間接照明で薄暗い…

 先週はテストでバイト休みだったから気にもしてなかったけど、

 これから、こんな薄暗い所で勉強できるのかなぁ?


  


 愛先生が、私と珠ちゃんの詳しい成績内容を書いた通知書をしっかり読んで、


  「 まあ、なんにせよ最低の目標はクリアかな 」


 と、口元が緩んで笑顔になった。


  「 ご苦労様、教科書読むの大変だったろう? 」


 先生は、私と珠ちゃんの目をしっかり見てそう言ってくれた。



  「 あの、愛さん…本読むだけですよ?大変って… 」


 愛は瞳が驚いたような口調でそう耳元で話すのを、何も言わずに手で制する。

 そしてそのまま手を伸ばすと、



  「 よく頑張った、よく頑張った、よく頑張った、よく頑張った 」


 先生はそう言いながら、私と珠ちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。




  瞳が、そんな光景を怪訝な顔で見ているときに隣にバーコードの木村が座る。

 驚いた瞳が拳2つ分ぐらい木村から離れた。


  「 あれでいいんですよ…助言も注意も何もしてはいけないんです。

   僕は仕事で外国の

   学校もまともに通え無いスラム街の子供たちを見ているから分かるんです。


   彼らの目はね、暗いんですよ。

   生きているだけで重労働でこき使われて、教育も無いから未来も無いんです 」


  「 えっと…それが何か 」


  いきなり発展途上国の子供の話をされてもピンとこないし、

 盛んに援助キャンペーンをやっていても実態は中抜けして支援が回らないことぐらいは

 そこそこ頭のいい瞳は理解している。

 絶望は親から子へと連鎖し、地獄はいつまでも続くのも分かってはいるが

 所詮は他人事だし、高校生の自分が何かできるわけでも無い。

 それはただの情報でしかないし、今の愛の態度と何が関係するのかと。


  「 僕はね、貧しい農家の出でしてね…高校は通えず働いて苦労して認定試験取って

   更に働きながら大学出たんで、お金の苦労は分かってます 」


  「 はぁ… 」


 いや、ここで苦労話とかその自慢話聞いても…苦労なら私だって…


  「 でもね、中学どころか小学校すら通えない子供たち見てたら流石に不公平だし、

    神様信じて日々を過ごしてるの見たら何とかしなくてはって思ってね… 」


 まあ、思うのは自由だけど


  「 会社と役所に領事館って…若かったから体力はありましたから走り回って

    町に公立の学校立てましてね… 」


 おいおい、話が変な方向に行ってるんですけど!


  「 最初の授業の時は、みんな歳はバラバラで着ている服もチグハグでねぇ 」


 関係ない思い出話じゃんそれ…遠い目してもらっても困るわ。


  「 でね、貧乏が骨身にしみていて、それでも目が暗かったんですよ。

    でも、簡単な本を読めるようになって僕が感動してねぇ、

    愛さんみたいにグシグシ頭を撫でた小さな子供がいましてねえ

    その時ですかね、初めて目が輝いたのを見たのは 」


 ちょっと興味が出てきた…あたしは木村さんから遠ざかった拳二つ分を一つ分だけ近づけた。


  「 その子が今じゃあ、大学卒業して先生してますよ。

    僕に頭を撫でられたのが、大人に初めて褒められた時だって南米から手紙が届きました。

    その時の感動を子供たちに伝えたいって、先生になったそうです 」


  「 … 」


  「 子供は褒めて伸ばすものって、幻想のように子供の時には思ってましたけど

    地獄が深いとそれは全然違うんですよ。


    あの子たちの過去についてなにがあったかはあまり知りませんけど、

    あれだけ悲惨な学業成績でここまで来たんですから、相当な地獄だったと思いますよ 」


  「 あ、あの…えっと、木村さんでしたよね…御年齢は? 」


 キツイ話に人生経験が迸る話にバーコード…かなりの歳に違いない。


  「 ああ、僕ですか?36歳ですけど 」


 嫌!嘘…50は下らないように見えるんだけど。どんな地獄見てきたんだろうこの人!

 


  「 だから、今は思うんです。正解は子供は褒めて伸ばすものだってね 」


  生まれてこの方、あたしはどれぐらい褒められたろう?

 小学校や中学校は成績もよくてチヤホヤされたし、言い寄る男も多い。

 だけど、真剣に褒めてくれたのは…


  あたしの中にあの糞の様な母親から、小さなとき褒められた記憶が不思議と浮かんできた。

 ああ、そうか…あたしが母親を嫌いな原因がよく分かったわ…

 あの時の無償の愛情というのを覚えてるからなんだと。


  と、同時にすごい怪力で首がゴキゴキと音を立てて、頭を撫でまわされているのに

 何故かされるがまま笑顔になっている”みけ ”達が羨ましくなる。



  「 いいですよね、夢見る頃って… 」


 遠い目で木村さんが”みけ”達を見ている。


 なんだ、優しい人なんだ…迷惑で情けないと思っていた自分が恥ずかしくなった。






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