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2本の尾  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第一部 ”みけ”
49/100

いいチャンスじゃん

  ”星の海”の中にある、うちの”限界知らず”は形態が不明確な飲み屋だ。

 コンパニオンが引きずってきた団体客なら、うちらは基本裏方で相棒の神さんと

 カクテル作ったりつまみ用意するだけでいいからすごく楽。

  会計だって歩合給が旅館から貰えるコンパニオン任せにしていいし、

 お姉さんたちはどんなに酔ったとしても実入りに関わるから、

 氷の様に冷静な計算と伝票も目を皿のようにしてチェックするから心配ない。


  まあ、コンパニオンっても殆どこの町の主婦か後家さんだけどね。

 で、設備がいい店と、コンパニオンも化粧が完璧なんでラウンジみたいな雰囲気。

 旅館の二次会ってのはこんな感じが定番だな。


 二次会終わりの10時以降は

 パラパラと来るカップルや小グループが相手、うちが接客で神さんが裏方で済む。

 簡単な料理作って愛想笑いしてのんびりやりゃあいい…スナックみたいな感じかな。

 普通の旅館と違ってうちは飲み屋として独立してるから12時まではやってるからね。


 んで、連泊で暇そうにしているお客は、うちが店に来るのに合わせて店に滑り込んでくる。

 湯治って名目で連泊してるのにだ。

 相棒の神さんは7時からしか来ないんで、適当に酒注いで話に付き合うって感じ?

 本来なら、まだ準備時間なんだけど準備作業を手伝ってまで飲みたがるんで仕方ない。

 まあ、ボランティアみたいなもんだけど、

 しっかり飲み代は取るから、ショットバーみたいな感じ?


 昨日休みで寂しかったのか店のドアを開けたら、もう可哀想な連泊客が5人も待っていた。

全く…家にでも帰りゃあいのに、って思うけど

 うちも和夫に出て行かれて孤独な一人暮らしなんで、ついつい甘い対応をしてしまう。


「 全くしょうがないなぁ…酒の相手してほしかったら… 」


 って言い終える前におっさん達は嬉々として店の中を片付け始める。

 しょうがない…いつもの様に相手をするか…



 

「 女将のお願いっていうなら、叶えないといけないわな 」


 アメリカ人なのに日本語が達者なハゲのマーティンがバーボンのショットグラスを空けて

 真顔でうちに話す。


「 まあ…女将には拾ってもらったし… 」


 和夫を強奪されて一人っきりになって死にたくなって、

 何もかも嫌になって職安の前で途方にくれた雪の降る中、優しく声をかけてくれた女将の顔を思い出す。

 あの時、優しく身の上相談まで乗ってくれて店まで世話された恩は海よりも深いので、

 あの馬鹿娘を大学に入れるのは、どんなに困難でもやらなければならない恩返しだと思う。

 

 「 へえ、”みけ”ちゃんと、その…タマちゃんだっけ?の勉強の面倒見るんだ。

 いいねえ、生きてるって事を感じられる時間が持ててさぁ 」


 目の前のバーコードの木村さんが(36歳だからまだ若いけどね)しみじみと話す。


 ショットグラスにラム酒を注いで彼の前にずいっと出す。

 喉も焼けるゴールド・ラムだけど南米の会社の支店で腐るほど干された木村さんには

 魂の酒らしい…

 生まれ故郷で奥さんが待っている新潟の日本酒より肺まで焦がすその酒の方が合っているらしい。


「 そんな大げさな…うちも大学で教員資格は取ってはいるけど

 実習以外では初めての生徒になるんだけど…特に感慨は無いかな。

 まあ、学校と違って好き放題はできるから面白みはあるかもね  」


 高校の現代国語と古文に関しては資格は取ってはいる…必須だったからだけど。

 当時は、将来は和夫のお嫁さんになるのが夢で(なったけどね)

 そんなに使命感があったわけじゃない。

 教育者って柄でもなかったし、教育指導要領なんて

 糞ほど頭の固い、学校の勉強出来ました!ってだけの役人のレールに乗るのなんか

 まっぴら御免だった。


「 そう?でもさ、この歳になると思うわけよ…俺ってこれまで何やって来たのかってさ。

  そりゃあ、もの作ったり建築したりして物質的なものは残ったけどさ…

  あんま意味は無いだろって思うんだ 」


「 へえ、そんなものかねえ…形になるだけマシじゃん。

  うちなんか、あんたら酔っぱらいの相手で一日暮れていくし、何んも残らんじゃん 」


 うちはそう自分を卑下しながら、牢名主のジンギのグラスにウイスキーを注ぐ。


「 そんな事はないよ…俺らが幸せな気分になれるんだからさ。

  そう言う仕事の人がいなけりゃ、

  俺らも生きてるのが余計辛くなるしさ、生きていく潤滑油ってのは必要じゃん 」


「 は、苦し紛れだなあ… 」


 ジンギの言葉に苦笑いしたが、そんな風に人の仕事を言ってくれると嬉しい。


「 ま、でも育てるのって先生にしか出来ないんだし、

  しかも誰からも縛られずに好きなように頑張って人間作れるんだろ?いいチャンスじゃん 」


 最後に、子どもが事故で死んで奥さんとは別居状態の笠間のおっちゃんが笑いながら言った。

 

「 そうかい先生ねエ…そこまで言われると頑張ってみるかな 」


 うちはそう言うと、5人のくたびれた男たちに笑顔で答えた。

 どんな結果になるかはまだ分からないが、

 少なくとも卒業するまでは先の見えない道を歩いて行くんだから面白いかもしれないなぁ…

 

 


 

 

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