地獄に巨体
苦しい…猛烈に苦しい。
29年…生きてきてこんなに苦しい事が在るだろうか…あ、また来た。
木に掴まって頑張っても、
壊れた胃腸は待ってくれないし括約筋が限界が近い…
嫌だ、嫌だ29になって、こんな往来で漏らすなんて生きていけない。
「 ぬおおおお! 」
気合を入れて下半身を締めて立ち上がる…が…できなかった。
う、力んだらますますヤバくなって来た。
漏らす恐怖と、こちらを変な顔をして見ながら歩いている通行人も怖い。
地獄だ…どうしよう、どうしよう。
お腹の中で大きな太鼓が鳴って来る、29になってここで漏らすの?
しかも、このお腹の痛みは半端ない…凄い量が押し寄せて下に来てる感じがする。
ちょろっと下着を汚すレベルじゃ済まないようだ。
助けて、助けて、神様助けて!
「 あれ、愛さんじゃないですか、どうしたんですの?こんな往来で 」
痛む腹で待ちあがらない頭を照らす夏の日差しが一瞬和らいだ…
ああ、この声…聞き覚えあるわ…う、確か…旅館の常連さんだ。
「 タ… 」
頭を上げようとするけど、背筋を伸ばしたら非常にヤバい…涙が出そう。
でも、必死に手を伸ばして白い腕に縋りついた。
言葉もそれ以上は続けられない…あああああああ、げ、ゲンカ…
「 何青い顔してるんですか? 調子が悪そうですわねェ… 」
物凄く可愛い声で心配された。
外人さんのくせに、そこいらの馬鹿よりよほどしっかりした日本語だった。
ただ、うちは…あ、あれ?
あれほど苦しめられてきた便意も尿意も嘘の様に消えていた。
お腹は凄く気持ち悪く、馬鹿みたいな膨満感で吐きそうではあるけれど
最悪の状態が…って、あれ…なんかお尻が冷たいわ…
「 すいませんわ…ちょおとぉ…愛さんズボンが…間に合いませんでしたわね。
まあ、本格的ってまではいきませんでしたから…
これで、隠してくださいね 」
頭の上から大きめの布を貰った。
嫌な予感がしてお尻の方を触ると…ジャージの外まで濡れている。
あああ、やっちゃった…でも、ちょっと濡れただけで済んだみたい。
「 わたくしが影になって差し上げますから…さっと腰に巻いてくださいな
大丈夫、防水ですし…その、消臭効果もある素材ですから誤魔化せますし… 」
あたいは、目に涙を浮かべながら貰った布を腰に巻いた。
中近東あたりのデザインで華やかな金の刺繍もある布なので見た目は巻きスカートに…
見えるような気がする…ってか、見て欲しい。
自分の匂いなんで分らないけど…この人の言葉を信じよう。
「 災難でしたわねェ…どうしたんですか? 」
「 ううう、お酒の飲み過ぎで、休憩もせずに歩いてこってりしたラーメン食べて…
んでまたふらふら歩いて… 」
我ながらそうやって話してみると馬鹿の極致って感じだけど、
酒に飲まれていた私には特に違和感が無かったのね…怖いわお酒って。
「 まあ、馬鹿ですわねェ…それで、こんな所で苦しんでたんですか?
私が通りかかったからいいようなものの、
下手したらここで大爆発していい笑いものになりましてよ。
まあ、間に合わなくて下着は残念なことになりましたけど…
それより、もう止まりました?その…腹痛とか…べ、便意とか… 」
私が見上げた顔が真っ赤になって恥ずかしそうに見下ろしていた。
いや、死にそうに恥ずかしいのあたいなんですけど…
「 しかし、そのままって訳に行かないでしょ?
あなたの住むアパートってここからだと…3キロほどあるし…
イタチみたいに匂う体で帰るのは自殺行為だし…そのうち染みても来ますからねェ… 」
うわあ、やっぱ匂うんだ…気を使って黙っていたんだ。
でも、何気にそこで言うのは…でも、ホントどうしよう。
「 まあ、心配しないでください…確か50メートルほど先に知り合いの家がありますから
そこでお風呂を貰って、服を着替えて…ちょっと治療もしましょうか 」
「 ち、治療? 」
「 ええ、治療です…今は催眠術みたいなので便意とか抑えてますけど、
いまでも結構危ない状態ですのよ。
あなた、ここまで歩いて来る間の記憶ってありますか? 」
馬鹿な…それぐらい
「 記憶なら…ありますけど 」
「 へええ、じゃあこの木の周りに吐き出してある物も記憶あります? 」
そこで初めて、自分の足元付近に吐しゃ物が…
「 それ、記憶の抜け落ちです…顔も青いし唇も…完全な急性アルコール中毒です。
医師の資格も持ってますから、そこで治療します。
間違っても、ここで帰るなんて言わないでしょ? 」
言える訳が無い…お尻から匂いが染み出て来るのを私の鼻が感じたし…
「 ええ、すいません…お願いします。うう、そしてありがとうございます 」
「 ま、人間ですから…何もかも忘れて飲みたいのは分かりますし
若い…ああ、小山内さんはまだでしたわね…それでも22.3の時とは違いますわよ。
飲みたいなら一人じゃなくて誰かと飲むとかしてくださいね。 」
そう言って彼女は笑った。
まさに地獄に仏…まあ、お尻は残念だったけど…あ、地獄に仏っていうより
地獄に巨体ってのがいいのかなぁ。
あたいの汚れた体を小脇に抱えて歩き出すぐらいだもの…
なにせ、身長186センチで10センチのピンヒールを履いて凄く背が高いし、
1メートルを遥かに超えるお尻と胸は物凄い迫力だし。
今日はスリムジーンズで物凄く足は長いし、七分袖のパーカーにボーダーシャツか…
勿論、こんな規格外の物凄い体の人が日本人の訳が無い。
髪は輝くような金色の髪だし、緑に近い深い碧い色の瞳だし、
イメージ的には北欧神話の女神様?って感じかなぁ…貧困な発想だけど。
外人さんの常連客が異常に多い”星の海”らしく彼女も完全な外国人だ。
日本語はネイティブより上手いけどね。
「 で、知り合いの方って? 」
「 う~ん、みけちゃんの高校の同級生のお家ね。
そこのお姉さんと昔、いろいろあって仲良くしてもらってるんです。
たしか、そこそこ大きくて貴方が一泊しても困らないでしょうから… 」
私は、こんな汚れた格好で困るし、下着だって困るんですけど…
「 ああ、服も下着も燃やしますから…悪魔がついていますから 」
ニヤッと、あたいの方を見て笑った…心でも読んだかのように…な訳ないだろうけど。
「 それに一泊ぐらいはしないと… 」
え~一泊するのぉ?大袈裟じゃないのかなぁ…
でも、その言葉の後には続きがあった。
ちょっと声が小さくて聞き取りにくかったけどはっきりと、こう言った。
「 本当ならここで死んでいたところでしたから…甘く見過ぎですよお酒を。
まあ、死にかけたから私にも分かったんですけどね… 」
本当は死んでとか、分かったとかなんで?って少しは気にはなったけど、
臭い私の体を小脇に抱いていてくれているし、
何故か質問をしては駄目って意識が不意に浮かんでそうすることが出来なかった。
柔らかい大きな胸の感触が、
心地いい…変な意味でなくて…お母さんに抱かれているような感じがする。
29のいい大人の私が、
多分、私より少し若いだろうこの人に感じる感情としては失礼だろうけど。
「 さあ、着きましたわよ 」
本当に50メートルしか離れていなかった。
ただ、何度か直角に曲がった裏通りにあったので、
この町に来て数年の私は気が付いていなかった。
「 あら、ジャニスさん、お久しぶりですわね 」
家の方から声が聞こえて来た。
木戸の向こうから手を振る若い女の人の姿が見えた。
あたいを助けてくれた、
年に何度も来る温泉宿の常連客のジャニス・ミカ・ビートフェルトさんは、
その女の人に向かって軽く手を上げて返事をしていた。




