商店街の皆さま、ご到着
定時の5時になる前に仕事が終わったんで、
私と瞳がタイムカードの前でカードを持って5時になるのを待っていると。
先生がゆっくりと入って来て軽く手を上げて、
「 珠なら、途中で拾ってきて期末の成績も聞いたから飯食ってからくりゃあいいからな 」
と一言言って店のある奥の方へと通り過ぎて行った。
先生も従業員なみの好待遇で雇われているけど、
基本は”限界知らず”の売り上げの歩合給も多いので出退勤はカウントされない。
「 ま、店を持ってるようなもんだよ 」
と前にも言われてるし、女将さんもその方が仕事に熱が入るでしょ?ってな感じらしい。
お店は7時始まりなので、従業員としての給与はそこからしかつかないけど、
5時からお店を開ける。
準備もあるけど、この旅館には長い事居座る湯治客の相手をするため(勿論、有料)だ。
当然、売り上げが上がるんで馬鹿にならない歩合給になるからだと聞いている。
でも、一人暮らしで恋人もいない先生にとっては本当のところは
気が紛れるって事もあるんじゃないかな?
野良猫だった私も、
一人ブラブラして寝てゴミ箱漁って食べて、オスにちょっかい出されて逃げ回る
寂しい生活してたからよく分かるし、
御山 みけ の生活になってからお兄ちゃんや、お父さんと楽しく暮らしていると
再び一人暮らしっていうのは怖すぎるもん。
一人暮らしのチャンピオンの九鬼さんの生活も結構、怖かったしね。
そして、直ぐ後で
「 よう、お疲れ様 」と言って右手を上げて珠ちゃんが私たちに挨拶をしてくる。
白いTシャツに、ジーンズと赤いスリッポンという簡単な格好だったけど、
何故かしつこい位に先生から髪型だの、着こなしや果てはお風呂の時間まで注意されているので
凄く清潔感があるし、なんか珠ちゃん綺麗になっていくような…
「 へえ、誰かと思っちゃうわよね… 」
瞳も首を回しながら珠ちゃんを見回す
「 な、なんだよ。あ…あたしの格好が可笑しいのかよ? 」
「 いや、全然…前よりよっぽどいいわ 別に大した格好してないんだけど不思議だわ 」
「 大した格好してないだろ普通、先生に勉強見てもらうだけなんだし 」
珠ちゃんが呆れた様な顔で瞳に答える。
「 あ、5時過ぎた! 」
私がチョンとカードを通すと間髪入れず瞳もカードを通す。
特に仕事も残っていない場合、
私たちが早く帰らないと大学生のお姉さんたちが帰りずらいし
それに、
仕事も無いのにタイムカード遅く通しても残業代は一切出ないからねって
笑いながら九鬼さんに言われてるしね。
「 瞳も付き合うんか? 」
珠ちゃんが後ろをついて歩く瞳をチラッと見た。
「 うん、どうせ夜には一緒にあそこでご飯食べるんだし…
それに、昼休みに玄さんからお弁当もらっちゃたんだよね、持ってきなってね 」
この間、玉城さんに食材貰ってからどうしてか皆、親切に色々くれるんだよねぇ
「 ああ、珠ちゃんの分もあるよ 」
私の顔を一瞬見つめた珠ちゃんにそう答えておいた。
「 あ、そうそう…珠ちゃんも後で
梶さんとこのお金で、私たちと一緒に食べるんだけどね 」
肝心なことを話さないと…忘れてた。
「 梶さん?って商店街の肉屋のエロオヤジじゃあ、ってか何であいつの金なんだよ 」
「 うん、まあいろいろあってね…梶さん達は宴会で食べて来るから無いんだけど
私たちや先生の分は商店街が持つって約束したし…先生も珠ちゃんの分も注文してるから
遠慮しないでいいって言ってるし 」
「 そう言う事なら…お言葉に甘えておくか 」
控室から出ていくと、ロビーにお客さん達が入って来る。
先行して出発した商店街の男連中だ。
「 よう、みけちゃん。元気でやってるかい?後で一緒に遊ぼうな! 」
既に、バスの中で飲んだ梶さんが頬を染めて上機嫌で手を振って来る。
いや~ご飯は食べるしカラオケぐらい付き合いますけど…一緒には遊びませんよ。
ギーちゃん達に振り回されて、多分そんな余裕なんか無いだろうし。
「 は? 商店街の梶のオヤジが奢ってくれるって? 」
さっきギーちゃん達にそう言ったら、ニコニコして清美さんが
「 タダか…やったな。死ぬほど飲んでいいって事だよなぁ 」
と恐ろしいこと言ってたし、実際飲むだろうしね。
「 あほ、飯もツマミも豪華絢爛に頼まないかんやろがぁ 」
って、ギーちゃんもノリノリで
サザエだろ、タイだろ、マグロだろ…と山の温泉なのに海のものばっかり言って指折るし、
「 商店街ですか…若い男の子っているのかしら? 」
ってナディアさんが聞いて来たんで、30半ばのお兄さんなら数人って答えたら
渋い顔はしたけど、直ぐにニヤニヤしながら
「 まあ、ギリギリですわね…私はそっちを担当するから 」
って、呟いてギーちゃんやリンドさんに
「 ジジイの相手は公平に回すから忘れるなよ…梶の馬鹿はどうしたもんかなぁ 」
って結構騒いでたし。
「 なんだ?珠美も一緒なのか… ん?お前…ちょっと綺麗になってないか?
こりゃあ、二次会が楽しみだなぁ 」
梶さんがそう言うと、珠ちゃんが軽く梶さんの脛を蹴とばす。
「 ホステスちゃうわ! あたしはお客さんって事になってるから、
変な事するとこ…ぶっ叩くわよ 」
珠ちゃんは先生に言われて粗暴な口調は慎めって言われてるけど、まだうまく出来ない。
変な言葉使いになってる。
「 梶さん梶さん、奥さんたちも来ることになったんで、
仕切り取って宴会場を一つにした方がいいんじゃないんですか?
その方が楽だし、二次会だって…一緒に行けば 」
勿論、旅館のみんながその方がありがたいと思うんで声をかけたんだけど、
「 嫌だってさ…俺も嫌だけど…結婚ン十何年も経つとそんなもんだよ。
なにせ、うちは自営業で24時間同じ場所で一緒にいるから分かるだろ? 」
分かる訳ないってば、
うちのお父さんとお母さんは結構…仲は良かったし。
それにね、どちらかが先に死んだらそんなこと言えないわよ。
少し梶さんと話していると、玄関先で九鬼さん達の”いらっしゃいませ”の声が響いて来る。
どうやら、後発の奥さん連中のバスが到着したみたい。
商店街の奥さん連中は買い物行くとよく世間話の相手にされてるからほとんど知っている。
「 ? 」
その中によく知った人がいた。
「 南先生やないか…って、もしかしてあの人って、旦那さん? 」
逆光でよく見えないけど、先生の横に男の人が立っていた。




